Part1:白魔女向きの仕事
自慢ではないが、わたしの紅茶占いはよく当たる。
占う時のコツは、なるべくブロークンタイプの粒の細かい茶葉を使うこと。
カップに溜まる茶葉が多過ぎず、少な過ぎない丁度良い塩梅を見つけること。
そしてカップに張り付いた茶葉の見立てを色んな角度から行うこと。
茶葉自体に魔力が宿っていることもあるけど、どうやらそれ以上に見立てが上手いのか、学院時代によく小遣い稼ぎに貢献してくれた。
ただ気まずいのは、誰がどう見ても「悪い知らせ」としか映らない相が出た時。
そういう時は、たいてい依頼を頼んできた本人が、すでに不吉や心配事を自覚している場合が多い。
まさに今日、占いを頼まれたアスター子爵令嬢みたいなパターンだ。
ハリエット・メレディス・アスター様。小柄で丸顔、お年は21歳だそうだけれど、まだ女学生のような初々しさのあるご令嬢。蜂蜜色のふわふわとした髪の毛が何となく子羊を連想させる。
そんなアスター家の令嬢が、カップに残った茶葉を見てふるふると震えていた。
テーブルの中心に置かれたカップには相が鮮明に出ている。タコの頭のように丸まった茶葉から、細い枝状に二本、茶葉の筋が出来ている。でも脚に当たる部分はない。脚さえあれば「毛布をかぶった子供です」とでも言えたのだけれど。
「えー……と、これは……」
「幽霊ね、どう見ても」
隣で覗き込んでいた奥様がずばりと言い切った瞬間、ハリエット様は「あぁ」と呻いて上体を傾けた。白い顔から血の気がさっと引いて真っ青になった。たぶんわたしも同じくらい蒼白になったのだけれど、ハリエット様が床に倒れる寸前で使い魔ペンギンたちが令嬢をキャッチした。
奥様が鼻から息を吐いた。
「ハリエット、相変わらず狼狽え過ぎだわ。もっと気を強く持ちなさい」
そりゃあ、誰も奥様みたいな鋼鉄の精神は持てませんよ。
なんて言うわけないない。
ペンギンたちがソファにハリエット様を運び、わたしがハーブとアルコールを混ぜた気付け薬を鼻に近づける。
すぐに令嬢は目を覚ました。
「あ……ごめんなさい、エルフィンストーンさん。せっかく占っていただいたのに、わたくし、気を失うなんて……」
「どうか横になっていてください。もともとご心労が溜まっておられたんですよ。お嬢様のせいではありません」
起き上がろうとするハリエット様をなだめ、お腹に毛布をかけて差し上げる。童顔の令嬢は「ほぅ」と溜息をついた。
ハリエット・アスター様は、わたしがカートレット家で働く前から奥様と親交のあった方だ。首都の魔導学院時代の後輩なのだとか。卒業後はコッツヒルズの隣のスノーフォード村の自宅に戻り、花嫁修業を積んでおられる。
そして、婚約中。お相手は幼馴染の子爵様だそうで、貴族同士での恋愛結婚は非常に珍しい。とても幸せな時期のはずなのだけれど、そこに暗雲が立ち込めた。
「……変わり者の伯父のことは、一族の誰もが見ないようにしていたのです。でも、そのせいで呪われてしまったのでしょうね。ひとり寂しく亡くなられたから、一族に恨みを抱いておられるはずです……」
「それで夜な夜な、町はずれの屋敷から騒音がすると」
奥様が紅茶を飲みながら首を傾げた。
「黙らせに行けば良いじゃない」
「奥様、そのチョイスは奥様しか無理です」
しまった、つい言ってしまった。
「できれば心安らかに眠って頂きたいのです。若いころは陸軍少将として勇敢に戦っていらしたとも聞きます。孤独に亡くなって、そのうえ強引に除霊をするなんて……」
「戦士は死に際して悔いを残さない。悔いを残して死ぬなら戦士ではない。戦士のサーガにもそう書いてあるわ。貴方の伯父上が本当に騎士であったのなら、呪いなんて残していないはずよ」
「そもそも本当に呪いかどうかもわかりません。別の原因も考えられます」
「たとえば?」
「うーん、たとえば迷い妖精が忍び込んだとか、故人の持ち物にかけられた魔法が変質しているとか、でしょうか」
後者は特に濃厚な説だ。
アスター家は名門貴族。爵位こそ子爵だけれど、貴族院議員や軍人として活躍した人を何人も出している。奥様の知人ということで貴族名鑑を調べてみたけれど、綺羅星のごとき華麗な経歴の数々に圧倒されてしまった。
そんな家だからこそ何が眠っていても不思議ではない。
「わたしの師匠にあたる白魔女も、よく知り合いの資産家や貴族の方々から古い品物を受け取って、解呪や魔除けを施していました。思いの籠った品物ではよくあることなんです。まあ……問題は、それが何なのか分からないということなのですが」
最後のひとこと、我ながら迂闊だった。
「では、それを調べて頂いたら、呪いかそうでないかが分かるのですね」
「え、ああ。はい、そうなります」
ハリエット・アスター様は、ソファに横たわったまま祈るように胸の前で両手の指を組み合わせた。
「エルフィンストーンさん、ご迷惑を承知でお願いします。どうか伯父の住んでいた屋敷に来ていただけないでしょうか」
「ええ!?」
「お願いです! 呪いか、そうでないか、それが分かるだけで良いのです。正体も分からないまま怯え続けるのは、苦しくて……」
確かに何の見通しも持てないまま悩まされ続けるのは精神的に良くないだろう。
特にハリエット様のように気の弱い方なら猶更だ。最悪、呪いも何も関係なかったのに衰弱していってしまうかもしれない。
「白魔女向きの仕事ではあります。でも、奥様」
「行ってあげて、シライナ。このままだとドレスの寸法が合わないくらい痩せてしまうわ」
「よろしいのですか?」
「ええ、貴女にうってつけの仕事よ。それに貴族らしい貴族のお屋敷を訪れるのも、良い経験になるはずだわ。行ってらっしゃい」
雇い主にこう言われたら、答えは決まっている。
「では……ハリエット様、明日の午後二時、スノーフォードのお屋敷にお伺いさせて頂きます。よろしいですか?」
ハリエット・アスター様の頬に少しだけ赤みが戻った。
「はい……! どうぞよしなに」




