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理不尽に内定を取り消された白魔女ですがパワーカップルに拾われたのでお二人を全力で新婚旅行に送り出します!!  作者: 井上数樹
第二話

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Part9:スカートぐらい脱いでやる

「ごほっ、えほっ……!」


 むせながら煙突から這い出ると、濁った首都の大気がやけに美味しく感じられた。


 まさかまた煙突掃除人(チムニースイーパー)みたいなことをするなんて。


 メラーズ先生の孤児院に引き取られるまではこれが日常だったけど、今思うと信じられない。登る直前に奥様が水魔法で洗い流してくださったけど、それでもこの有様だ。


 まあ、マイカ先生の家の煙突だから、かもしれないけど。


「ふぅ……さて」


 屋根の上から辺りを見渡すと、実におぞましい光景が広がっていた。


 アパートどころか、通りいっぱいにピクルスのお化けたちがひしめいている。わたしたちに向かって元気に瓦礫をぶん投げていたのは、そのうちのほんの一部だ。


 残りの連中はというと、一塊になってさめざめと泣き喚いたり、窓ガラスを割るぐらいの声量で怒鳴ったり、挙句の果てには火を熾してサバトの真似事をしているグループまである。


 まったくもって今日は厄日だ。


 わけの分からない怪物に逆さ吊りにされ怒鳴りつけられ、散々物を投げられ、そして今は顔も髪も煤だらけのまま下着姿を晒している。


 はっきり言って屈辱の極みだ。


 だが、全部わたしが自分で言い出したこと。呪いを解くためにも、やるべきことをやる。


「シライナ、大丈夫!?」


 煙突の下から奥様の声が聞こえた。わたしは顔についた煤を腕で擦り落とすと「はい!」と返事をした。


「使い魔をそちらに送るわ! でも、危ないと思ったらすぐに引き返して!」


「ありがとうございます!」


 奥様の言葉通り、三体の使い魔が煙突から飛び出してきた。


 みんな見覚えがある。


「あなたたち、奥様のエプロンの……」


 屋根に整列した三羽のペンギンが、わたしに向かって揃って敬礼した。全員が金モールのあしらわれた軍服を着ていて、それぞれおもちゃのサーベル、おもちゃのマスケット銃、そしてラッパを持っている。


 ……ラッパ。


「グェー!!」


「す、すみませんっ」


 疑われたのが分かったのか、つぶらな瞳に熱意を輝かせて、ラッパペンギンが吠えた。意外と声がリアルだ。


「よ、よろしくお願いしますね……?」


「グェ」


 まあ、見た目は可愛らしいけど、あの奥様が使役する使い魔だ。ボディガードとしては頼りになる……はず。


「……ええい、ここまできたらもう度胸頼みよ! 奥様、行ってきます!」


「気を付けてね!!」


「奥様も!!」


 肩から吊るした書類鞄を再確認する。大丈夫、必要なものはちゃんと入っている。


 それに、自前の護符には奥様の魔力を充填してもらっている。これであの叫び声にも多少対抗できるはずだ。


 このままだとマイカ先生もろとも全員共倒れ。だからわたしひとりの恥なんて考えてはいられない。


 スカートぐらい脱いでやる。


 靴を履き直してしっかり紐を締める。


 気合いを入れるために両頬を叩くと、それに応えるかのようにペンギンがプクプクとラッパを鳴らした。景気の良い音に背中を押されて、わたしは隣のアパートの屋根に向かって駆け出した。


「ええいっ!」


 ペンギンたちと一緒に、走り幅跳びの要領で間隙を飛び越えた。


 まずは一棟。


「……よし、いける!」


 そんなに距離は遠くない。でも、すぐ真下にあの怪物たちがぎゅうぎゅう詰めになっているのを見るとさすがにちょっと怖い。落ちたらどんな目に遭うか。


(大丈夫、あいつらの標的はマイカ先生だけのはず)


 と思っていたら、建物の屋根に怪物たちの細い腕が絡みついた。


「ぅげっ!」


『我々は|黒樫の騎士団の集い《Black Oak Knights Entity》です!!』


 自己紹介とともに次々とピクルスお化けが這い上がってくる。


 こんなのいちいち付き合っていられない。囲まれる前に抜け出すしかない。


 すぐ目の前の屋根に向かってジャンプ、そして全力で走る。


 時々、足場にこびりついた汚れで靴が滑って姿勢が崩れかけた。そのたびになんとか踏ん張っては、這い上がってくる魔の手から逃げ続ける。


 息が詰まりそうだった。額や背中から汗が噴き出している。


 ジャンプの瞬間、足首を掴まれかけて、全身の毛が逆立った。


(いっつも、机仕事、ばかりだったから……っ!)


