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からみ糸 ―深川つみびと物語―  作者: 優木悠
第七章 促迫

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七の九

 取り調べを終えて吟味与力浜山が詮議部屋から出てきたところを、秀之介が捕まえた。

「浜山さん、どういうことですか」

 秀之介は浜山の袖をつかんで詰め寄った。

「無礼だぞ、柿沼」

「佐源次は罪一等を減じて死罪と裁決を下してもらえるはずだったでしょう」

「佐源次は」と浜山は苦渋の色を顔に浮かべた。「詮議において隠し立てすることもなく全て白状し、殊勝であるとして死罪が相当とお奉行に書類を提出した。しかしお奉行は容赦なかった。非公式であるとはいえ、町奉行所の手下として働いていた者が強請に加担するなど言語道断、伝馬町の牢屋敷ではなく特例として町奉行所の仮牢で過ごさせただけで充分情けを掛けた。よって恐喝強請の通例の通り死罪でなく獄門が相当である、というわけだ」

 同じ斬首刑であっても、死罪という刑は晒首(さらしくび)なしの刑で、獄門は首が斬られた後に(さら)される。つまり晒首という恥辱刑が加えられる分、獄門は刑として一段重くなる。


 人としての血の温かみを感じない裁決だった。

 南町奉行鳥居甲斐守(とりい かいのかみ)は、名の耀蔵(ようぞう)のようと甲斐守のかいを取って、妖怪と渾名される。

 秀之介は、その妖怪の非情さを見た気分であった。


 唖然とする秀之介の掴んだ手を引き剥がして、浜山は去って行った。


 秀之介は表門脇にある仮牢へと向かった。入り口の敷居の所で蹴躓(けつまず)きそうになった。気が重く、足どりまで重くなっていたようだ。

 佐源次は牢格子に(もた)れるようにして座っていた。すでに検使与力から刑の宣告を受けているにしては、落ち込む様子はなく穏やかな顔をしていた。

 牢格子の前に座って、秀之介は佐源次に言った。

「すまなかったな。俺も手を尽くしてはみたんだが、獄門と決まった」

「そう謝らないでくだせえ。獄門だって死罪だって首を斬られるにはちげえねえ。死んだ後に腑分(ふわ)けにされようが首が晒されようが、たいした差はありませんや。宣告を受けて何かすっきりした気分になったくれえです」

 実際、そう言って笑った佐源次の顔は清々しさすら(まと)わせていた。

「それよりも、妹のことだけはどうかくれぐれもお願いします。妹は罪には問わないでください。あいつは何も知らなかったんだ」

「安心しろ。その辺はすでに調べがついてる。強請り取った金で身請けされたんだからまた女郎屋に戻れとは、お奉行だって言えやしねえしな」

 佐源次は微笑んで頭を下げた。

「刑の執行は明後日だ。明日はお前の食いたい物を差し入れてやる。何が食いたい?」秀之介が訊いた。

「そうですねえ、じゃ、蕎麦を盛りで、(かん)徳利(とくり)もつけてくれるとうれしいなあ」

「へ、死んで行くからって好き勝手言いやがって」




 佐源次が斬首になった日は、小塚原に木枯らしが音を立てて吹き(すさ)んでいた。空は今にも泣きだしそうだったし、そこら中に生えた色褪せた雑草達が、風に吹かれて葉を打ち鳴らしていた。

 秀之介は高さ四尺の獄門台に(さら)された佐源次の頭を、勇蔵と共に眺めた。

 ついさっきまで生きていたその頭は、血が抜けて真っ白で、半開きの瞼の奥の目は黒く濁っていて、口は何か言いたげに少し開いていた。

 佐源次は首を斬られる時、目隠しを拒んだ。そうして土壇場に座り体を倒し頭を下げ、見分していた秀之介の方に、顔をちょっと向けて微笑んだようにみえた。


「至極真っ当に生きている人間が、つい何かのきっかけで罪を犯してしまう。悲しいものだ」

 秀之介は呟いた。


 人が罪を犯すのは、食うに困ってとか怒りにまかせてとか、様々な理由はあるだろう。だが、貧乏でも罪を犯さない人間は大勢いるし、かっとして暴力を振るったとしても人を殺すまで行くことは稀だ。佐源次は妹を苦界から救い出したいという思いがあったが、市平太がどうして強請などを思いついたのかは、今となってはわからない。綾という女が知っているのかもしれないが、彼女の行方は(よう)としてわからない。


 以前貞八が言っていたという、誰かが殺された娘の仇を討ったのなら、なんだか俺にも大それたことのひとつでも出来るんじゃないか、と。ひとりの被害者が嘆き、別の誰かが仇を討ち、それに触発されて他の誰かが罪を犯す。佐源次だって市平太だってその流れの中にいたのだ。そういう流れが起きてしまう人の世というものが、秀之介には何だか恐ろしく思えてくるのだった。

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