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からみ糸 ―深川つみびと物語―  作者: 優木悠
第七章 促迫

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七の八

 翌日の午後、自身番屋に身柄を移し、縄で繋いだ佐源次の前に腰を落として、秀之介は言った。

「さて、お前も知っている通り、罪人は一旦大番屋に入れて取り調べる決まりだ。茅場町になるかな。でもあそこも伝馬町と似たり寄ったりだ。牢に入れられてお前が御用聞きの手下とわかると……」

「お、(おど)かさねえでくだせえ旦那」佐源次は引きつった声で言った。

「何度も言うようだが、全部お前の心がけ次第だ」秀之介は説得するように、柔らかな声音で言った。

「ですから、知っていることは全部話しました」

「それがそうでもねえ。ひとつどうしても引っ掛かることがあるんだ。喉に刺さった小骨みたいに苛々するんだよ」秀之介は喉を指の先で引っ掻くようにした。


 佐源次は秀之介の顔色を窺うようにじっと上目遣いに見た。

「市平太の他に誰か仲間がいたな」秀之介が匕首を刺すように言った。

「いません」佐源次は間を置かずに答えた。

「市平太は、死んだ時、十数両しか懐に持っていなかった」


 市平太のことは、日が昇ってから、船番所から船を出して貰って中川を捜索したところ、ほどなくして川底に沈んでいた遺体が見つかった。


「残りはどこだ。家探ししても出てこねえ。お前みたいに妹を身請けしたわけでもないし、毎晩吉原に通ったわけでもあるめえから、ほんの四月(よつき)ばかりで四十何両も使っちまうなんて、ちょっと考えられねえ。他に分け前を取った仲間がいたんだろう、え?」

「いません、いません」

(しら)を切るならそれでもいい。大番屋に入れて、石でも抱かせてやるよ」

 拷問は伝馬町の牢屋敷でのみ行うのが定法であったが、留置場である大番屋でも密かに行われていた。

「や、やめてください。それだけはご勘弁を、お慈悲を、お慈悲をおねげえします」

 佐源次は縄で縛られたまま、何度も頭を下げて必死に懇願した。伝馬町の牢屋敷にしろ大番屋にしろ、大牢に御用聞きの手下が入れられるだけでも命の危険があるというのに、拷問されて口を割ったとなれば、罪人の仁義に背くとして囚人達に何をされるかわからない。

「じゃあ、吐いちまいな」


「綾です」

「何だって、聞こえねえ」

「よく知りませんが、綾が何か関わっていたらしいです」

「綾ってのは、桧川屋の女中だな」

「へえ」

「その女が桧川屋から帳場箪笥の鍵を盗んだのか?」

「そこまでは知りません。ただ市平太は綾に首っ丈でした」

「もっと詳しく教えろ」

「知りません」


 突然、秀之介の手が閃いた。心地よいほどの音が自身番に響いて、佐源次の顔が横を向いた。張り飛ばされた佐源次の頬がたちまち真っ赤に変じた。

 さらに数回、秀之介は佐源次の頬を打った。

「大番屋じゃ、これくらいじゃすまねえぞ」

「お赦しくだせえ」

 また高い音が響いた。

 佐源次の口の中が切れ、口の端から血が一条流れ落ちた。

「てめえ、町廻り舐めてるんじゃあねえぞっ」凄みのきいた声で秀之介が叫んだ。「しらばっくれんな、お前が知っていることは先刻お見通しなんだよっ」


 佐源次は心底から震え上がった。

 普段とぼけたような態度をして、袖の下を貰ってにたにた笑い、そのくせ貧乏長屋の子供達に飴をやるような優しさを持った柿沼秀之介はそこにはもういなかった。


 また秀之介が手を振り上げた。

 佐源次は身を(すく)め、

「わ、わかりました、わかりました、話します。話しますからお赦しくだせえ」

 そうして市平太から以前聞いた、桧川屋で鍵を盗んだ手順を語った。


 話しながら、佐源次はみじめなものだと思った。牢で私刑に遭うのが嫌で、拷問に掛けられるのが怖くて、全て話してしまった。佐源次と綾のことだけは秘密にしようという約束などどこかへ行ってしまい、まるで自分の物ではないように口が動くのだ。自分はこんな愚かな人間だったのかと、気分が地の底にまで沈んでいくようだった。


 話を聞き終わった秀之介は、佐源次をまるで両親の仇でも睨むようにして見たまま、

「勇蔵」

 自身番の入り口で控えていた勇蔵を呼んだ。

「へいっ」

「桧川屋へ向かって、綾をひっ捕らえろ」


 勇蔵は勢い込むような調子で走り出て行った。だが、ほどなくして手ぶらで戻ってきた。

「ほんのひと足遅かったようです。綾は、八王子の実家へ帰ったそうです」

「逃げを打ちやがったな」秀之介は切歯した。

「へえ、今からすぐに追います」

「素直に家にいるとは思えねえが、そうしてくれ」


 勇蔵は大きく頷いて、自身番から出て行った。

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