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理不尽に内定を取り消された白魔女ですがパワーカップルに拾われたのでお二人を全力で新婚旅行に送り出します!!  作者: 井上数樹
第二話

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Part8:神様を辞めてください

「シライナ、これを見て」


 居間同様に本で溢れた廊下に並んで立ちながら、わたしは奥様が持っていた紙の束を受け取った。


「これは……手紙?」


「全部トイレのちり紙入れに入っていたの。最初は何てことするのって思ったけど……」


「酷いですね……」


 最初の一通を見た時点ですでに、そこに込められた黒々とした澱みが見てとれた。



『勝手に世界を壊さないでください』



 ただ一行、それだけが書かれた手紙だった。


 深い思い込み、独りよがり、不満が入り混じっている。とてもじゃないけどフレンドリーな内容とは言えない。


 手紙はこれだけではない。別の筆跡、違う便箋のものがいくつも詰みあがっている。大変な量だと思ったけれど、きっとこれは氷山の一角に過ぎない。トイレの紙に使っているくらいだから、きっとオーブンや暖炉の燃料代わりにもしているはずだ。


 それでも処分が追いつかないくらい、この黒い手紙が送られてきている。


『あなたは神様です。神様としての責任を果たしてください』


『こんな展開はつまらないです』


『水虫』


『ハーキュリーはこんなこと言いません私の考えでは彼はもっと情熱的ですが誠実ですが率直なあの』


 読むのをやめた。ちょっとくらくらしてくる。こんな調子で何百枚、何千枚と送りつけられているのだ。もうこれだけである種の呪いと言えるかもしれない。


「完結したのって、つい最近ですよね?」


「そうね。だから、連載している間中、ずっとこんな具合だったんじゃないかしら」


 言葉を失った。


 奥様ではないけれど「どうかしている」と思ってしまう。いくら『黒樫の騎士団』という作品に熱中しているとしても、ファンの感情というものはここまで加熱してしまうものなのだろうか。


 わたし自身はそこまで深く入れ込んでいなかったけれど、面白いと思う人にはとことんのめり込める物語だったのかもしれない。それが結果として呪いまで引き起こしてしまう。


 だとしても「神様」なんて言葉まで使うのは行き過ぎているだろうけど。


「……そうか」


「どうしたの、シライナ?」


「一五〇年前の八島の演劇や、一〇〇年前のバルトラントの小説との違いです。つまり、いろんな人が本を読めるようになったのと、読むための本が広まりやすくなったこと。この二つが大きな違いです」


 奥様は小さく首を傾げた。


 わたし自身、パッと頭に浮かんだことなので、上手く言語化できていない。しどろもどろになりながら少しずつ考えを言葉に変えていく。


「ええと、『黒樫の騎士団』って雑誌連載がメインの作品ですよね? でも、雑誌が作れるようになったのって割と最近だと思うんです」


「そうね。わたしが小さい頃にはもうあったと思うわ。ノルディアは首都から遠いから、あまり置いてなかったけど」


「でも今は、ノルディアでも買えますよね?」


「ええ」


「つまり、たくさん刷って遠くまで運べるようになったってことです。それに、学校に通う人も増えて、文字を読める人も各段に増えた。いろんな人が、同時に同じ作品を読めるようになったんです」


