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からみ糸 ―深川つみびと物語―  作者: 優木悠
第七章 促迫

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七の四

 下っ引の仙太は、市平太が長屋に到着したのを見届けると、目いっぱい迅速に駆けて、汁粉屋に取って返した。そして佐源次がまだ帰って来ていないことを確かめ、

「当たりでした、柿沼の旦那」

と報告する仙太に、

「そうか」秀之介が興奮を隠さずに言った。

「へえ、風の具合で全部は聞き取れませんでしたが、疑われているぞとか、姿を隠せとか、ふたりが話しているのが聞こえました」

「よくやった」

「佐源次は逃げたか?」勇蔵が訊いた。

「いえ、佐源次は自分が疑われているとは露ほども勘付いておりやせん。すぐに戻ってくるかと思います」

「市平太は?」

「自分の家です」


「よしっ」秀之介が手を合わせて揉むようなしぐさをした。高ぶる気持ちを静めようとしているようだ。

「文造、平七、外で見張っている勇蔵の手下ふたりも連れて、すぐに市平太の家へ向かい、捕らえろ」

「へいっ」

「帰って来る佐源次とすれ違わねえように、充分用心しろ」


 ふたりの小者は、仙太から長屋の詳しい場所を聞くと、帯に差した十手を確かめるようにして叩き、走り出て行った。


 入れ違うようにして、佐源次が平然とした顔で帰って来た。市平太と別れた後、どこかで帰る頃合いを見計らっていたようだ。

「市平太は門前仲町の飲み屋で呑んだくれていまさあ。まあ、今のところ、強請に(つな)がるような事は見つかりませんでした」

「そうかい」かすかな行灯の明かりの中、勇蔵の見開かれた目がぎょろりと動いた。

「ご苦労だったな、佐源次」

 秀之介が言うのを合図に、後ろにいた仙太が、手早く佐源次に縄を巻きつけた。なめらかで手際のよい巻き方であった。縄は佐源次の両腕と体を容赦なく締め付けた。

「な、何をしやあがるっ!?」佐源次の声が引き()った。

「俺の顔に泥塗りやがったな、佐源次っ!」勇蔵の怒声が轟いた。「てめえの小賢しい悪巧(わるだく)みなんぞ、とっくにお見通しなんだよっ」


 佐源次の顔から、たちまち血の気が引いていく。暗がりに人魂のように浮きあがるほど面皮が青ざめた。

 奇妙な悲鳴を発して、縛られたまま逃げ出そうとする佐源次であったが、勇蔵が飛びついて押し倒し、背中から()し掛かった。

 初めて見る捕物に、貞八が怯えて壁に身を寄せた。


「神妙にしやがれっ」勇蔵が叫んだ。

(ゆる)して、赦してくだせえ、親分、旦那」

「赦せるわけねえだろう、散々俺達をこけにしやがって」

「お、俺は、(そそのか)されただけなんだ、親分。強請の片棒担げば、金をやるって」

「唆されようが、率先して動こうが、罪は罪だ」

「仕方なかったんだ、妹を女郎屋から身請けするために、仕方なくやったんだ」

「ええい、見苦しいぞ、言い訳ばかりしやがって、とっとと牢に放り込んでやるから覚悟しろ」

「やめてくれ、伝馬町だけはやめてくれ、俺みたいな手下が牢に入れられたらどんな目に遭うか、わかってるだろう」

「望みを言える立場か、ええっ?素性が囚人達にばれないよう祈れ」

「貞八はどうなんだ、人を切っておいて、叱られただけで済んだじゃねえか」

「てめえは百両も盗んだだろうが」

「あっしの取り分は四十両です」

「百両でも四十両でも同じだ。五十歩百歩って言うんだ」


「まあ、そう言うな」今まで黙って騒動を見ていた秀之介が口を挟んだ。「お上にも慈悲と言う物はあるぞ」

「旦那、甘やかさねえでくだせえ」勇蔵が言った。

「百両もせしめたんだ、どうせ首が飛ぶと言っても、牢屋で囚人達に袋叩きにされていいってもんでもねえ」


 佐源次は、背中に勇蔵が乗っていても必死に首を上げ、目を血走らせじたばたともがいている。その鼻先に、秀之介は十手の先を突きつけた。


「ただしだ、お前の知っている事全部、そっくりそのまま話せば、だな。綺麗さっぱり話しさえすれば、奉行所の牢預けにしてもらえるよう、取り計らってやるぞ」

「しゃ、喋ります。全部、包み隠さず喋りますから、何卒ご慈悲を、ご慈悲をおねげえします」

「いい心がけだ」秀之介は引きつったような笑みを浮かべて言った。「勇蔵、佐源次をそこに座らせてやれ」


 勇蔵が上からどくと、佐源次は自力で土間に胡坐をかいた。


「さ、体が楽になったところで、洗いざらい吐いて、気持ちも楽になりな」


「へ、へえ」佐源次は唾を飲んで喉を湿らせた。「あっしは、誘われたんです、あの市平太にです。分け前四十両やるから、手を貸せ。俺が盗み出した書状を使って桧川屋を強請り、深川の何箇所かに金を置かせるから、お前はその金を取ってくればいいだけだ、そう言われたんです」

「算段は、すべて市平太が考えたってことだな」

「へい、その通りで」

「その割には、こっちの事情を詳しく知った上での企てにも思えるが?」

「へえ、ついあっしが、教えちまったんです。旦那ならこう考えるだろうとか、親分ならこう動くだろうとか、うっかり教えちまっただけなんです」


「ひとつ、どうしてもわからないことがあってな。市平太はどうやって桧川屋が身につけていた鍵を手に入れた」

「それは」と佐源次は綾のことが頭によぎったが、市平太との約束も同時に思い出した。「し、知りません」

「しらばっくれるなよ」

「ほ、本当です、あっしは何も聞いちゃいません。市平太を捕まえて訊いてくだせえ」


 秀之介はしばらく虚空を見詰めて、考えをまとめているようだった。


「よし、細けえことはおいおい尋問するとして、とりあえずはこんなところだろう。その辺の柱に縛りつけておけ」

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