 コッツヒルズに帰ったら、いよいよ本格的に奥様と交渉して家事仕事を回してもらわないといけない。自分で思っていたよりだいぶ体力が落ちてる。


「まだまだぁ!!」


 次の棟に向かって飛び出した瞬間、目の前にぬっとピクルスお化けが立ち塞がった。


 なんと肩車で高さを稼いでいる。


「そんなのあり?!」


 叫ぶことしかできない。もう身体は宙に浮いている。


『|黒樫の騎士団の集い《Black Oak Knights Entity》です!!』


『語らせてください!!』


 二段重ねの怪物は、何本もの腕でわたしを絡め取ろうとした。思わず書類鞄を抱え込んだ。


 でも、その指先が触れる直前、エスコートしてくれていたサーベルペンギンが魔の手を全て斬り払った。「痛ぁい」と叫ぶ怪物の顔面にマスケットペンギンが銃撃を叩き込み、よろめいたところをラッパペンギンが蹴飛ばしてダウンを取る。


 惚れ惚れするくらい見事な連携だった。


 そう、見惚れていたせいで着地に失敗して、無様に屋根の上を転がる羽目になった。


「ったた……」


 我ながらあまりに鈍臭い。駆け寄ってきたペンギンたちが「早く行こうぜ!」とばかりに翼を振っている。



 だが、怪物たちの執念は決して軽くなかった。



 蹴り飛ばされた怪物はすぐに起き上がった。のみならず、周囲にいた仲間と次々に繋がり、見る見る巨大化していく。ペンギンたちに反撃されたせいで、攻撃の優先順位が変わったのか。


 いつしか怪物は、ひとつの巨大な胴体から、小枝のようにあの怪物たちの別の胴体が生え出ている奇怪な姿となっていた。


「ちょっとぉ~……」


 なんかもう、泣きたい気分だ。なんで白魔女のわたしが、毎度毎度おっきな化け物と戦わなければいけないのか。




『我々は|黒樫の騎士団の集い《Black Oak Knights Entity》です!!!!』




 今までで最大の呪障が吹き荒れた。


 さっきは強烈な頭痛のような形で現れたけれど、集合体の一撃は桁が違った。実際にわたしの周囲を黒い煙のようなものが包み込み、それに触れると痛みすら感じる。もちろん、頭蓋骨をこじ開けようとするような頭痛も込みで。


「っ!」


 走らなきゃいけない、跳んで逃げなきゃいけない。頭の血管が荒れ狂うような痛みのなかで、何とかそう考えてはみたものの、身体は言うことを聞いてくれなかった。


 立たなきゃいけないのに、逆に屋根の上に座り込んでしまった。杖帯から杖を抜こうにも、両手が耳から離せない。


 身動きの取れなくなったわたしに、化け物が無数の腕を伸ばしてきた。


「グェー!」


「ググェー!!」


 ペンギンたちが必死にそれらを打ち払っている。ラッパペンギンが必死に叫び声を掻き消そうとしているけど、楽器がひとつだけではとても太刀打ちできない。


「ごめ……みんな……!」


 サーベルペンギンの剣が折れ、マスケットの弾が尽きた。ラッパの音が弱まり、ついに真正面に倒れた。


(ここまでなの?)


 わたしに大魔法(マギア・グランデ)が使えたら。


 どんな呪いも打ち消してしまうような力があれば。


 そうしたら、何もかも全部うまくいくはずなのに。



 腹が立って仕方ない。



「こんのぉ!」


 怒りに我を忘れて耳から右手を離そうとしたその時。


 わたしを捕まえようとしていた怪物に、炎の弾丸が突き刺さった。


 隣の建物の屋上から、黒いコートを着た男性が飛び出した。直感的にこの人がやったのだと分かった。手に携えている杖が、赤々と燃え盛っていたから。


 その杖の炎が火勢を増し、鞭のように長く伸びる。怪物はつんざくような悲鳴を上げながら乱入者を撃退しようとしたけれど、身ごなしの速さはとても鈍重な化け物の追いつけるものではなかった。


 一振りすると同時に鞭が怪物に巻き付き、もう一度振り切った時、黒い樫の樹のような怪物は輪切りになって崩れ落ちていた。


「脅威は排除した! ご婦人を保護しろ!」


 炎の魔法使いが叫ぶと、後ろに控えていた警官たちが屋根に板をかけて乗り移り、わたしを囲んで立ち上がらせた。「大丈夫ですか!?」とか「気分は!?」とか、色々聞かれたけれど、満足に答えられたかは怪しい。


 ただ、助かったという安堵感だけがあった。


 深く息を吐いた時、肩に黒いコートを掛けられた。振り返るとあの魔法使いが立っていた。どうでもいいことだけど、コートの下のベストも黒なんだな、と思った。後方を警戒しながら警官たちに下がるよう命じている。ちょっと偉い人なのだろうか。


「よくここまで来られました。わたしの物で恐縮ですが、着替えが届くまでお使いください」


「え、あ、ありがとう、ございます……でも」


 まだやらないといけないことが、むしろ一番大切なことが残っている。


 黒のベストの人が怪訝そうな顔をした。ちょっと恐い顔立ちなのに、不思議とプレッシャーは感じなかった。一番乗りで助けに来てくれたから、そう感じるのだろうか。


「ご婦人、何か?」


 無骨な聞き方だった。大柄で強面の男の人にこう言われたら、本当は怖気づくものかもしれない。


 でも、わたしはひとつ頼み事をした。


「新聞社に連れて行ってください!」

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