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からみ糸 ―深川つみびと物語―  作者: 優木悠
第七章 促迫

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七の七

 その晩、綾は一睡もできなかった。何より市平太の無事が案じられたが、自分の身の心配もしなくてはならなかった。突然店から姿を消しても良かったが、それでは、後から町奉行所に懐疑の目を向けられるのではないか、という懸念がある。何か良案をどうにか捻り出さなくてはならないし、逃げた後に落ち着く先も考えなくてはならない。そうしてまんじりともしないで夜が明けた。


 綾は朝食が終わった後に桧川屋主人の六左衛門(ろくざえもん)とおかみのお(かね)がいる居間に顔を出した。

「父が卒中で倒れたと、先日文が届けられ知りました。どうしようかと、数日迷っていたのですが、お暇をいただいて、看病に帰りたいと思います。突然のことで(はなは)だ心苦しいのですが、何卒お許しくださいませ」

 綾が畳に手をついてそう言うと、六左衛門は掌中の珠を失うような渋い顔をし、おかみは目の上の瘤が取れたように口に笑みを浮かべた。

「お父さんが無事なら、すぐに帰ってくるんだよ」六左衛門はそう言った。「私はいつまでも待っているからね」

 妻の前でそんなことを言うのだから、言われた綾の方がばつが悪い思いだった。六左衛門は、見舞いとして一両も包んでくれた。

「いえ、このような物を頂くわけにはいきません」

 綾は断ったが、六左衛門は承知しなかった。恩を売っておけば、綾が帰って来るとでも思っているらしい。


 綾はすぐに身支度を整えて、昼前には桧川屋を()った。しかし、八王子へは向かわず、北へ向かって千住大橋を渡った。数年前に桧川屋を辞めた仲の良かった女中が川口の農家に嫁いでいた。市平太と会うまではそこに身を隠そうと思っている。


 綾は千住を抜けても誰かが追って来るような気がして、何度も振り返った。後ろめたい人生を送るというのはこういうことなのかという気がした。今後いつまでこんな思いをしなくてはならないのだろう。


 空は青く澄み渡り、吸い込まれそうなほどの深さだったが、綾の心は暗く沈んでいくばかりであった。

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