「……なるほど。で、たまたまヒットした『黒樫の騎士団』に異様に人気が集中してしまった、と」


「はい」


 この推測が完全に当たっているかは分からない。ただ、原因の一端を担っているのは間違いないはずだ。


 もしかするとエンリス人は、まだ小説という娯楽に慣れていないのかもしれない。もちろんわたしを含めて。


「厄介な話ね。魔法と何の関係もないところで呪いが生まれるなんて」


 奥様は溜息をついた。「これじゃあ、力業ではどうにもならないわ」それは本当にそうです。


「どうしましょうか、シライナ」


「……うーん……」


 原因になんとなく目途が立っても、だからといって何かできるわけではない。


 むしろ呪いのスケールの大きさを再確認しただけだ。


 無意識のままとはいえ、術をかけたのはエンリス中の読者たち。この状況下でそのひとりひとりに働きかけることは……。




「……いや、できるかも」




 我ながら、ここしばらくで一番の冴えだったかもしれない。


 そのアイデアを口にしようとした瞬間、硬い物が叩きつけられる音とマイカ先生の悲鳴が同時に上がった。


「う、うわああああああああっ?!」


「マイカ!!」


「あっ、いけない、蔦を出したままだった!」


 わたしと奥様は、廊下の両脇に積まれた本を薙ぎ倒しながら居間へと転がり出た。


 扉を開けるのと同時に、窓ガラスを砕いてレンガが飛び込んできた。


「ひっ?!」


「伏せて!!」


 驚いて固まってしまったわたしの頭を奥様が抑えつける。後ろ髪にレンガが触れた気配があった。投げ込まれた土塊は壁にぶつかって砕けた。


「うそっ、結界は完全だったのに!」


「そりゃ関係ないぜ、シライナちゃん! あいつら物理攻撃で……ひっ!?」


 壊された窓目掛けてレンガが次々と飛んでくる。わたしは急いで先生を拘束していた蔦を消した。


 三人で埃だらけの床を這いながら、何とか死角まで避難する。その間も投擲は続き、本の山を崩す、壁を抉ると、まったく容赦がない。床や本や棚に積もっていた埃が撒きあがり、息が詰まりそうだった。


「水虫野郎ども、滅茶苦茶しやがるッ!!」


 先生が怒鳴った。その怒鳴り声さえ上書きするほど、怨霊たちの怨嗟の声は膨らんでいた。



『我々は|Black Oak Knights Entity《黒樫の騎士団の集い》です!!!!』


『気持ち受け取って!!!!』


『お気持ちです!!!!』


『我々のお気持ちです!!!!』


『我々は|Black Oak Knights Entity《黒樫の騎士団の集い》です!!!!』



 気持ちと言う名の瓦礫やレンガ、果てには可哀そうな野良犬まで投げ込まれてきた。「キャウン!」と一鳴きして、破壊されたドアから逃げていった。


「いい加減、苛々してきたわ……っ!」


 やばい、奥様の忍耐も限界に近づいてる。


「奥様抑えてくださいっ」


 分厚い本で頭を守りながら、杖を振り回そうとする奥様に圧し掛かる。大丈夫、旦那様から「イルマが暴れそうになったらよろしく」と許可されてるから。


「離してシライナ! やられっぱなしはノルディア女の恥だわ!」


「そうだやっちまえ戦艦女!!」


「ウェスト・エンドが更地になりますよ!?」


「もうそんなこと言ってられないだろ!」


 本当にそうなのだろうか。


 確かに奥様を解き放って大暴れして頂いたら、一時的にはピクルスお化けを黙らせられるかもしれない。


 でもその効果は本当に一時的なものだ。根本にある呪いをどうにかしない限り、マイカ先生は延々とあの怪物たちに襲われ続けることになる。



「わたしに考えがあります!!」



 怪物の咆哮と轟音に負けないよう、出せる限りの大声で叫んだ。


「考えだぁ!? どうするってんだよ、詰んでるって言ったのシライナちゃんだろ!」


「思いついたんです、一気に呪いを解く方法! マイカ先生さえ認めてくれるなら、すぐにできます!!」


 怪物が四体がかりで馬車を放り投げてきた。けたたましい音とともに壁の一部が崩れ、残骸や破片や本があたりに飛び散った。


「っ、この水虫みたいな地獄から解放されるならなんだっていい!」


「いいんですね!?」


「おうよ!」


「じゃあ神様をやめてください!!」




☆☆☆




「警部、動きました!!」


 増援の警官たちを前に情報共有をしていた時、上の階で見張らせていた巡査が駆け降りてきた。


 だが変化はすぐに分かった。建物の外から、何か硬いものが無数にぶつかる音が聞こえた。


 急ぎ外へと走り出ると、あの怪物たちが身体から無数の腕を生やして、近くにあったものを手当たり次第に投げつけていた。


 何名か、根性のある警官が止めに入ろうとしていたが、とても人力で制圧できる相手ではない。


「いかんっ、絶対に近づくな!!」


「ですが警部、これでは中のご婦人方が……」


「お前たちも投げ飛ばされるぞ!」


 若い巡査たちは悔しげな顔をしているが、それは俺も同じだ。


 怪物たちの興奮ぶりは常軌を逸している。時間が経つほど酷くなっている印象だ。現に先ほどまでは、声を上げることはあっても実力行使には出ていなかった。結界に阻まれてなかに入らないだけで、もし邪魔するものがなければ、内部の人間たちを引き裂きかねない。


(こうなったら、下水道でも通って地下から突入するか……?)


 いささか時間は掛かるがそれしかないかもしれない。


 そう思い踵を返そうとした時、警官たちの間から驚いたような声が上がった。全員が一様に屋根の上を見上げている。俺も釣られて顔を上げ、そして唖然とした。



 あの小柄な女性が、屋根の上に立っていた。



 ……シャツとドロワーズだけの姿で。

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