ミモザの心苦しい恋と時戻り -04-
「き、緊張する、わたしだけ場違いじゃないのかな? ううん、せっかくお父様が入学させてくれたのだから、頑張らなくちゃ!」
時は経ち、ミモザは男爵令嬢として貴族学園に入学した。
養子に入ってからも、自由にのびのびと育てられたミモザは、周りの貴族の子息令嬢の姿を見て、少しだけ気圧されてしまう。
だけど、持ち前の明るさで、自分を鼓舞させた。
「目標は、無事に卒業! 学園は休まない! お友達を作る! 素敵な旦那様を見つけて玉の輿! なんてね、えへへ」
気合だけは十分。玉の輿の夢も諦めていない。それがハンナとの約束だから。ハンナに会える唯一の手段だから。
ミモザのクラスはD組だった。貴族学園はA組からD組まで成績順でクラス分けされている。残念ながら、頭はそんなによろしくない。
入学する前に必死で勉強はしたものの、幼い頃から家庭教師をつけて勉強している他の生徒たちには敵わない。だから、
「もう一つ追加! 赤点だけは取らないように頑張ろう!」
満点を取るなんて夢のまた夢。一応、分は弁えている。弁えてはいるはずだったのに、運命の出逢いがそうはさせてくれなかった。
(えっ、あの時の、男の子だ……)
一瞬にして分かった。入学式で彼が壇上に上がった瞬間、目を奪われて離せなくなった。視界が涙で滲んでも。
(元気になれて、本当に良かったね)
ミモザの10歳の誕生日、教会に行く途中に助けた少年の姿がそこにあった。
何不自由なく動いて、そして言葉を発している。その姿を見ることができただけで、胸がぎゅっと締め付けられた。
(やっぱり、とっても格好良い人だなぁ。あの時よりもさらに格好良くなってるし! あんなに格好良い人とわたし……)
顔から火が出そうになった。あの日から、彼のことを思い出さない日なんてなかった。
美しい容姿は勿論だけど、人助けのためだとしても、ミモザにとっての初めてのキスの相手、だったから。
(運命……)
そう思ってしまいそうになった。だけど、直ぐにその淡い恋心は見事に砕け散る。
(……なわけないじゃない。相手は本物の王子様なんだから)
彼は、この国の王太子だったから。
(お父様との約束じゃないけれど、王族に嫁ぐなんて、畏れ多すぎるし。というか、相手にされるわけないし)
少しだけ、ズキンと心が痛んだ。だけど、この淡い恋心を封じようとしたその瞬間。
「!?」
(今、目が合った……)
時間が止まった気がした。時間が動き出すのと同時に、一気に全身に熱を帯びる。
自意識過剰かもしれない。だけど、壇上で挨拶を述べるダニエルと目が合った気がしてならなかった。
たくさんの生徒がいる中で、そんなことあり得ないはずなのに……
(気のせい、だよね? えへへ、でも得した気分! 格好良いと思うぐらいは自由だよね)
だけど、気のせいではなかった。
「わあ! きれ〜い」
入学式を終えて教室に戻る途中、中庭の花が美しく咲いているのを見つけ、思わず中庭に踏み入れていた。
「こんなに素敵な場所があるなんて、まるでお伽話の世界に来たみた……!?」
「……やっと、見つけた、君の名前を教えてくれっ! 俺は、君にずっと会いたかったんだ!」
「えっ……」
突然手を掴まれて、咄嗟に後ろを振り返ると、あり得ない事態が起きていた。
(えっ、えぇええぇ!?)
言葉にならないほど驚き、顔を真っ赤にして狼狽えてしまう。ドクンドクン、と胸の鼓動が身体中に響き、自分の身に何が起きているのか理解が追いつかない。
(嘘、どうして? 王太子様が、わたしに?)
掴まれている手が熱い。一気にその熱が全身に広がる。思わず俯いてしまう。耳まで真っ赤なのが見なくても分かってしまったから。
「名前を、教えてくれ……」
再び問われた言葉に、必死で声を絞り出す。
「え、えっと、ミモザです。ミモザ・スコットです」
「ミモザ、か」
優しく自身の名前を呼ばれた瞬間、ぱっと顔を上げてしまった。どんな顔をして自分の名前を呼んでくれたのか、知りたくなってしまったから。
だから、目が合ってしまった。目が合った瞬間、ダニエルは満面の笑みをミモザに向けた。その笑顔に一気に鼓動が跳ね上がる。
(え、反則級に格好良いんですけど!! 何これ? わたし今、本当にお伽話の世界に迷いこんじゃったの?)
すると、手を優しく握られたまま目の前で跪かれ、そして次の瞬間、
(え、えぇええぇえ!?)
手の甲に口付けを落とされた。唇がゆっくりと離されるのと同時に宝石のように輝く美しい瞳がミモザを真っ直ぐに見つめて離さない。
あり得ないほど早鐘を打つ胸の鼓動に、もう周りの音なんて聞こえない。
もう、逃げられない。
だめだと分かっているのに、逃げ出すことなんてできなかった。




