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理不尽に内定を取り消された白魔女ですがパワーカップルに拾われたのでお二人を全力で新婚旅行に送り出します!!  作者: 井上数樹
第一話

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8/23

Part8:わたしが何とかします!!

「あらっ?」


 頓狂な声を上げた奥様の頭から、にょきっと角が生えた。


 怒りの比喩表現とかではない。本当に、物理的に角が生えていた。


 そう見えた次の瞬間、泉の水が巻き上がって奥様の身体を包み込んだ。


 水流は竜巻のように立ち上がり、木々よりもさらに高くなった。わたしたちはそれを呆然と見上げることしかできなかった。


 夕日に照らされた渦が赤い光を反射させたかと思うと、内側から弾け飛んだ。大粒の水玉がわたしたちの頭に降りかかった。



 渦のあった場所に、巨大な青いドラゴンが立っていた。



「奥……様……?」


 そう言ったわたしの顔は、さぞ間抜けに見えたことだろう。


 ただ、狼狽しきったロックフィード伯爵よりかは、まだ見苦しくはなかったと思いたい。


「なっ、なななな、なっ、何っ??!!」


 伯爵は上等そうな乗馬服を泥だらけにしながら這いずっている。他の取り巻き連中も似たようなものだった。


「助けてくれぇー!!」


「ママー!!!!」


「あんたらのせいでしょっ?!」


 何がママだと怒鳴っちゃったけど、そんな場合じゃない。


 奥様(?)が変身したドラゴンは、よく見てみると顔はそんなに怖く無い。どこかのっぺりしていて、つぶらな目をしている。


 ただサイズは本物のドラゴンと同じで、20ヤート近くになるだろう。暴れられたらひとたまりもない。


 そんなドラゴンの鼻先に、赤い魔力の玉がぶつかった。「いたっ」と言うかのように竜が少しだけ首をのけぞらせた。


「よ、よしっ、効いたぞ!」


 見ると、ロックフィード伯爵が杖を突き出して光弾を連射していた。腕がぶるぶると震えていた。


 本人は、どうやら効いたと思い込みたいらしい。


 竜は鉤爪のはえた手で顔をさすっている。魔力の玉が青い鱗に当たっているけど、そちらは歯牙にもかけない。


「あんたいい加減に……!」


 引っ叩いてやめさせようとしたけど、遅かった。



 ぬっ、と竜の首が降ってきたと見えた次の瞬間、ロックフィード伯爵の上半身がぱくりと咥えられていた。



「えぇ……?」


 不覚ながら、頭が真っ白になった。


 わたしが固まっている間にも、竜は口の端っこで馬鹿をはみはみしながら首を持ち上げた。


 伯爵が何か言いながら脚をバタつかせている。



「ダメダメダメ!! 奥様、ぺーってしてください!! ぺーッ!!!!」



 わたしの必死過ぎる声が届いたのかどうか分からないけど、馬鹿貴族はわりとあっさりと解放された。


 いらないっ、と言うかのように口から放り投げられ、悲鳴を上げながら薮に引っ掛かったのが見えた。一応生きてるっぽいし、胴体もくっついてたから大丈夫。


 たぶん。


 馬鹿貴族が丸呑みにされる最悪の事態は回避できたけど、状況は全く良くない。


 ロックフィード伯爵の取り巻きたちは右往左往するばかりで役にも立たないし、竜は窮屈な森から出て行こうとしている。


 もし今の状態でコッツヒルズの村まで行ってしまったら……!


