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からみ糸 ―深川つみびと物語―  作者: 優木悠
第五章 巾着切り

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五の二

 大川の寄洲に引っかかっていた水死体を見つけたのは、吉原帰りの客を乗せた猪牙(ちょき)の船頭であった。

 すぐに勇蔵親分が出張って、船頭を何人か使って竪川の一ツ目之橋の南にある水戸家の石揚場を借りて遺体を引き上げさせ、手下を使って探索を始めた。あちこちで聞き込んだ手下達が戻り報告を粗方聞き終わった所に、南町奉行所定町廻り同心柿沼秀之介(かきぬま ひでのすけ)がやっと駆け付けた。


 日はすっかり頭上にあって、盛んな光が降り注ぎ秀之介の月代が焼けるようであった。


「月番替わりした途端に土左衛門か」秀之介が欠伸を噛み殺して言った。「おい、侍の死骸じゃねえか。俺じゃなくて目付に報せろよ」

 ひと晩くらい水につかっていたのだろうか、遺体の体中の皮膚はふやけて白く変色していた。強い日差しのせいで腐敗も始まっているようだ。

「いえ、ひとまず旦那にと思いまして」

「なんで」

「実はこの遺体、例の三人組のひとりでして」

「ふむ」


 本所、深川周辺で乱行を繰り返していた三人の若侍のひとりが、正覚寺の塀の前で腹を切っていたのが、三月前のことである。その一味のひとりが、今度は水死体となって見つかったわけだった。


「あれからあっしもこの三人組について調べてみました」勇蔵が調査内容を思い出し思い出し話した。「町人に対する狼藉はいちいち挙げていては切りがありません。殺しにまでは至っていませんが、辻斬りまがいの事もしていたようです。中でも酷いのは……、月番違いで、あっしも知らなかったのですが、三人は十四の娘を(かどわ)かして三日も閉じ込めていたそうです。その娘は逃げたようですが、逃げる途中で落ちたのか落とされたのか、小名木川で遺体が見つかったそうです」

「思っていたよりも酷い連中だな。若気の至りで済ますわけにはいかん話だな」


 十四と言えば、秀之介の娘お雪と同じ歳だ。何日も監禁された娘の苦しみはいかばかりであったろう。娘が死んだ父親の悲嘆はどれほどであったろう。


「で、この遺体です」と勇蔵が続けた。「手下に調べさせた所、昨晩、酔っ払った侍が歩いているのを本所のあちこちで何人もが見ていました。他に松井町二丁目の自身番に、二ツ目之橋から人が落ちたようだと報せがあったそうです。報せたのは西崎屋という太物屋の主ですが、人が落ちる前に争っているような気配だった、と言ったそうです」

「前の割腹の時も、殺しの見立てがあったが、とすると確実に三人組を立て続けに狙った殺しということになるな」

「しかし、目付の手に掛かったらどうなりますか」

「うむ、また、こいつの家から圧力が掛かって揉み消されるかもしれんな。侍が酔って川に落ちて溺死するなど、恥以外の何でもないからな」


「もうひとり残っています」

「ああ、素行の悪い若侍がどうなろうと知ったこっちゃないが」

 と言った秀之介を、勇蔵がじろりと睨んだ。

「あいや、町奉行所同心が言っていいことじゃなかったな。ともかく、そいつひとりのために、目付がどう動くか、だな。揉み消されずに探索が始まるとこっちにも手を貸せと言って来るかもしれん」

 秀之介は面倒そうに頭を掻いた。

「その時のために、勇蔵、こいつらのことをもっと聞いて回ってくれ。(くだん)の娘の家族に重点を置いて調べるんだ」

「へい」

 懐から紙入れを取り出すと、秀之介は、一朱金を手のひらで数えて、五枚ばかりひとまず取り、惜しそうな顔でもう一枚取り、勇蔵に渡した。手下達を使うにも只でというわけにもいかない。

「今はそれだけしかなくて悪いな」

「いえ、充分です」

 と言った声の響きには、吝嗇な同心に仕える者の嘆きが宿っていた。




「おい、ありゃあ、この辺で悪さをしていた若侍のひとりみたいだぜ」「あの三人組か?」「け、いい気味だ」「声が大きい。町方に聞こえたら只じゃすまないぜ」「前にひとりが腹切ってたって話だろ」「残りひとりか」「悪いことはできねえなあ」「ああ、お天道様はちゃんと見てくれてるぜ」


 町方役人が溺死体を調べているのを、野次馬達が取り巻いて、口々に勝手な事を言っている。


 巾着切りの音吉(おときち)はそんな話し声を聞き流しながら、

 ――ふたり目か。

 と思った。

 若侍はふたり共殺されたのだ。誰かは知らないが、あの時蕎麦屋にいた者の中のひとりがやったに違いない。

 そうして、

 ――俺も何かでかいことをしてえもんだ。

 などという考えが浮かんだ。

 なんでもいい。しかしどうせなら、世のため人のためになるようなことがしたい。長年巾着切りなどを続けて、散々他人様に迷惑をかけ続けてきた俺だ。死ぬまでに何かひとつくらいは善良なことをしてみてえじゃねえか――。


 ふと視線を感じた。

 今まで同心と喋っていた岡っ引が、顔を向けてこっちを見ている。音吉が、何か思惑ありげな顔をして光景を眺めているのを、見咎めたのかもしれない。

 音吉は視線に気付かぬふりをして、そっと後ろさがりに野次馬の集団に紛れた。人目を(かわ)して姿を消すことなど造作もないことだ。みっつ呼吸する間に、音吉の姿は勇蔵の視界の外にいた。

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