day4 -今更な心配事-
鳩羽が現実へとログアウトしていった静かな社の中で、引き戻された冥羽の絶叫が霓虹の夜空に響き渡った。
「無理無理無理!神威爽に勝てる訳ないでしょ!相手は何千万人もフォロワーがいるプロだよ!
帝都受けるとか言い出さないよね!?」
「は?受けるけど?」
数千万人のフォロワーを誇る怪物チーム・神威爽からの突然すぎる宣戦布告。
そのあまりのスケールの違いに、姫憂のプロデューサーとしての理性が盛大に音を立てて崩れ去っていく。
「もうやだこの人……!」
だが、そんな絶望的な状況を前にしても、リーダーである慈雲帝都の瞳には、かつてないほど不敵で熱っぽい闘志の火が灯っていたのだった―――。
「羽築が退席して何言い出すかと思えば……。お前ENDS NOVAのプロデューサーだろ?
アレくらいの圧に負けててどうすんだよ」
デジタルで作られたとは思えないほど現実味のある呆れ顔で、帝都は腕を組んでフンと鼻を鳴らした。
その堂々とした態度に、冥羽はさらに顔を引きつらせて頭を抱える。
「いや、プロデュースするこっちの身にもなってよ……!てか、酒嫁以外の女の子と関わるとか無理……」
「それが本音か!……俺だってさっきの空気にはフラついたんだから、一緒に頑張ろうぜ」
視線を泳がせ、リアルでの対人恐怖の片鱗を全開にしてガタガタと震える冥羽。 しかし帝都は、どこか楽しげに口の端を持ち上げた。
そしてわずかに気まずそうに自分の後頭部を掻きながら、帝都はふっと柔らかい笑みを零す。
その飾らない幼馴染の顔に、冥羽のパニックも少しだけ鎮まっていく。
「うぅっ……」
「……そんなに心配なら、二人で特訓でもするか?羽築は美術部だけど俺は帰宅部だし、冥羽も部活やってないだろ?」
ベンチで一人膝を抱える姫憂の姿を横目に帝都は、心底愛おしい人を見るように頬を緩ませ、そう声をかけた。
普段は人間嫌いで対人恐怖の片鱗を覗かせる彼が、こと幼馴染の冥羽の前になると妙に面倒見が良くなるのは、長年培ってきた腐れ縁ゆえの自然な動作だった。
霓虹では孤高を気取る「俺様キャラ」の仮面が、幼馴染の前ではあっさり剥がれ落ちていく。
「で、でもお兄が……」
「別に、あいつもそこまで過保護じゃねぇよ」
不安そうに小動物のように上目遣いになった姫憂へと、帝都は「はぁ」と呆れたような、しかしどこか面倒見の良い溜息を吐き出す。
リアルでもバーチャルでも過保護気味な鳩羽(羽築)の目を少し気にしつつも、目の前で怯える幼馴染を放っておけない彼の体温が、二人の間の空気をほんのりと温めていく。
「……キャンスピュラシーのONIを三百連勝した化け物と二人で特訓をやれと……?」
冷静になってから気づいたその恐るべき事実を思い出し、姫憂(冥羽)は両手で自分の顔を覆い、ガタガタと盛大に震え始めた。
陣取りゲーム『キャンスピュラシー』におけるONIモード―――圧倒的な人数差を覆し、たった一人で敵を蹂虙し続ける修羅の道。
それをガチで三百連勝したような人間から直接特訓を受けるなど、豆腐メンタルな冥羽にとっては精神的な拷問に等しかった。
「俺の説明があまりにもヤバイやつ……だけど事実だから何も言えない……。
つか、お前も対して変わんないだろ!」
姫憂の口から出た実績が、客観的に見てもヤバい狂気の沙汰であると自覚したのか、帝都は気まずそうに視線を泳がせ、頭を掻きむしった。
だが、その唇にはどこか隠しきれない誇らしさと、幼馴染に頼られる嬉しさが微かに滲んでいる。
「……良いの?俺面倒くさいよ……?」
不安げに、そしてどこか試すような上目遣いで冥羽が問いかける。
その声には、自分が「姫憂」という小悪魔的な仮面の下で隠している素の面倒臭さや気弱さを、この幼馴染にすべて見透かされてしまうことへのわずかな怯えが混じっていた。
「はぁ?今さらすぎるだろ。わがままで面倒くさくて、マイペースで自分勝手。
それが姫憂なんじゃなかったのかよ?」
呆れたような溜息を吐きながらも、帝都の眼差しはどこまでも真っ直ぐで優しかった。
リアルでもバーチャルでも互いのすべてを知り尽くした幼馴染だからこそ、その不器用な肯定が冥羽の胸の奥を激しく揺さぶる。
「……し、仕方ないな〜……!帝都がどうしてもそこまで、そんなに言うなら教えを請いてあげても良いけど〜?」
そう言って、姫憂はわざとらしくフンと鼻を鳴らし、小さな両手を腰に当てて見せた。
現実世界の自室のベッドの上で、実際には枕を抱えて悶絶しているであろう姿など微塵も感じさせない、完璧なまでの「小悪魔プロデューサー」としての振る舞い。
だが、そのわずかに潤んだ瞳の奥や、言葉の端に滲む気恥ずかしさは、長年隣で見てきた幼馴染の目を欺くにはあまりにも幼かった。
「お前は本当に……。少しくらい素直になれませんかね〜」
頬を膨らませて精一杯の強がりを見せる姫憂の姿に、慈雲帝都の胸の奥で、どうしようもない愛おしさが波のように広がっていく。
呆れたような、それでいてすべてを包み込むような深い慈しみを瞳に宿しながら、帝都はくすりと笑ってその頭にそっと手を伸ばしたのだった―――……。




