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理不尽に内定を取り消された白魔女ですがパワーカップルに拾われたのでお二人を全力で新婚旅行に送り出します!!  作者: 井上数樹
第一話

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Part6:引き金が軽すぎる

「まあ、立派な樹ね」


 ピクニックシートを広げながら奥様が言った。お菓子を食べるにはちょっと遅い時間だけど、そんなこと奥様には関係ない。


 旦那様は旦那様で、泉の中を泳いでいる小魚に目線を奪われていた。なんだか本当に猫っぽい。


 ただ、この空間で一番奇妙な行動をとっていたのは、たぶんわたしだろう。


 わたしはオークの周囲をぐるぐると歩き回りながら、枝の間に目的の物があるかを調べていた。と同時に、木肌に時々手を掛けたり、ブーツの先を当ててみたりしていた。


 樹の高さは15ヤート(約15メートル)、木肌はごつごつしていて登りやすそうだ。


 そう、木登りをするのである。


 人はスカートを履いたままでも木登りができる。どうしてもやりたくなる時がある。結果的に破れたりしても嘆いてはならない。


 実際、白魔法と樹は切り離せない関係にある。


「見つけた」


 頭上に広がるオークの枝と枝の間に、色合いの違う葉がボール状に密集している箇所があった。


宿り木(ミストル)かね」


「はい。白魔法の基本にして、最上級の霊媒です」


 旦那様に返事をしながら、わたしは髪の毛を括りなおした。


「まさか登る気かい?」


「はい」


「大丈夫かね、結構高いところに生えているが」


「問題ありません」


 わたしは樹の幹につま先を引っ掛けた。


「履歴書には書いてませんけど、わたし木登りの達人なんです」


「しかしね……」


「ぜひお手並み拝見したいわ!」


 言い淀む旦那様に対して、案の定奥様はノリノリだった。


 本当に対照的だなぁ。


「ではっ」


 我ながら大言壮語を吐いただけあって、わたしの身体はクレーンで巻き上げられるかのようにすいすいと樹の幹を登っていく。


 孤児院に引き取られる前は煙突掃除で日銭を稼いでいた。狭くて真っ暗な煉瓦の壁に比べれば、これくらいなんてことない。


 あっという間に地上10ヤートの位置にたどり着いた。一際太い枝に体重を預けながら、宿り木の生えているところまで慎重に近づき、片手で腰に差した斧を抜いた。


「樹の霊、枝の霊、葉の霊よ。我が身に力を預けたまえ」


 呪文とともに斧を振り抜き、宿り木の枝を一本切り取る。


 そして、その切断面を即座にわたし自身の手の甲に植え付けた。


 宿り木の枝は強力な霊媒となるけれど、時間を置くとただの枯れ枝になってしまう。


 霊媒としての性質を維持するには、こうして何かしらの魔力体に寄生させておかなければならない。さっきの呪文は、まさにわたしの身体の一部を宿り木と一体化させるための術だ。


 手の甲から木の枝が生えている様はなかなかショッキングだけど、痛みは全く無い。


 かわりに、枝と繋がったあたりから微かに魔力が吸い取られている感じがする。まだ枝が枝として生きている証拠だ。


(これなら、期待通りの物が作れるはず)


 あとは奥様の協力を得るだけ。


 そして言わずもがな、無事に樹から降りるだけだ。



 その、樹から降りるというごく当たり前のことをわたしは失敗した。



 だってまさか、急に攻撃魔法が飛んでくるとは思わなかったから。



「えっ」


 直撃はしなかった。魔法の閃光はわたしの顔のすぐ近くをかすめて、オークの枝のひとつを叩き落とした。それで動揺しないでいられるほど、わたしは喧嘩に慣れていない。


 強烈な音と光にバランスを崩し、わたしは枝から落ちた。


「わ、わっ!」


 落ちたのが泉の上だったのは、不幸中の幸いだった。もし地面に落ちていたとしたら、たとえ湿った土だとしてもただではすまない。


「シライナ!!」


 奥様の叫ぶ声が聞こえた次の瞬間、わたしの身体は派手に水を撒き散らしていた。


 背中に痛みが走り、呼吸が詰まった。慌てて口を開けなかったのは偉かった。水が肺に入って溺れていたかもしれない。


 水浸しになりながら何とか岸に這い上がると、今度は低木を踏み分けて数頭の馬が姿を現した。


 頭の上から、大きな生き物の荒い息遣いが聞こえてくる。


 それと、なかなか忘れられない尊大な笑い声も。


「なんだ、サルか何かと思ったら、ミストル人が落ちてきたぞ」


 目元に張り付いた前髪をかき分け顔を上げると、四人の馬に乗った男たちがわたしを見下ろしていた。


 そのうちのひとり、上等な乗馬服に身を包んだ貴族の青年には見覚えがあった。


「ロックフィード、伯爵……?!」


 間違いない。


 この前の面接の時に、わたしを散々に愚弄した男だ。


 それだけなら良い。我慢することには慣れている。自分を抑える術は知っている。


 でもこいつ……この野郎は、メラーズ先生の名誉にまで汚物をなすりつけた、聖母の水虫以下のド外道。


「おや。どこかで見た顔だと思ったら、この前身の程知らずにやってきた女の子じゃないか」


「……覚えてて頂いて光栄です」


 精一杯の憎まれ口は、男たちの嘲笑を招いただけだった。馬上の連中は全員上流階級の人間らしい。そもそも馬に乗っている時点で平民じゃないことは分かる。


 でも、こんなに愚劣な精神を持っていることに、怒りで頭がくらくらした。


 もし赤く染まりかけた視界に旦那様が割り込んでこなければ、「笑うな!!」と怒鳴っていたかもしれない。



「市民に杖を向けるとはどういう了見か」

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