day8 -兄弟と兄妹-
水面に立つ二人の足元で、無機質なネオンが波紋を描く。
先ほどまでの死闘を物語るノイズが頬をかすめ、姫憂の鬼の角が、震えるような薄桃色に明滅した。
「3回戦やって俺、お兄、酒嫁さん、鈴庵さんは全員残り一ライフかぁ……。
麻耶ちゃんだけまだライフ3つも残ってるよ〜。はぁ〜、もう麻耶ちゃんとやりたくないよ〜」
「強いだろ?」
「強いって言うか、やりにくいんだよね〜」
「やりにくい?」
姫憂の言葉に反応した鳩羽を彼は頬杖をつきながら見上げる。
「……戦術も技術も俺達何かは敵わない。それがやりにくいってのもあるけど、その……」
「?」
「……似てるんだよね、帝都の闘い方に」
「……!まぁ、兄妹だからな」
むぅ、と頬を膨らませて神威爽側の本殿を見つめる姫憂の脳裏には、いつもあの最強の帝王が過っていた。
角が鳩羽の言葉に青白く反応する。
帝都と透朱は兄妹。
鳩羽と言う兄がいる姫憂にとって、透朱の帝都に対するどす黒い憎悪は、理解したくない感情だ。
鳩羽と姫憂は比較的仲の良い兄妹なのだろう。
喧嘩もほとんどした事ないし、いつも二人で支え合って生きてきた。
だからこそ、姫憂は喉の奥まで出かかって言葉を吐き出した。
「麻耶ちゃんの事、お兄に任せていい?」
「……!」
「俺じゃ絶対に勝てない。でも、お兄のトラップなら効くかも知れない……!
三人の闘い方見てたら、電撃もそんなに使ってなさそうだし、そんなもしもに賭けたいんだ」
「構わないが……」
「神威爽のみんなって、意外と負けず嫌いだからさ、勝っているうちは闘い方も、適用するルールも変えないと思う。
そこで俺が神威爽の本殿から鈴を奪って結ぶ!お兄に足止め頼んでもいい?」
冥羽は強気に言い放ったが、その指先はフリルの袖を白くなるほど強く掴んでいた。
だが、その不安げな背中を叩いたのは、いつも通りの頼もしい兄の掌だった。
「……それが成功しなかったら?麻耶を相手しながら、地雷トラップを仕掛けられる確率は低いぞ。
何なら俺が先にやられるかも……」
「それでも良い。お兄が俺と同じで負けず嫌いで、このまま終わる男じゃないってのは知ってるし、可能性が少しでもあるなら、俺はそこに賭けるから」
「……!」
〝可能性はゼロじゃないんだろ?なら大丈夫だ!ゼロじゃなければ、そこに賭ける価値はあるよ、鳩羽!〟
ほんの一瞬、鳩羽の頭にそんな声が過った。
笑顔でこちらを見つめてくる彼の言葉を、今度は姫憂が似たような言葉に言い換えて鳩羽に伝えてきたのだと脳で処理して瞬間、今まで堅かった鳩羽の表情がふ、と綻んだ。
UIの微細な明滅が羽築の心拍と同期した。
「……ふ、似てきたな」
「え?誰に?お兄に?」
「いや、何でも無い。わかったよ、姫憂。俺が麻耶を止める。他二人は頼んで良いか?
お兄ちゃんがとびっきりの仕掛けをして来たんだ」
「え?そうなの?」
「あぁ。じゃあ、行くか」
「あ……うん!」
水面を歩くたびに跳ねる雫が、体温よりも冷たく電子の味をさせた―――。
「……」
一方、本殿の屋根の上で風邪に吹かれている透朱の脳内には過去の忌々しい記憶が蘇っていた。
“決めた。お母さん、私来週から東京行きたい”
“急やな。突然何なん?麻耶はまだ高校生やろ。一人で生活何か絶対に出来ひんよ”
“もう決めたんやから口出せんといて”
“高校に通いながらバイトでもする気なん?高校のお金くらいはお母さんも払ったるけど、家のこともあるから生活費全額は出されへんで?”
“うん。そんでも良い。私は早く一人で生きる術を身に着けたいねん。……兄貴みたいになりたないから”
“そう。ほんならええよ。仕送りもちゃんと毎月送ったるわ。頑張って”
麻耶はそう言って皐月家を出て以来、一度も実家には戻っていない。
蘭からの連絡も全て着信拒否にしていて、家族の中で連絡を取り合っているのは母と父だけだった。
昔はよく一緒にゲームをしていた。
キャンスピュラシーの様な陣取り合戦や協力プレイ、個人プレイ。
もしかすると互いに認め合い、励まし合っていたあの頃が、麻耶にとって一番幸せな時期だったのかも知れない。
しかし、麻耶が蘭に勝つことはなかった。
勝つことなく、麻耶が家から出て行ってしまったからだ。
「……透朱、大丈夫……?震えてるよ……。寒い……?」
「あ。ごめん、心配掛けて。大丈夫だよ、酒嫁。私は始まったらすぐに冥羽さん……姫憂さんのところ向かうね」
「なら、あの鳩羽って奴は俺と酒嫁でやる。気をつけろよ、透朱」
「うん、ありがとう。……若い芽は、開花する前に摘んでおかないとだよね」
『それでは、いよいよ大詰めでしょうか!ENDS NOVA vs 神威爽、最終決戦の幕開けです!』
警告音。
ノイズ。
心拍。
反射。
姫憂の切っ先が、視界の端を掠める。
思考するより先に、身体が動いていた―――……。




