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からみ糸 ―深川つみびと物語―  作者: 優木悠
第四章 ゆすり

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四の四

 秀之介と勇蔵のふたりは、家並の陰からそっと六左衛門を見守っていた。少し離れた所に小者のふたりが隠れている。町方が付いてきているとすでに強請に露見してはいるだろうが、念のため提灯は持たず、夜の闇に埋もれるようにして見張っている。


 秀之介は暗がりで目を見開いた。

「なんだあの男は、何かを桧川屋に渡したな。強請の仲間か……。む、こっちに来るぞ、おい、文造、平七、ちょいと跡をつけてからあの酔っ払いをとっ捕まえろ」


 顔を戻せば桧川屋が駕籠に向かっている。

「いったいどうしたんでしょう。先程何かを読んでいたようでしたが」勇蔵が小首を傾げた。

「強請からの指示だったのだろう」

 ふたりが思案しているうちに、駕籠が動き始めた。

「しまった、裏をかかれた。別の場所で受け渡しをするようだ。俺が桧川屋を追うから、勇蔵、お前は見張りに立たせている手下達を集めてから後を追って来てくれ」


 すでに、店の軒下で小者ふたりが酔っ払いを組み伏せていた。秀之介はそちらに足早に近づいた。

「そいつは、文造ひとりで取り調べてくれ。平七、付いて来い」

 そうして秀之介は駕籠を追う。


 駕籠は南へ行き、大島川に架かる蓬莱橋を渡るとすぐに足を止めた。佃町にある小さな稲荷の(やしろ)の前である。

 六左衛門は駕籠を降りると、担いだ荷を下ろし、風呂敷を広げていくらかの小判を社に供えるようにして置いた。


「ははあ、読めたぞ」秀之介は闇の中ほくそ笑んだ。「強請め、金を分散して置かせて、俺達の目を(あざむ)く算段だな。おい平七、俺はこのまま駕籠を追う。お前はここに残って、稲荷に近づく者がいないか見張れ。そいつが怪しい動きをしたら、躊躇なく縄を掛けろ。勇蔵や手下達が来たら、後を追わせてくれ」


 西へと動き始めた駕籠は松平阿波守の下屋敷を避けたのだろう、北へと橋を渡り、またすぐに南へと橋を渡った。今度は黒船稲荷の前に止まって先程と同じようにいくばくかの小判を社の前に置いた。

 そこで勇蔵の手下の仙太、佐源次が走って近づいて来た。

「親分と他の者達も追っ付け駆けつけます」はあはあと肩で息をしながら佐源次が言った。

「よし、佐源次、お前はここに残って稲荷を見張れ」秀之介が即座に命じた。

「へい」

「お、また駕籠が動き出したな。仙太、付いて来い」


 駕籠は家並を縫うようにして北へと走り佐賀町、今川町の稲荷で止まり六左衛門が金を置いて行く。秀之介は次第に追いついてくる手下達を配して行く。

 最後はちょっと遠く、駕籠は大川まで一旦出て町々をぐるりと回って海辺大工町の稲荷で止まった。秀之介はようやく追いついて来た勇蔵と店の軒下に潜んで見張ることにした。

 社の前に金を置いた六左衛門を乗せた駕籠が、ふたりの前を通る時にちょっと止まって、中から六左衛門が言った。

「強請の指示の通り、金を置いて回りました。私は店に帰ります」

 そうして駕籠は去って行った。


 秀之介は稲荷の境内に生える木々が風にそよぐのすら見逃さぬように、じっと社を食い入るように見た。


 じめじめとした湿気が肌にまとわりつくような夜であった。秀之介の撫でた首筋にはじっとりと汗が(にじ)んでいて、今すぐにでもひと風呂浴びたい気分にさせる。


 やがて、沈黙に耐えかねたように勇蔵が口を開いた。

「強請の奴も面倒なことを考えたものですな。しかしまた、なんで稲荷ばかりに金を置かせたんでしょうな」

「俺もそこは考えたんだが、何かのこだわりか、大きな寺社だと門扉が閉まっているからか。なんにせよ、この辺りの土地に明るい者だということはわかったな」

「これだけ方々に金を分散させると、金を集めるのも大変でしょうに」

「まあ、こちらも人数を分散させられたわな」


「さて、あとは強請がどう出て来るかですな」

「強請の仲間が複数人いるか、それとも、ひとりでの仕業か。ひとりだとしたら全部から金を取るのではなく、見張りの手薄な所からだけ取るつもりかもしれん。複数人なら各所の金を全部取りに来るだろう。だが、それならそれで、手下達が捕まえる見込みも高くなる。何にせよ、夜が明けるまでが勝負だな」

「へい」


「どうも敵に手の内を見透かされているような気がする。どこかでひっそりとこちらの出方を(うかが)っているというのではなく、こちらがどう動くかあらかじめ分かっているような感じだ。考えたくはないが、配下に一味が紛れていることもあり得るな」

「まさか、手下の素性は全て知っています。罪に加担するような愚かな奴はひとりもいやしません」

「そのまさかってのに、俺たちは今まで散々出会ってきたはずだ。罪を犯した人間を知っている者が口を揃えて言う事がよくある。まさかあいつが物を盗むとは、まさかあいつが人を殺すとはってな」


「旦那」

 ふと、小声で秀之介を呼ぶ声が聞こえた。

「お、文造か、こっちだ」

 音もなく文造が近づいて来て、報告をする。

「酔っ払いは小銭を握らされ、文を届けるように言われただけのようです。暗がりだったし、頬かむりをしていたし、男の顔は見ていないそうです。一応門前町の自身番屋に連れて行って縛っておきましたが、番人がその男と知り合いでしてね。あの辺でいつも飲んだくれている男だそうです。まあ、強請の仲間ではなさそうですよ」

「わかった、文造、疲れている所悪いが、見張っている連中を見回ってくれ」

 文造は強請が指定した稲荷をたどって来たから場所は知っている。頷いただけで闇に溶けるように去って行った。

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