ミモザの心苦しい恋と時戻り -03-
「ミモザ、スコット男爵家の養子になりなさい」
一瞬、何を言われたのかが理解できなかった。
誕生日の翌日の夜に、何の前触れもなくそう告げられたのだから。
今までに見たことがないほど深妙な顔つきで自分に向き合う母の姿に、冗談だとは決して思えなかった。
「……よ、うし? は? お母ちゃん、突然何を言い出すの?」
理解した途端、それは驚愕と戸惑いに変わる。そして、次第に絶望へと。
(どうして、そんなことを急に? わたし、いらない子なの?)
ずっと、母娘仲良く過ごしてきたと思っていた。それなのにどうして、と涙が溢れ出して止まらなかった。
「もう、決めたことなんだよ」
「えっ、冗談だよね? そんな冗談、全然面白くないよ!! ねえ、冗談だよね?」
冗談だと言って欲しかった。嘘だと言ってほしかった。だけど、必死で訴えても、母が首を縦に振ることはなかった。
「その方が、ミモザはきっと幸せになれるから」
「お母ちゃん……」
ミモザは納得はしていない。だけど、いつも笑顔を絶やさない母が辛そうに告げるこの話に、自分を思ってのことなんだと、ぐっと本音を押し殺した。
「わかった。じゃあ、わたし、お母ちゃんもびっくりするくらい立派な貴族のお嬢様になって、玉の輿に乗るよ! そして、必ずお母ちゃんを迎えに行くから!!」
この時のミモザはまだ知らなかった。
昨日助けた少年が、ウォーレス国の王太子だということを。王太子に口移しで秘薬を飲ませたことが、どのような結果を招くことになるのかも。
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「ミモザちゃん、いらっしゃい。これからどうかよろしくね」
「は、はい、ミモザです。どうぞ、よろしくお願いしますっ」
「そんなに固くならなくても平気だよ。すぐには、私たちのことを親だとは思えないだろうけど、ゆっくりと家族になっていければ嬉しいよ」
母から養子の話を打ち明けられてから一週間後、ミモザはスコット男爵家に養子に入った。
急なことで、心の準備も未だ整っていない。だけど、ふわりと優しい笑顔で微笑んでくれるスコット男爵夫妻に会い、うまくやっていけそうな気がして、少しだけ安心した。
「はい! おとうさま、おかあさま!」
ミモザがそう呼んだだけで、スコット男爵夫妻は涙を流して喜んでくれたから。
それからは、まるで本当の娘の様に、とても可愛がってくれた。
「おかあさま、このお洋服とっても可愛いです!」
「ふふ、ミモザちゃんに似合うと思って、買っちゃったわ」
「あれ? もしかして、この刺繍はおかあさまが?」
洋服の胸元に飾られたリボンに、丁寧に刺繍が施されているのを見つけ、すぐに尋ねた。
「よく分かったわね。そんなに下手だったかしら?」
「いえ、とってもお上手です! この刺繍のお花がミモザの花だったから、もしかして、って思ったんです」
自分のことを思いながら、一針一針丁寧に刺してくれたんだな、と思うと嬉しくなって、満面の笑みを浮かべた。
「ええ、その通りよ。ミモザちゃんのお花だからいっぱい練習したの。おかげで今じゃ刺繍の虜よ。さすが、ミモザちゃんも自分の名前だけあって、すぐに気がついたのね」
「えへへ、このお母ちゃんに貰ったハンカチと同じお花ですから」
ミモザは誕生日の日に母ハンナに貰ったハンカチを、スコット男爵夫人カミーユに見せた。その瞬間、カミーユの表情が憂いを浮かべた。
「おかあさま?」
こてり、と首を傾げる。
「え、あ、ごめんなさいね。ちょっと一瞬考え事しちゃって。えっと、じゃあ、今度はミモザの花の咲く場所にでも一緒にお出掛けしましょうね」
「はい! 楽しみです」
それからも何不自由なく、むしろ贅沢すぎるほどの生活を送ることができた。
ただ、産みの親であるハンナに会うことは一度も叶うことはなかった。ミモザが養子に入ってすぐに、ハンナは消息不明となってしまったから。
「お母ちゃん、どこに行っちゃったの? 会いたいよ……」
夜になると、涙を流してハンナのことを思い出した。会いたいと言葉にすると、その想いは急激に膨れ上がっていった。
とうとうミモザは、スコット男爵夫妻に尋ねてしまった。
「あの、お母ちゃんに会いたいんです。会わせてください」
その瞬間、カミーユが目に見えて取り乱しはじめた。
「ミモザちゃん、私に何か不満があるの? あるなら遠慮なく言って。お願いだから私の前からいなくならないで、お願い。あなたまでいなくなってしまったら、私……」
「え、あ、あの……」
涙ながらに訴えるカミーユの姿を見たミモザは、一気に頭の中が真っ白になった。悲しませたいわけではなかったし、もちろん不満なんてない。
ただ、ハンナに会いたかっただけ。
「ミモザ、ごめんよ。詳しい話は後でするから。カミーユ、大丈夫だ。ミモザはいなくならないよ。大丈夫、大丈夫だから」
「おかあさま、ごめんなさい。わたし、いなくなりません。もう言いません。もう、大丈夫ですから」
ぎゅっと、カミーユに抱きついた。カミーユも強いくらいの力で抱きしめ返してくれたことで、ミモザは決意する。
その夜、スコット男爵に呼ばれたミモザは、カミーユが取り乱した理由を聞いた。
「私たちには、ミモザと同い年になる娘がいたんだ。とても元気で明るく、それこそミモザのように笑顔の可愛い子だった。だが、不慮の事故で突然亡くなってしまってね」
「そうだったんですね」
「ごめんよ。ミモザには酷なことだと分かっている。だけど、カミーユの前ではハンナさんの話はしないでくれ。私もハンナさんの行方は探してみるから」
スコット男爵の言葉に、ミモザは自身の決意を伝える。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。お母ちゃんと約束したんです。わたしが玉の輿にのったら迎えに行くって。だからわたし、頑張って玉の輿にのります!」
わざと明るく言うミモザの姿に、スコット男爵は優しい笑顔を浮かべてくれた。
「はは、じゃあ、私はミモザが玉の輿にのっても恥ずかしくないように、出世しとかなければならないな。王族に嫁ぐなら、侯爵とまでは行かなくとも伯爵位くらいは必要かな?」
さすがに、ミモザはぶんぶんと頭を左右に振った。
「そ、そんな、王族に嫁ぐなんて畏れ多いです!!」
「よし! そうと決まったら、まずはミモザを貴族学園に入れるように、父は頑張るからな」
「お、おとうさま!! 無理ですってば!!」
それから、ミモザはハンナから貰ったハンカチを、二度とスコット男爵夫妻の前で使うことはなかった。
御守りがわりに、こっそりと持ち歩くだけとなった。




