アケーシャの叶わぬ恋と時戻り -15-
「この感覚、知ってるわ。……また、殺されてしまったのね……」
愛着のあった自分の部屋で目が覚めたことで、アケーシャは確信する。正確には10歳の今のアケーシャの部屋、だけど。
つい先ほどまで、踠き苦しんでいたはずなのに、その苦しみがまるで夢の中の出来事だったかのように、普通に目が覚めた。
その普通が、通常では起こり得ないはずなのに。
「また、人生が巻き戻ったのね……」
修道院でお菓子を食べた瞬間、得体の知れない苦しさに襲われ、踠き苦しみ、そして、意識が途絶えた。
次の瞬間、アケーシャの三度目の人生が始まった。
3rd life
「二度目の人生では、エイデンは幸せになれたのかしら?」
何となく違う気がした。だから、願った。
「今度の人生こそは、エイデンが幸せになりますように」
まず最初に願うことは、彼のこと。きっとそれは、何度人生を繰り返しても変わらない。
そして、二度目の人生と同じく、あの祠に向かった。
アカシアの木には今日も綺麗な黄色い花が咲き、薄ピンク色の花の絨毯が広がっている。
「ただいま」
祠に向かって挨拶をすると、返事はないけれど、あたたかい風が花たちを揺らし、今日もまたアケーシャを包み込んでくれる。心が癒されていく。
二度も殺されているのに、トラウマになっても良いくらいなのに、ここに来ると、不思議と心が癒される。
だから、余計にそう思った。
「やっぱり、あなたのおかげ?」
もちろん返事はないけれど、ここにいる誰かが、やり直しの機会を与えてくれているのではないか、と。
「神様、本当にありがとうございます。三度目のやり直しの人生、私は今度こそ幸せになってみせます。一度目よりも二度目の人生の方がずっとずっと幸せだった。だからきっと、三度目のこれからは、もっと幸せになれるはずだから」
ぴたり、と風が止んだ。再び、優しく風がそよぎはじめ、ぎゅっと抱きしめるようにアケーシャを包み込んだ。その風に、やはりそうなんだろうな、と自然と顔が綻んだ。
お祈りを捧げ部屋に戻ると、今後の計画を立てた。
「今度は思い切って、ミモザ様と仲良くなるのはどうかしら? そうすれば……」
きっと殺されることはない。
アケーシャは、誰が自分を殺したのか予想がついていた。
修道院に届いたお菓子の差出人はエイデンだった。だけど、エイデンが自分に毒を盛るわけがない。それだけは、断言できた。
「エイデンなら、“こしあん”入りのお菓子を私に贈ってくれたはずだもの。でも、実は、心底嫌われていたとしたら……って、ふふ、それはないわね」
そんなことは絶対にあり得ことくらい分かっているから、笑うことができた。
だとしたら、エイデンの名を騙ってまで自分を殺したい人の仕業。
「きっと、私は知ってはいけないことを知ってしまっているのね」
王太子の婚約者として王妃教育を受けたアケーシャは、知り得た情報も膨大なもの。だけどそれは、期待に応えるよう努力した結果だというのに。
ましてや、二度目の人生での婚約解消は100%王家側に非があったとしか言わざるを得ない。
だからこそ、反王太子派からの反逆や暴動が起きる前に、王家の手の者がアケーシャの口を封じた。
「もしそうだとしたら、やっぱりミモザ様と仲良くなるのが一番ね。ミモザ様が王太子妃になるのなら、ミモザ様付きの侍女になればいいわ。それを理由に、ヴァンガード公爵家を継がなければいいのよ!」
もちろん今度の人生も、ダニエルとの婚約は結ばれてしまった。だけど、エイデンと家族になれた。
前の人生では辞めたと聞いていたディーマも、今はまだヴァンガード公爵家で働いてくれている。もちろん辞めた理由を今のディーマに聞けるはずなどない。
だけどまた、あの美しい湖畔に訪れることができた。小舟にだけは、やはり乗ることはできなかったけれど。
少しの違いはあるけれど、また同じことの繰り返し。何も変わらない。それでも諦めないで頑張った。
一度目の人生は絶望するばかりだった。それなのに、二度目の人生は、死ぬことにはなったけれど、死ぬ直前まで幸せだと思えたから。
だから、諦めなければ、いつか何かが変わるかもしれないと思った。
そして、とうとうアケーシャが貴族学園に入学する日が訪れる。




