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理不尽に内定を取り消された白魔女ですがパワーカップルに拾われたのでお二人を全力で新婚旅行に送り出します!!  作者: 井上数樹
第三話

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Side part2:恐怖の魔法使い

 酸鼻を極める、という言い回しがある。俺の目の前に広がっている光景は、まさしくその表現に沿うものだ。


 雲の多い空の下、小さな漁船が何隻も波間に浮かんでいる。その長閑な景色のなかに、赤い絵の具を乱雑に塗りたくったような筋が引かれていた。



 絵筆として使われたのは、人間の上半身。



 腹部から垂れ出た内蔵があちこちに散乱している。下半身は少し離れた位置に落ちていたが、そちらも左脚が付け根からもぎ取られていた。一見すると列車事故の跡のように見えるが、煉瓦敷きの倉庫街に軌道は通っていない。むしろ、冷静に傷口を観察すれば、機械に轢かれたのでないことはひと目で分かる。


 どちらかというと、強大な力を持った生き物に、無理やり引き千切られたかのような有様だ。


 人の死に方としてはともかく異常で、現場を見てしまった若い警官が岸壁から身を乗り出して嘔吐するのも無理からぬ惨状だ。


「レトリバー警部……一体、犯人はどんな手口を……」


 所轄の巡査部長が声を震わせた。俺は努めて冷静な声で言った。


「手口というほどのものではない。見ての通りだ」


「魔導士ですか?」


「ああ。それに、非常に危険な相手だ」


 恐怖を煽り過ぎると士気を低下させる。


 だが、彼らは現職の警官であり真っ先に危機に対処しなければならない。ある程度の情報開示は不可欠だ。


 コートの中から、小さな粉のようなものが入った小瓶を取り出す。なかに詰められているのは幻燈虫と呼ばれる一種のホムンクルス。魔力を餌とする極小の生き物で、瓶から出ると数分も経たずに消滅するが、その間も魔力を追いかける習性を発揮し続ける。


 この手の魔導士絡みの事件では追跡に重宝する。


 だが、俺の見立てが正しいなら、わざわざ使うまでもないものだ。あえて使うのは、警官たちに我々が相対する者が何なのか理解させるためである。



 ……その判断は、少々軽率だったかもしれない。



 瓶から溢れた幻燈虫が、紙に落したインクのように地面に広がっていく。そして、魔力が特に色濃く残された場所にたどり着くと、その名の通り仄かな灯りを発生させる。


 最初に浮かび上がったのは、巨大な獣の足跡だった。


「犬、いや、猫科の猛獣……?」


「それにしてもこんな大きさの生物など」


「じ、自分の父親は故郷で熊撃ちをしていますが、それでもこんな大物は見たことがありません!」


 口々に騒ぎ出す警官たちを置いて、俺は虫の灯りを頼りに歩を進めた。


 犬でも猫でも、ましてや熊でもない。


 足跡の形状は、しいて言うなら虎が最も近いのではないだろうか。俺自身、まじまじと虎の足跡を見たことは無いから分からないのだが、指の形や肉球の配置、鋭い爪は確かに猫科の生物を連想させる。


 しかし、常に一定の形で残されているわけではない。指の形は時折人間のそれと見まがうように変形し、それぞれに生え出た爪は海賊のカトラスのように凶暴さを増していく。足跡ひとつひとつで爪や指の形は微妙に異なっている。


 そもそも虎は四足歩行。だが、この足跡の主には明らかに六本以上の脚がある。もしかすると奇数本生えているかもしれない。


「わずか二年の間に、ここまで巨大になったか。少佐があれほど苦心したというのに……」


 足跡の主は、明らかに被害者を引き摺ったまま波止場のうえで踊り狂っている。餌として喰らうのではなく、絵の具として、筆として使うために。



 恐怖という名の絵画を描き残していくために。



「警部殿、これは本当に人が起こした事件なのでしょうか。我々には、このような残虐性を発揮する犯人はいるとは、とても……」


 巡査部長が顔を青くしながら言った。喝を入れるつもりが、逆効果だったかもしれない。


「犯罪者は容易に常人の想像を超える。ましてや、強大な魔力を持つ者が道を誤った時は猶更だ」


「まさか、指名手配中の」


「ああ」


 振り返り、固まった巡査部長の肩を軽く叩く。


「絶対に無理はするな。もし犯人に繋がる情報を手に入れた場合は、真っ先に私に連絡するように。住民に被害が及びそうな場合でも応戦は避けて避難に徹すること。ある程度場慣れしていなければ手に負えない相手だ。良いな?」


「それは、もちろん」


「結構」


 一応、軽く笑って見せたつもりだが、かえって緊張を強めてしまったような気がする。


(どうにも上手くいきません、少佐)


 あの人は、たとえ極限状態のなかにあっても他人をリラックスさせられる人だった。一体全体何が違うのか、まるで見当がつかない。これが人徳というものなのだろうか。


 心のなかで嘆息しながら、近隣の地図を広げる。飛んでくると約束した以上、すぐに動ける場所にいなければならない。


 同様の事件はすでに何件か発生している。犯人は同一人物と見て間違いない。分からないのはその行動パターンと拠点だ。いかに恐ろしい魔導士であろうと、人間である以上必ず休息をとらなければならない。


 奴(・)の性格や経歴からして、自力で居場所を得られたとは考えられない。


 必ず協力者が存在する。


(その協力者の影響範囲、ないしは行動範囲に目途が立てば、自ずと虎の尾も踏めるか)


 一度事件を起こした場所は基本的に避けられている。尻尾を掴まれるのが嫌だという理由もあるだろうが、それ以上に恐怖をひとりでも多くの人間に見せつけることが目標であろう。ずっとそうだった。


 この近辺の町や村、港のうち、次に狙われそうな場所。なおかつどこで事件が起きても俺がすぐに馬で向かえる場所。


 何の因果か。


「……コッツヒルズ、か」

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