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理不尽に内定を取り消された白魔女ですがパワーカップルに拾われたのでお二人を全力で新婚旅行に送り出します!!  作者: 井上数樹
第二話

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Part4:ちょっとお取次ぎしかねますね

「お前なぁ、来るなら来るって先に連絡しろよなあ!? 手紙とかさあ!」


 アパートの一階に入るなり、マイカ・ホワイト女史は奥様にそう言った。


「貴女、ポストまで歩くのも嫌がるでしょ。どうせ連絡しても無駄だと思ったから、こうして直接出向いたのよ」


 奥様の言葉通り、ドアの郵便受けからは手紙や新聞紙や雑誌が無数にはみ出していた。


 確かに、丁寧に訪問の連絡を入れたとて読まれない可能性が高い。


 ただどちらも本気で言っているのではなく、気心の知れた友人同士の大らかさみたいなものが感じられた。


 根っこの部分が大雑把という点において、二人は似たもの同士なのかもしれない。


 ただ……。


「それにしても、前と比べてまた一段と散らかったわね」


 わたしたちは本の谷間にいる。


 比喩でもなんでもなくそのままの意味で。


 もとはキッチン兼リビングなのだろうけど、最低限の調理スペース以外は全て本で埋まっている。


 部屋の中心に置かれたテーブルも、やはり本、本、本。新聞紙もいくつか種類別に積み上げられている。『ポート・アンジェラにおける砂糖密売の歴史』って本を下敷きに砂糖や胡椒の瓶が置かれていた。


 奥の方には二階に上がる階段があるのだけれど、カニ歩きをしてようやく登れるくらいの幅しか残っていない。


「前も言っただろイルマ? 作家ってのはインプットが命だ。読まねぇ馬鹿は作家にゃなれねえ」


「ここまで片付かないのも人としてどうかと思うわ」


「言ってくれるねえ相変わらず……まあ座れよ。あ、椅子が足りねぇか? 俺は本の上でいいから、お前ら適当にやってくれや」


 そう言いながら、マイカ・ホワイト女史は火をつけたマッチをオーブンに放り込み、その上に底の焦げたポッドを置いた。


 魔法は使わないんだ、と意外に思った。


 わたしがまじまじと見ていたからだろう。マイカさんが振り返って「ちょっと時間かかるぜ?」と言った。


「そうだ、イルマ。今のうちにそこの可愛い子ちゃんの紹介でもしてくれよ。ずっと気になってたんだ」


「もちろん。シライナ」


 わたしは立ち上がって軽くカテーシーをした。


「シライナ・エルフィンストーンと申します。レディ・ホワイト、以後お見知り置きを……」


「だぁーっ、いい、いい! 堅苦しいのはいいってば。イルマともそんなノリじゃないだろ?」


 わたしは奥様と顔を見合わせた。奥様は「それもそうね」と小さく肩をすくめた。


「……奥様とはじめてお会いしたときも、同じようなことを言われました」


「だろ? だから俺のことは呼び捨てでいいよ。それよりさ、可愛い子ちゃん、その紙袋の中身は何なんだ?」


「シライナ、出してあげて」


 ほどなくしてアパート全体を揺るがすような「うっひょ〜!!」という奇声が響き渡った。




「なるほど。旦那さんの呪いを解くために、ねえ」


 そう言って、マイカ先生は一旦葉巻に口をつけて深く息を吸い込み、それから長々と煙を吐き出した。部屋のなかが灰色に霞んだ。


「シライナちゃん、あんたも若いのに、ずいぶん物好きだね。こいつの旦那さんにかけられた呪いはちょっとやそっとじゃ解けそうにないよ?」


 先生は葉巻の先端で奥様を指した。奥様はバッグから取り出した扇子で顔の前の煙を払った。


「分かっています。ですから、手がかりが欲しくてお邪魔しました。マイカ先生の蔵書のなかには古代の呪術に関する本や、魔導書もあると伺っています。何か、白魔法に関するものがあれば……」


「白魔法の大魔法(マギア・グランデ)か」


 先生は葉巻を口に咥えたけど、煙は飲まずにしばらく考え込んだ。


「俺もなんだかんだでイルマには世話になってる。こうしてわざわざ、完結祝いなんか持ってきてくれる友達はほかにいないしな。何か力になってやれるなら、そうしたい」


 そう言って先生は葉巻を口元で揺らした。


「けど、白魔法に関する本は、たぶん無いな」


「……そう、ですか」


 目を伏せかけた時、待ったをかけるように先生が片手を上げた。


「まあ聞け。確かに白魔法についての専門書は持ってないさ。そもそもあれだろ? 白魔法って分野はろくに体系化もされてないじゃないか。ましてや大魔法についての本なんか見つかった日には、それだけで大騒ぎになるぜ?」