「シライナ、シライナ!!」


「旦那様!?」


 辺りを見渡すと、倒木の後ろから顔を出して手を振っている姿が見えた。


 そちらに向かって走り出した直後、さっきまでいた場所を竜の脚が通り過ぎていった。


 狂乱状態の取り巻きたちがばらばらに攻撃魔法を放っている。竜にはまるで効いていないけど、流れ弾が当たればわたしなんかひとたまりもない。


 頭の上を光線と竜の足が通り過ぎていく。わたしは頭を両手で覆いながら、無我夢中で走り抜けた。倒木にたどり着くと旦那様がぐいっと腕を引っ張った。


「これは大変に不味いことになった」


「そう、です、ね……っ!」


 口から心臓を吐き出しそうになりながら、何とか返事をした。木に背中を預けてなんとか呼吸を整える。


 酸欠気味でチカチカする目を開くと、足元には、白目を剥いたロックフィード伯爵が横たわっていた。


「うわっ」


「気絶しているだけだ。大事ない」


 別に心配したわけじゃないですけど。


 どうにかまともに息ができるようになった時、ひときわ大きな音がわたしたちの鼓膜を貫いた。誰かがより強力な術を使ったのか、竜の上半身が爆炎に包まれていた。


「奥様!!」


 背中に冷や汗が浮いた。変化しているとはいえ、あれはイルマ奥様に違いないのだ。


「いいぞスペンサー卿!」


「やったか!?」


 無責任にはしゃいでいる貴族たちを睨みつけた。


 でも、煙をかきわけながら現れた竜には、やっぱり傷ひとつついていなかった。貴族たちの顔が凍りついた。


 ひとりまたひとりと、竜の指に(つま)まれては投げられ摘まれては投げられ、あっという間に決着がついてしまった。


 正直、奥様が撃たれ続けているのを見るのは嫌だったから、少し安心した。景気良く魔法を撃ってた連中も、全員が薮か草むらに投げ込まれてるから、死んではいないだろう。



 で、問題はどうやって奥様を人間に戻すか。



「シライナ、あの竜の中心が見えるか?」


「中心……あっ!」


 旦那様の指は真っ直ぐに竜の胸のあたりを指している。


 その奥に、薄く人型のシルエットが見えた。


 よく観察してみると、竜の身体もちゃんと実体をもっているわけじゃない。水流のように青い魔力が循環しているのがわかる。


 その源は、竜の中心に囚われた奥様だ。


「あの竜はイルマそのものではなく、暴発した大魔法(マギア・グランデ)が変質したものだ。時間が経てば術式が崩れ、竜も消えてなくなるだろう。問題は……」


「それまでここにいてくれるか、ですよね」


 と言ってるそばから、竜はのしのしと木々を踏み分けて進んでいこうとしている。


 竜にとっては散歩感覚でも、人間からすれば地震が歩いているようなものだ。足が地面につくたびに枝が揺れて、驚いた鳥たちが暗くなりかけの空に逃げていく。


「……シライナ、君はここに残れ」


「どうするんです?!」


「あの中にいるのは吾輩の妻だ。どうにか助け出すさ」


 そう言って旦那様はコートの裏から杖を引き抜いた。


 プラチナを棒状に伸ばしただけの、一切飾り気のない杖。のっぺりとしていて、それが逆に武器としての不気味さすら感じさせる。



 わたしは、咄嗟に旦那様の腕を掴んでいた。



 わたしには見えていた。


 白く輝く杖にまとわりついた、穢れに満ち満ちた魔力を。


 無数の蛇のように杖の周囲を這い回り、その下にある旦那様本来の魔力を抑えつけている様を。


「ダメです、旦那様!」


 出せる限りの大声でそう叫んだ。


 こんな状態でまともに魔法を使えるはずがない。


 発動できないだけならまだ良い。最悪なのは、旦那様自身の魔力と呪いの魔力が、より強く結びついてしまう事態だ。そうなったら、猫になるどころか、全身が本物の怪物に変化するかもしれない。


 奥様を救い出せたとしても、旦那様が化け物になってしまったら意味が無い。


「シライナ、しかしな……!」


 旦那様が腕に力を籠めた。頭以外はスマートな外見からは、想像もできないほどに強い力だった。成人男性の、それも軍隊で鍛えていた人の力に、わたしが勝てるはずがない。


 それでも、両手で旦那様の杖を抑え込んだ。




「わたしが何とかします!!」




 旦那様のオレンジ色の瞳が大きく見開かれた。


 でも、旦那様以上にわたし自身が驚いていた。こんなに大それたことを言うなんて。


 まともに大魔法(マギア・グランデ)も使えない、半人前の白魔女が。竜になってしまった人を救い出すなんて。


 だけど。


「やれます、わたしが……だから、任せてくださいっ!」


 やりたい。


 助けたい、役に立ちたい。


 この人たちのために。


 ずっと磨いてきた白魔法(この力)で。


 仕事を見つけなきゃいけない、奨学金を返さなきゃいけない。差別をはねのけたい、強い自分になりたい、自信を持ちたい、居場所が欲しい!!


 だけど、そんな自分の事情なんかよりも、いまわたしがやりたいのはこの二人を助け出すことなんだ!!


 全部が終わった時に、もう片方が倒れていたら何の意味もないのだ。だからわたしが何とかする。実力不足でも何でも、ともかくどうにかする!


「……勝算があるのだね?」


 わたしは強く頷いた。嘘じゃない。心もとないけど切り札はある。


 もたもたしている余裕は無い。竜は木々をかき分けて、森から出て行こうとしている。人里についてしまったら間違いなく大騒ぎだ。


 それが分かっているから、旦那様も長くは迷わなかった。一秒か、二秒か。そして、杖を握る腕から力を抜いた。


「……任せるよ、君に」


「ありがとうございますっ」


「それで作戦というのは一体」


 はい、と答えて、わたしは左手に移植していた宿り木(ミストル)を引き抜いた。



「まずこれを馬鹿貴族の頭に植えます」



 えっ、と旦那様が言った時にはすでに、わたしは白目を剥いたロックフィード伯爵の頭頂部に宿り木(ミストル)の枝をぶっ刺していた。

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