ミモザの心苦しい恋と時戻り -02-
「えっ!? 馬車ってことは、もしかして、誰かっ、誰かいますかっ!? 大丈夫ですか!?」
急いで岩石の隙間から、無惨にも潰された馬車を覗き込んだ。馬車があるということは人が乗っているかもしれない、と思うと必死になった。
少し顔を入れて覗いてみると、やはり馬車の中には人の気配がある。
「大変! 助けなきゃ!!」
もし潰れたら、と考えたら少しだけ躊躇ってしまった。だけど、生きているのなら助けたい。その一心で、岩石の隙間から中に入った。
幸いにも、馬車の中にはうまく空間ができていた。だけど、
「ひぃっ……」
中に入った瞬間、思わず絶句した。身体が小刻みに震えだして止まらなくなった。
目の前に血を流して倒れている大きな男の人が、すでに息絶えていることが見ただけで分かってしまったから。
だけど、信じたくない。堪らず、涙ながらに声をかけた。
「だ、大丈夫ですか? ねえ、返事して!!」
すると、ぴくり、と反応した。
「え、生きてる? 助けにきました!! 大丈夫ですか!!」
もう一度、大きな声で叫んだ。また、ぴくりと反応した。それは、微かに見える小さな手。
「え? 子供? 生きてる? 今助けるからね。もうちょっとだけ頑張って!!」
ミモザの声に反応したのは、大人の男の人の影に隠れた子供の手だった。
一緒に乗っていた男の人が、その子に覆い被さって守ってくれていたことに気付き、さらに涙が止まらなくなった。
「大丈夫よ、頑張って。もうちょっとだから」
泣きながらも、必死に助けようと頑張った。ようやく、その子を広い空間に出すことができた。
こんな時なのに、一瞬にして心を奪われた。不謹慎だと思いつつも、目が離せなかった。
(とても、きれいな男の子……)
金糸の美しい髪が輝く、見たことがないほどとても顔立ちの整った少年だったから。
(……って、何考えてるのよ、わたし!! 今はこの子を助けることを考えなきゃ!!)
どうにか頭を振って、我に返る。
「意識がなくて、呼吸も浅いよ。一体どうすればいいの?」
縋る思いで馬車の中を見回した。すると、液体の入った小瓶が転がっているのが目に入った。
「もしかして、これって、幻の秘薬?」
それは、遥か昔に存在したとされる魔法使いの遺産。ウォーレス国の王族、貴族などの富裕層の者たちの間で伝わる神秘の薬。
どんな病気でも治し、大怪我でも一瞬にして治る。どんな不調でも治してくれる。他にも様々な効果があると、謎に包まれた幻の秘薬。
旅に出る時には、有事のために持ち歩くことがある、と聞いたことがあった。
もちろん噂でしか聞いたことがない。父が病気で亡くなる前に、母が必死で探し求めたものだったから。
もちろん見たことのないものだから、これがその秘薬であるかどうかなんて分からない。だけど、今は一刻の猶予も争う。
「たとえ違くても、このままじゃ死んじゃうだけだもん。だったら一か八か! 使わせていただきます」
ミモザは小瓶の液体を、その少年に瓶口からゆっくりと飲ませようとした。
「飲んで、飲まないと元気になれないよ?」
しかし、どうしても少年の口には入らず、溢れてしまう。
「どうしよう……」
一つの方法が、ミモザの頭を過ぎった。
(……この子の命がかかってるんだもん。恥ずかしがってる場合じゃないよね)
「ごめんね、キスのカウントに入れなくて大丈夫だからね」
ミモザは自分の口に液体を含み、少年に口移しで飲ませた。少しずつ、ゆっくりと、確実に。
ごくん、と飲み込む音が聞こえ、ミモザは頬を緩める。
「よかった。今度は飲んでくれた」
すると、少年の呼吸がみるみるうちに落ち着いてきた。その様子を確認したミモザは、ほっと胸を撫で下ろす。
「本当に幻の秘薬だったのね。良かった〜。よし、今度はここから早く抜け出そう」
少年を馬車の外へと運び出そうと試みた。自分と変わらないくらいの小柄な少年だったので、苦労しながらも、何とか外に連れ出すことができた。
それから、安全な場所まで少年を運び、どうにか馬車を呼び止めて、少年を託した。
名乗ることもせず、ミモザは急いで教会へと向かった。
「古いけど、とても立派な教会だな〜」
教会に着いたミモザは、ドキドキしながら教会の中へと入っていった。
「誰も、いない? 今日が誕生日なのって、わたしだけなのかな?」
礼拝堂の中に入ると、そこはステンドグラスから入る陽の光がキラキラと輝いて、一瞬にして別の世界に入り込んでしまった気がした。
厳粛でいて、神聖な場所。礼拝堂の中を進んでいくと、礼拝堂の隅にただ一人、俯いて微動だにしない老婆だけが座っていた。
「ふふ、寝てるのかな?」」
静かに礼拝堂の中を進み、ミモザは10歳のお祈りを捧げた。
「神様、わたしも10歳になりました。わたしはお母ちゃんと一緒にとっても幸せに暮らしています。これからも、どうか見守っていてください」
お祈りを終えようとした時、ふと思い出す。再び急いでお祈りを捧げる。
「それと、お願いがあります。さっきの男の子が元気になりますように。神様、わたしもあの子みたいに格好良い王子様のような人と巡り会いたいです」
自分でお願いしといて、図々しいな、と笑ってしまった。
お祈りが済むと、実はゆっくりとはしていられなかった。早く帰らないと、家に着く頃には暗くなってしまうから。
途中、先ほどの崩落現場は通行止めになっていた。
「三時間コースか……」
がっくしと肩を落としながら歩き、家に着いた頃には、もうすでに陽も暮れかけていた。