 だから、と先生は言葉を区切った。


「歴史書の方から当たってみるのはどうだ? それなら資料も色々ある。あんたの欲しい情報も、案外歴史書のなかに埋もれてるかもしれない」


「歴史書ですか……でも、白魔法を操った古代ミストル人の記録はほとんど残っていないと聞いていますが」


「ああ、ミストル人側はそうだろうな。でも歴史ってのは群像劇だ。たとえば」


 先生は「よっ」と腰を浮かして、今しがた座っていた本の山から一冊抜き取り表紙を掲げた。


「これ。六百年前のダッタン・ハン国によるイシュマーイール包囲戦の記録。

 陥落後の略奪と放火で、砂漠の華と謳われたイシュマーイールは瓦礫の山に変わった。

 当然、そこにいた学者も皆殺しにあったが、皮肉にもダッタン・ハン国側で包囲戦の詳細な記録をとっていた人間がいたおかげで、この戦いの推移や当時のイシュマーイールの様子、経済力や軍事力はある程度歴史に残った」


 ぱらぱらとページを繰りながら先生は言う。


「面白いのは、ダッタン・ハン国の支配民族は文字を持たなかったのに、そいつらが使役していたトゥヴァン人たちは文章を自在に操ったことさ。トゥヴァンの人間たちもダッタン・ハン国に祖国を潰されたが、支配されながらも歴史にその事績を残した。こういうことがあるから面白いんだ」


 言い切ってから、先生は本を閉じてじっとわたしの顔を見た。寝不足で目は落ちくぼんでいるのに、瞳のなかに宿った光には少しの疲れも浮かんでいない。


 むしろ、興味深いものをどこまでも追及しようとする、子供のような好奇心と無邪気さがあった。


「シライナちゃん、あんたミストル人だろ? まあ一目瞭然だよな、その緑の瞳、ちょっと尖った耳……白魔法に適正があるのも当然か。そんなあんたが失われた古代の魔法を復活させるってのは、なかなかロマンのある話じゃないか」


「そ、そんな風に考えたことはありませんでした」


「マイカの悪い癖ね。何でもすぐに物語にしようとする」


 奥様の言葉に、葉巻を吸いながら先生は笑って返した。


「そりゃあそうさ。俺の頭のなかには劇場があるんだ。演目はいくらあったって困らない……話を戻そう。

 千年前のエンリス人の上陸で、この島に昔から住んでいたミストル人たちの文化は失われた。でも、その詳細を書き残した人間だっているんだ。そういう記録を漁ったら、もしかしたら何か糸口が見つかるかもしれない。

 まあ、探すついでに蔵書整理も手伝ってもらえたら有難いけどな?」


「マイカ、貴女、それが本音でしょう」


「あ、バレたか?」


「シライナは当家の大切なメイドなのだけど……どう?」


 奥様はわたしを見ながら少し首を傾げた。銀色の髪が絹のように流れた。


「お時間さえ頂ければ、ある程度綺麗にできると思います。学院の図書館で司書の真似事をしていたこともあるので、本の整理は慣れています」


 まさかこんな形で、学生時代の経験が活きるとは思わなかった。


 マイカ先生の蔵書量は確かにとんでもないけど、置き場を考えず適当に積み上げただけにも見える。ちゃんと整理整頓をしていけば、いくらか過ごしやすい家になるはずだ。


 もちろんその過程で、白魔法や古代ミストル人に関わる本が見つかったら、それに越したことはない。


 わたしは奥様と顔を見合わせた。奥様は静かに頷いた。


「ハーヴェイには何日か空けるかもしれないと言ってあるわ。これだけの本だもの。目当てのものを探すだけでも一苦労ね」


「ありがとうございます、奥様!」


「せっかくだし、私も掃除を手伝うわ。こんなに汚い家をほったらかしにして帰ったら、悪い夢に(うな)されそうだもの」


「おいおいイルマ、頼むから手あたり次第にゴミ箱にぶち込むのだけはやめてくれよ? 俺にもちゃんと要るもの要らないものの区別があってだな……」


「そんなに言うならちゃんと自分で掃除なさい」


「へいへい」


 わたしは思わず忍び笑いを漏らしてしまった。


 たぶんお二人は、ずっと昔からこういう感じでやってきたのだろう。そんな関係性が垣間見えるやり取りだった。


「……まあ、泊まり込むわけにもいかないわね。一度馬車でも拾ってホテルを取りに行きましょう。シライナ、頼める?」


「承知しました、奥様」


 わたしは席から立ち上がり、ドアを目指した。人通りの少ない通りだけれど、ちょっと外れればいくらでも馬車は見つかる。すぐに行って戻るくらいの軽い気持ちでいた。


 ノブを回し、アパートの外に一歩踏み出した。


 その瞬間、わたしは濃密な「呪い」の気配を感じた。


 いや、感じたというより、見た。すぐ目の前に立っていた。


 高さ4ヤート(約4メートル)ぐらいの、漬けすぎのピクルスみたいに黒ずんだ怪人物が、そこにいたのだ。


 ちょっと冷静さを取り戻してみると、全身が黒いのは、すっぽりとローブを被り込んでいるからだと分かった。普通に不気味。


 そしてさらに気色の悪いことに、頭近くの布が上下に裂けて、膨れ上がった巨大な唇が現れた。




『我々は|Black Oak Knights Entity《黒樫の騎士団の集い》です!!!!』




「…………あ、はい。すみません」


 わたしは扉をそっと閉じた。ちょっとお取次ぎしかねますね。


 でもそんな対応が許されるわけもなく、異様に長細い腕が扉を強引にこじ開け、わたしの足首をひっとらえていた。

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