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からみ糸 ―深川つみびと物語―  作者: 優木悠
第四章 ゆすり

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四の二

 佐源次は畳に上がって、市平太の前に座った。

「では、さっそくだが、市平太さん、あんたに最初に言っておかなくっちゃならないことがある」

「なにかな」

「五百両はあきらめろ」

「なにをいいだす」

「理由は簡単だ。市平太さん、あんた五百両がどれくらいの量になるか考えたことがあるか」

「さあ」

「そうだろう。百両で両手に持てるくらいだ。その五倍。それを風呂敷にでも包んで背中に背負って、あんた、捕り手から逃げきれる自信はあるかい?」

 市平太は首を亀みたいに引いて唸った。


「だが五百両くれと言っちまった。言っちまった以上ひっこめるのはばつが悪い。だからこれを利用する」佐源次は早口に喋る。

「話がまわりくどいな」

「五百両を五カ所に分散させて桧川屋にどこかに置かせる。捕り手の目も当然分散される。そうなると、その中の百両だけをいただくのは容易になるという寸法だ。受け渡しの時刻は当然夜が良い」


 市平太は苦く笑った。市平太はただ漠然と、夜のうちに五百両をどこかに届けさせ、それを持って闇に紛れて逃げるくらいにしか考えていなかった。それが、さっきまで赤の他人だった男がここまで計略を練っている。苦笑するしかない。


「金を置かせるのは三カ所くらいじゃいけねえのか。せっかく頂くんだ、三カ所なら一カ所あたり百六十六両ばかりになる」市平太は欲が捨てきれない様子である。

「三カ所じゃ、一カ所ごとに配置される捕り手の数が増えるんだ。同心に付いている小者がふたり、勇蔵親分の手下は俺も含めて四人いる」

「同心の旦那と親分と小者と手下、合わせて八人か」

「そう、五カ所に分ければ、うまく俺がひとりになる見込みも出て来る」

「そううまく行くかな」

「うまく行かせるのさ」


「じゃあ、佐源次さんがひとりで見張ることになったとして、俺は佐源次さんのいる場所から、百両を取ればいいんだな」

「いや、あんたは動くな」

「なんだって?」

「あんたは、柿沼の旦那にも勇蔵親分にも目をつけられている。金の受け取りをしている時は人目につくところにいてくれ。例えば、旦那の身が心配だからと店に泊まることにしたりな」

「それだったら金を取るのは誰がする。綾か?」

「綾さんもいっしょに店にいさせてくれ。疑われないようにな。金を手に入れるのは俺だ」


「そのままあんたが持ち逃げしたら?」

「まだ信用しきっていないらしいな。まあそん時は、全部俺ひとりがしでかしたことにすればいいだけだ。あんたは俺が強請をしたとお得意の投げ文でもして奉行所に密告し、店にそっと手紙を返し、全て無かったことにして、一からやり直すんだな」

 そうして佐源次はにっと笑った。

「そう心配そうな顔をしなさんな。けっしてひとり占めして逃げることはない。残りの七十両、絶対にあんたに届ける。妹を身請けし、その後の生活が落ち着くまでは、俺はどうしても江戸を離れたくはないからな」

「ふうん」と市平太は得心が行ったような行かないような顔である。


「ところで」と佐源次が話を変えた。「あんたらどうやって旦那から鍵を手に入れた」

 市平太が当夜のことをかいつまんで話した。

「なるほどね。ずいぶん危ねえ橋を渡ったもんだ」

「橋どころの騒ぎじゃなかったよ。大川を綱渡りしたような気分だった」

「それはご苦労だったな」佐源次が声をあげて笑った。


「不思議なもんだ」市平太が微笑んだ。「ほんの何日か前に会ったばかりのふたりが額を突き合わせて悪巧(わるだく)みときてる」

「それがほんの数日ってわけでもねえんだぜ」

「どういうこったい、佐源次さん」

「もうひと月くらい前になるか、入船町のかしま(・・・)って蕎麦屋で俺達はいっしょだった。後で綾さんも入って来て、そこにいる連中皆で棒手振りらしい親爺の嘆くのを聞いていた」

 市平太は顎がはずれそうなほど口を開いた。

「へえ、あんたもあそこにいたのかい。綾は気づいていたがな」

「不思議なのはあそこにいたうちの三人が強請一味になっちまったってとこだな」


「そうそう、綾が言っていた、正覚寺の横で旗本の若いのが腹を切ったのは、本当はあの中の誰かが斬ったんだって。奉行所の方でもそんな見立てしてんのかい」

「いや、俺は蕎麦屋の話は誰にもしていねえ。ただ、柿沼の旦那は殺しだと勘付いていたが、あの死んだ若侍の親が目付で、恥になるから揉み消したんだ。つまり事件にもなっていない」

「ふうん、お侍のやることはわかんないねえ」

「ただ、俺が強請に加わらせてもらおうと思いついたのは、ひょっとすると、あの中の誰かが旗本の若造を斬ったのに影響されたのかもしれねえな。見ず知らずの棒手振りのために復讐してやる人がいるんだ、だったら俺だって、ひとつ大それたことをやってみようじゃないか、ってな」

 市平太は笑った。

「綾もおんなじことを言っていたぜ」

「そうか、まったく不思議なもんだ」

 佐源次も笑った。


 ふたりとも悪事を企んでいるとは思えない、爽やかな笑顔であった。

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