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理不尽に内定を取り消された白魔女ですがパワーカップルに拾われたのでお二人を全力で新婚旅行に送り出します!!  作者: 井上数樹
第二話

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Part11:二つの山の狭間の呪い

 どうやら一晩、警察署で過ごしたらしい。


 起きた時は面食らったけど、すぐに記憶が戻ってきた。


 あの後わたしは、助けてくれた警部さんにお願いして、首都の大手新聞社の記者さんに取り次いでもらった。


 突飛な申し出だからそれはもう驚かれたけど、わたしの剣幕がよほど凄かったのだろう。強引に押し切って協力してもらった。


 幸い、会社に直接行かなくても、現場に続々と各社の人たちが詰め寄せていたため、その場で目的は達成できた。


 あとは待つだけとなったところで緊張の糸が切れて倒れ込んでしまったのだ。


(それにしても)


 一体どういう形でここに運び込まれたのか思い出せない。みっともないことに、よほど深く眠りこんでいたのだろう。


 服は当然、マイカ先生の家から脱出した時のまま、つまりは下着姿だ。


 ただ、起きた時は顔以外すっぽり隠れるように毛布が掛けられていた。ベッドがわりにソファをあてがわれていたけど、清潔な部屋の様子から察するに、どうやら応接室らしい。道理でソファの寝心地が良いはずだ。ただ、煙草の臭いがシートに染み付いていて、髪にもちょっと移っていた。


 目の前の机に、急いで買ってきたと思しきブラウスとスカートが置いてある。壁にかけられた時計を見ると、七時を少し過ぎたところだった。


 すぐに服を着て髪を指で軽く梳かす。変な寝癖がついたのか、後ろ髪が少し跳ねていた。


でも、それよりも奥様たちの状況の方が気になる。


 扉を開けて外に出ようとした時、逆にトントントントンと四回ノックされた。


「失礼、入室してもよろしいでしょうか?」


 ドア越しに硬い声音が投げかけられた。「どうぞ」と恐る恐る返事をする。


 扉を開けて、昨日のあの警部さんが姿を現した。


 背が高く、体付きもがっしりとしていて、ちょっと怖い人という印象……なのだけど、左腕にいかにも買ってきたばかりの紙袋を抱え、手には湯気の立っているマグカップを二つ引っ掛けている。そのくだけた仕草が、見た目の厳めしと釣り合っていなくて、なんだかおかしかった。


「昨日は災難でしたね。ベッドが用意できたら良かったのですが、仮眠室はご婦人を案内できるような有様ではなかったので」


「いえ、お心遣いありがとうございます」


 わたしが頭を下げずに軽くカーテシーをすると、警部さんは困ったように首を傾げた。何か変なことをしてしまったのかと心配になった時、逆に「すみません」と謝られた。


「仕事柄、ご婦人とあまり挨拶を交わす機会が無いもので……握手でもよろしいですか?」


「え? ええ、もちろんです」


 そういうわけで、わたしと警部さんは互いにぎくしゃくしながら握手を交わした。


「サミュエル・レトリバー警部です」


「シライナ・エルフィンストーンと申します。あの、昨日は助けていただきありがとうございました」


 わたしの言葉に対して、警部は表情を変えず「当然のことです」と返した。


 ごつごつとした大きな手だった。顔をすぐ近くで見ると、意外と若いと感じた。たぶん目の下の隈や、赤毛に混ざった白髪のせいで老けて見えるのだろう。ちょっともったいない。


「ミス・エルフィンストーン、早速恐縮なのですが、昨日からの事件について事情をお伺いしたいのです。もちろん取り調べなどではありませんので、気軽にお答えください」


 どうぞ、と座るよう勧められた。レトリバー警部はマグカップのうち片方をわたしの前に置き、紙袋から次々と食べ物を取り出していった。


屋根型パン(ペニーローフ)にカリカリのベーコンと焼いたトマトを挟んだサンド。シティにしては珍しく虫食いのないリンゴ(たぶん頑張って選んでくれたのだろう)。


 そしてマグカップに注がれたホットチョコレート。


 どれもシティではおなじみの品々だった。


「近くで適当に買ってきたものなので、ご婦人のお口に合うかはわかりませんが」


 甘い湯気の向こうで、強面の警部さんが遠慮がちにそう言った。それを見て、わたしはつい笑い声を漏らしてしまった。


「すみません、つい……わたしもシティ育ちなので、懐かしくて」


「え、ああ、そうでしたか……」


「……」


「……」


 うーん、やりづらいなぁ!!


