Part2:ドタバタはノーサンキュー
「そろそろ交換の時期だと思うので、新しい護符を用意しました。今夜中に魔力を籠めていただければ、明日にはわたしの方でセットしていきますね」
テーブルに新品の護符を並べながら言う。
「いつもありがとう、シライナ」
「白魔女として当然の仕事です」
そう言うわたしは、ちょっと胸を張っていたかもしれない。奥様が少し目元を緩めたような気がした。
旦那様から出されたテスト。呪障の影響を排除するという課題を、わたしは護符を作るという方法でクリアした。
奥様は強力な水の魔力の使い手だ。呪障の発生源である旦那様のすぐそばにいても影響を受けないくらい強い力を持っている。
だから、その強力な魔力を宿り木で作った護符に移して屋敷中に配置することで、家のなかに疑似的に「川」を作ったのだ。
こうすることで、澱んだ呪障は押し流され、わたしがいても問題ないくらいに浄化される。
もっとも、旦那様は日中、コッツヒルズ村の役場近くに借りた事務所まで仕事に出られているので、わたしが直接呪障に曝される時間は少ない。
必然的に、わたしと奥様ふたりで過ごす時間が長くなった。アフタヌーンティーをご一緒する日課も、そうしたなかで自然と生まれてきたものだった。
「なんだか夢のようね」
カップに浮かんだ睡蓮の花を見つめながら、奥様が言った。小さく首を傾げたわたしに、奥様が視線を向けた。
「貴女がきてくれるまでは、なかなかこうしてお茶をする時間もとれなかったのよ。机仕事は家事よりも疲れるけれど、やらないわけにはいかないものね」
「そんな……わたしの力なんてまだまだです。結局、旦那様の呪いを解く方法も、まだ研究が進んでいません」
一か月前、泥だらけになりながら勢い任せにわたしは誓った。
必ず旦那様の呪いを解き、ふたりを新婚旅行に送り出すと。
でも、情けないことに今でも目標達成の目途は立っていない。
「いまでも十分頑張ってくれているわ。気を悪くしないでほしいけど、私もハーヴェイも、そんな簡単に成果が出るとは思っていない」
「はい……」
わたし自身、これが簡単な問題でないことは理解している。
旦那様にかけられた呪いはあまりに重く複雑だ。
駆け出しの白魔女が対処するには、もとより手に余る代物かもしれない。
でも、全く手応えがないわけではない。
「……唯一突破口があるとすれば、わたしが大魔法を完成させることだと思います」
「王なる黄金樹といったかしら?」
わたしは頷いた。
「術の内容が失われているので、わたしの勝手な推測ですが……伝承や白魔法の特性を考えると、おそらく強力な解呪の術ではないかと思います」
「そうね、おかげさまで人間に戻れたもの」
奥様は表情を変えずに言った。ただ、声音にちょっと苦笑するようなニュアンスが混ざっていた。
うん、あの時は確かに大変だった。
「ハーヴェイから聞いたけど、術はちゃんと機能していたのでしょう?」
「いえ、想定した効果の一割も発揮できていません。第一、あの水虫野郎……すみません、ロックフィード伯爵の魔力を継ぎ足さないとまともに使えなかったぐらいです」
「術として改善の余地があるということね」
「改善点だらけですよぉ」
スコーンをいただきながら、鼻からため息をついた。つくづく己の才能の無さが恨めしい。
「せめて魔導書さえあれば、もうちょっと改良できると思うんですけど……」
完成度の低い術は、その分無駄に魔力を消費する。
あの日わたしが馬鹿貴族をタンクとして使わざるを得なかったのも、つまりはそういうことだ。どんどん継ぎ足さないと術を維持できなかった。
大魔法以外に手掛かりが無いから、ここを頑張らないといけない。
でも肝心の大魔法をどう完成させるかの手掛かりがない。
行き詰まってる……。
「魔導書、あるわよ」
「えっ、ぅっ……おゔぇっ?!」
奥様がさらっと言った。わたしは思わずスコーンを喉に詰めかけ、撃たれたガチョウみたいな声を出した。
「シライナ大丈夫?!」
慌てた奥様が立ち上がり、背中をバシバシ叩く。
その威力たるや、詰まったスコーンがシャンパンのコルクみたいに逆流するレベルで、正直ちょっと、いやかなり痛い。
「ちょっ、奥様っ、大丈夫! 大丈夫ですっ!!」
最終的にお茶をぐびっと飲み干して、ようやく一息つけた。
まだ背中がひりひりする。
一体、あの白樺の枝のように優美な腕の、どこにあんなパワーがあるのだろう。
「びっくりしたわ。気をつけてね、シライナ」
「……はーい」
なんだか釈然としない。
でもまあ、それは良いとしてだ。
「魔導書があるって話、本当ですか?」
「ええ。私の友達にマイカ・ホワイトという人がいるの。知ってるでしょう?」
「はい。今朝もお手紙が届いてましたね。たしか小説家をされてる……」
手紙の中身は読んでいない。
朝一番の仕事は手紙の開封までで、まずはご夫妻が一通り目を通してから、処理すべきものがわたしのところに降りてくる。
察するに、ミス・マイカ・ホワイトからの手紙はプライベートに関わるものだったのだろう。
「その筋では結構有名だそうよ」
「たぶん読んだことあるかもしれません」
「本当? 面白かった?」
「うーん、率直に言うとまあまあ、ですかねぇ」
たしかタイトルは『|黒樫の騎士団《Black Oak Knights》』とかだったはず。
三百年前のエンリスと隣国カーペリア王国の戦争を舞台に、黒樫の紋章のもとに集ったエンリス騎士の一団が大冒険を繰り広げる、的なお話。
決してつまらなかったわけではないけど、とりたてて印象に残ることもなかった。就職活動が激化したせいでゆっくり読む暇がなかったせいでもあるけど。
しいて言うなら、なんだか騎士団の野郎どもの距離感というか情感が、やたらねっとりと書かれていたことぐらいか。
というか、
「奥様は読まれてないんですか?」
「私、小説読むのが苦手なのよ。主人公がいちいち何かで悩むのがまどろっこしくて」
奥様らしいや。
「まあ、そのマイカが、シリーズが完結したって寄越してきたの。彼女、小説家だけあって蔵書の量は大したものよ。完結のお祝いも兼ねて、久しぶりに遊びに行こうと思うのだけど、シライナも来ない?」
「よろしいのですか?」
「ええ。もし貴女の目当ての魔導書がなかったとしても、顔つなぎは大事だわ。任せて頂戴」
そう言って奥様は軽く胸を拳で叩いた。
「……それにしても、今日のお茶も美味しいわね」
呟きながら奥様はヘルミのカップからお茶を啜った。
わたしも同じようにカップを口元に持っていったけど、それは、ちょっとだけ上がった口角を隠すためだった。
白魔女で、メイド。
そうそう、こういう感じで良いんです。
決してドラゴン退治がやりたくて白魔法を学んだのではない。誰かに美味しくて身体に良いお茶を飲んでもらうことこそ、白魔女らしい在り方なのだ。
ろくでもないドタバタなんてまっぴらである。




