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からみ糸 ―深川つみびと物語―  作者: 優木悠
第六章 泣く男

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六の二

 佐源次(さげんじ)が訪ねても、妹のお(なみ)はろくすっぽ挨拶もしないで、いつも洗濯だの飯の支度だのをしている。今日は手土産に餅を買ってきたが、お波は手を付けようともしない。来るたびに買って来る菓子やら団子やらも食べているのかわからなかった。

 お波を女郎屋から身請けして、借りておいた霊岸島長崎町の長屋に住まわせた。後ろ暗い金で身請けしたものだから、佐源次の家どころか近所にも住まわせられない。

「どうだ」と上がり框に座って佐源次は訊いた。

「どうだって、何が?体なら元気でやってるわ」佐源次の方を見もせずに、お波は(へっつい)の火を吹いている。

「働き口は見つからんか?」

「働くって言っても、女郎屋で教えてもらった三味線くらいじゃ、師匠顔できないし、女中の口を探したところでどこも不景気だからねえ」

「そうか」


「兄さん、前から訊こうと思ってたんだけど、なんだか怖くて訊けなかったの」お波は竈の火から目を離さずに言った。「身請けのお金、どこから手に入れたのよ」

「根付け仕事と親分から貰った手間賃をこつこつ貯めておいたんだ」なんだそんなことか、という顔で佐源次は答えた。以前から訊かれた時のために用意しておいた答えだった。


「本当かしら。身請けの代金が二十五両。その後の暮らしの費用だって言って、十五両もくれてさ。合わせて四十両なんて大金、根付をいくら作ればいいのよ。勇蔵親分の所でどれだけ働けば貯まるのよ」

 お波が振り向き、今度は佐源次が視線を()らせた。

「こつこつだ」

「私、汚いお金で身請けされたのだったら、何か自分が汚い物みたいに思えてくるの」

「そんなことはない」佐源次は首を振った。「そんなことはありはしない」


 路地木戸から佐源次が出てくると、自身番屋裏の天水桶にすっと影が隠れた。佐源次はまるで気付かずに通りを反対へと歩き去って行くのだった。




 女房が店番をしている白粉(おしろい)屋の前に長椅子を出して、煙草を吸っていた勇蔵(ゆうぞう)は、そんな所で吸うと煙が入って来るじゃないか、と中から叱られても知らぬ顔で鼻から煙を出した。

 勇蔵が店主ではあるがほとんど女房のお(たね)にまかせっきりの店であった。白粉だけでなくて紅や櫛など化粧道具はひと通り揃えてあって、店には女客がひっきりなしに出入りしていた。

 勇蔵が実入りの少ない御用聞きの仕事に専念できるのも、女房がこうして働いていてくれるからだという引け目があるものだから、お種に何を言われたところで勇蔵は口答えはしない。


 もう一度吸い口に口をつけると、息を弾ませながら、手下の仙太(せんた)が駆け寄って来た。

「やっと見つかりましたよ、親分」

「尻尾を掴んだか」

「尻尾というほどのことではないかもしれませんが、佐源次が会っていたのは、妹でした」

「佐源次の妹……。確か品川の女郎屋にいたはずだな」

「それが、霊岸島の長崎町の長屋に今は住んでいます」

「身請けしたのか、佐源次が?」

「はい、女郎屋の名前さえわかれば、裏を取れるのですが」

「うん」と唸るように勇蔵は頷いた。「探索を続けてくれ」

「へい」


 佐源次はどうも怪しい、という定町廻り同心柿沼秀之介(かきぬま ひでのすけ)の命を受けて、勇蔵は仙太に佐源次を探らせていたのだった。仙太の仕事もあったから、毎日張り付いていたわけではなかったから三月ほどもかかったが、ようやく糸口のようなものを掴めたようだった。

 妹を身請けした日にちがわかれば、佐源次が強請(ゆすり)事件の時に盗られたと言った百両を、佐源次自身がくすねた見込みが濃厚になってくる。妹を自分の家でなく、別に長屋を借りて住まわせていることも引っ掛かった。佐源次が単独で強請をしていたのか、それとも仲間がいるのか、その辺りももっと丹念に調べていかなくてはならない。


「ひとりでてえへんだとは承知しているが、あくまでも慎重にな」

「へい、おまかせを」


 人数を使って大っぴらに動けば、佐源次に気付かれるおそれがあった。あくまで仙太ひとりにまかせるしかない。

 勇蔵は懐を探って、手間賃に一朱を摘んで仙太に渡した。それを押し頂くようにして受け取った仙太は、走り去って行った。

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