 そう思ったのは警部さんも同じのようで、逃げるようにカップに口をつけていた。匂いからして、どうやらコーヒーが入っているらしい。直感だけど、たぶんブラックだろう。


 いつまでも足踏みしているわけにはいかない。わたしはソファから少し身を乗り出して訊ねた。


「あの、レトリバー警部、昨日お願いしたことですが」


「新聞の記事の件ですね。大丈夫です、各社ともちゃんと取り上げてくれましたよ」


 警部が朝刊を差し出した。


 その一面には、首都で起きた珍事件の様子と、マイカ・ホワイト先生の宣言が掲載されていた。


 わたしがイメージしていた通りに。


「良かった……」


 読みが正しければ、これでマイカ先生にかけられた呪いは軽くなるはずだ。


 でも、警部からは何が何なのか分からないだろう。コーヒーを飲んだ時よりも渋そうな顔を浮かべていた。


「水を掛けるようですが、今朝に至るまで現場の様子は大きく変わっていません。こんなことで本当に改善するとは」


 警部がそう言いかけた時、応接室のドアが激しく叩かれた。警部が返事をするよりも先に、若い巡査さんが転がるように入ってきた。



「警部、例の化け物の数が減っていっています!!」



 レトリバー警部が、隈のできた目を見開いた。




☆☆☆




 著作権の歴史は意外と古く、四百年前に印刷機が実用化された頃から、今の著作権法の雛形はすでに作られていたという。それほどに作者の権利は重視されているのだ。


 さすがに神、とまで言い切るのは行き過ぎだけど、作品そのものに手を加えられる者はそうそういない。


 ことに小説などは、書き手や出版社によって全てが決められてしまう。だから、雑に好きなキャラクターを殺されても手が出せないのだ。

 表向きは。


「でもバッドエンドを覆したいって思うのは、人間の自然な感情です。外野からあれだけ熱量を向けられていた作品ならなおさら」


「勝手にオリジナルの展開や、if展開の作品を書き始める、と」


「二次創作というやつですね」


「なるほど、それでここに繋がるわけか」


 レトリバー警部は唸りながら、新聞の紙面を叩いた。そこにはこう書かれている。




『小説家マイカ・ホワイト女史、自作の自由使用の許可を発表』




 自由使用、すなわち『黒樫の騎士団』のキャラクターや展開、舞台を引用しても良いということ。


 当然、熱烈なファンの方々が、ハーキュリーに当たるはずだった矢を逸らすことも可能ということだ。


 というかたぶん、もう書き始めている人がいるのではないだろうか。ただ、それを大っぴらにすることができなくて悶々と抱え込み、作者への呪詛に変えてしまった結果があれ(・・)なのだろう。


「しかし、どうにも()せないな。なぜ今、この作品でそういうことが起きたのか。条件を満たすものならいくらでもありそうですが」


 警部さんは、すっかり湯気の消えたコーヒーを特に気にすることなく啜った。全然美味しくなさそう。ちゃんとしたものを食べているのだろうか。


「正直なところ、マイカ先生に災難が降り掛かったのは運が悪かったとしか言えないと思います。ただ、いつかは必ず起きる事件だったのではないでしょうか」


「と、言うと?」


「創作物の内容に引きずられてとんでもない事件が起きたことは今までもありました。


 でも、雑誌や新聞紙がこれだけ広く流通して、しかもそれを読める人が増えたのはつい最近のことです。


 かく言うわたしも、教育推奨法とか奨学金制度とかが無かったら、学校に通えてなかったはずです」


「なるほど、出版流通の拡大と識字率の向上が呪いを生み出した、というわけか。だとしたらおちおち小説など発表できんな」


「本質的には怖いものなのかもしれませんね」

 マイカ先生の身に降り掛かったことを思えば、そう考えるのも当然だろう。


「でも、たぶんこれくらい酷い事例はもう起きないと思いますよ」


「なぜそう思うのです?」


「みんなが慣れていなかったからです。書き手も、編集者も、そして読者も。それぞれが自分のもたらす影響力を把握していなかったから生じたのではないでしょうか」


 結局のところ、世の中の変化にみんなまだ順応していないのだ。


 わたしだってもちろん偉そうなことは言えないけれど。


「……わたしの師匠が言っていました。工業と魔法が結びつくようになってから、両者の技術革新は異様な速度で進んでいると。片方の課題や要請がもう片方の世界に影響を及ぼし、それが短期間のうちに延々と繰り返されて、とてつもなく大きな山になっていく。その二つの山の狭間に呪いが生まれるのだと」


 エンリスは、いや、世界は驚くほどの速さで変化し始めている。老齢のメラーズ先生にはそれが恐ろしいことに思えたそうだ。


 わたしにとっては当たり前の光景だけれど、その当たり前もあっという間に置いていかれてしまうのだろう。


 してみると、今回の一件はとても可愛らしいものだったのかもしれない。


 もちろん巻き込まれた当事者としては、溜まったものではなかったのだけれど。


「そのお話、もしやハーヴェイ・カートレット少佐が言っておられたのですか?」


「え?」


 初対面の人から意外な名前が飛び出してきて、つい面食らってしまった。わたしの表情を見て違うと察したのか、レトリバー警部が苦笑した。


「失礼しました。あの現場におられたカートレット夫人とは知り合いなのです。戦時中、少佐の部隊に配属されていました」


「少佐、ああ、旦那様のことですね!」


「変わったことを言う人です。機関車を見ながら、あれが発明されなければ列車事故も発明されなかっただろう、なんて言っていましたよ。人を傷つける意図なく作られたのに、悲惨な事故を起こしてしまうこともある。(いわん)や人を傷つけるために創られたものはどれほど深い爪痕をもたらすだろう……と、まあこんな感じで」


「あぁ~、なんか言いそうですね」


「まだ猫のお姿のままですか?」


「首から上は」


「そうですか……少し快方に向かっているようですね」


 警部さんは「ほぅ」と溜息をついた。厳めしい顔に少しだけ安心の色が滲んだような気がした。


 しばらく事情聴取という名の雑談を交わすうち、追加の報告が入って、奥様とマイカ先生が救助された旨が知らされた。

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