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61.試験当日


 工房での徹夜作業から一夜明け、全員分の統一杖がついに完成した。


 一見すると、何の変哲もないシンプルな見た目の杖だ。

 装飾は一切なく、ただの真っ直ぐな木の棒の底に、小さな魔石がぽつんと埋め込まれているだけである。


 しかし素人であるギルバートですら、わかる。

 それが、どれもとんでもない一品であることが。


 例えるなら、妖刀や魔剣。それらと同じ、杖に込められた膨大な情報量。

 オーラとでもいうべき異様な気配が、ただの木の棒から濃厚に漂っていた。


「すごいな、フィー。俺でもわかるよ、これらが国宝級だってことを」


「ありがとうございます、ギルさん」


(試験用の統一杖を、そんなふうに褒めてくれるなんて。嬉しいなぁ。優しいなぁ。大好きだなぁ)


 ソフィアはポッと頬を染め、幻の尻尾をパタパタと上機嫌に揺らす。

 どうやら彼女は、恋人が自分の作ったものを過剰に褒めてくれているだけだと思っているらしい。


 色々あって自尊心が回復してきているソフィアであったが、彼女の杖を見る目は肥えたままなのだ。

 いにしえの伝説の職人による神業を日常的に見て育ってきたのだから、仕方ないことかもしれない。


「杖はいつ納品なんだ」


「えと、今日は何日でしょうか」


 ギルバートが静かに日付を伝える。

 さあっと、ソフィアの顔から一瞬にして血の気が引いた。


「きょ、今日です。今日の正午。急がないとっ」


 どうやら究極の集中状態にあったせいで、納期にまったく頓着していなかったようだ。

 ソフィアは木屑にまみれた作業着のまま、いそいそと試験会場へ向かおうと立ち上がる。


「待て、フィー」


 ギルバートが、その小さな肩を背後からそっと掴んで引き止めた。

 ソフィアは不思議そうに目をパチパチと瞬かせ、小首を傾げる。


「このまま人前に出るつもりか。めいいっぱい、お洒落をした方がいい」


 ギルバートがソフィアの頭についた木屑を優しく払う。

 彼の深い愛情が感じられるその所作に、ソフィアはつい意地悪を言いたくなった。


「お洒落をした方が好みですか。最近は、そうしないと好きじゃないですか」


 わざとらしく上目遣いで甘えるソフィアに、ギルバートは真剣な顔で首を横に振った。


「どんなフィーも綺麗だし可愛いし、最高だ。だが、世の中には見た目で判断して馬鹿にする輩も多い。だから、身だしなみは人一倍整えた方がいいんだ」


 真っ直ぐな愛情を向けられ、ソフィアはポッと頬を赤らめる。


「私が他の殿方に靡くとでも思っているんですか。ちょっとがっかりです」


 つん、とふくらませた頬をそっぽへ向けてみせる。

 無論、それは演技である。なんとも可愛らしい甘え方に、ギルバートは苦笑しながらも応えた。


「フィーは宇宙一可愛いからな。そういう輩が寄ってくるかもしれないだろう」


 ギルバートが大真面目に答えると、部屋の隅から深大なため息が聞こえてきた。


「けーっ。朝から胸焼けしそうですわ」


「なんなの、このバカップル」


 呆れ果てた顔のヨランダと、すっかりぐったりして膝から崩れ落ちているセシルである。


「ヨランダ」


「はいはい。坊ちゃんの愛しのソフィアちゃんを、美しくしてあげてってことでしょ」


「その通りだ。頼んだぞ」


「あいあいっ。このなんでもできちゃうメイドの、ヨランダさんにお任せあれ」


 ソフィアはヨランダに腕を引かれ、奥の部屋へと連れて行かれる。


「羨ましすぎる。はぁ……」


 残されたセシルは、ガックリと項垂れて大きくため息をついた。

 こんなイケメンで金持ちの若き天才魔法使いから、大切なお姫様扱いをされているのだ。羨ましいと思わない方がおかしい。


 ややあって。


 ヨランダの手によって、ソフィアには完璧なメイクアップとドレスアップが施された。

 ほんのりと香る薔薇の香水が、彼女の可憐さをさらに引き立てている。


「魔力視ができる輩からは、魔力ゼロを馬鹿にされるかもしれない。だが、胸を張れ。いざとなれば、俺の『=フォン=ヴォルグ』の家名が黙っていないと言ってやれ」


「はいっ」


 頼もしい言葉に、ソフィアは嬉しそうに幻の尻尾をパタパタと揺らした。


    ◇


 一行は、試験会場である『帝国立魔法学院』に到着した。


 そこは、まるで魔法の城のような威容を誇る巨大な建築物だった。

 天高くそびえる複数の尖塔に、歴史を感じさせる重厚な石造りの外壁。

 正門の広場には、初代皇帝にして初代校長でもあるノア・カーターの立派な銅像が、威風堂々とそびえ立っている。


 重厚な石造りの門の前で、顔馴染みたちが出迎えてくれた。

 ガンダールヴルとラーズスヴィズ、そしてなぜかファフニールである。


 ファフニールは腕を組み、ふんぞり返るようにして偉そうに胸を張っていた。


「よくきたな、弟子」


「は、はぁ」


(いつ弟子になったんだろう)


 ソフィアが目を瞬かせて困惑していると、奥からジュリアンが歩み寄ってきた。


「統一杖は用意できているね。さあ、向かおう」


 ジュリアンに案内され、一行は受験生たちが待機する大控室へと足を踏み入れる。


 部屋の中には、焦燥感と熱気が入り交じる独特の匂いが充満していた。

 ギルバートの目から見ても、かなりの手練れが揃っているのがわかる。


 だが、ソフィアは全く気負う様子もなく、参加者たちの手元だけを静かに観察していた。

 彼女の職人としての瞳は、強者たちの隠された実力を丸裸にしていく。


「あの人、魔力は高いですが杖の回路が焼き切れる寸前です。三回大魔法を撃てば爆発しますね」


「あっちの人は右手に魔力を偏らせる癖があるので、市販の杖だと命中率が落ちます。それに、杖の握り方からして少し疲労が溜まっているようです」


 ただ杖と持ち方を見ただけで、他人が気づかない弱点を次々と見抜いていく。

 ギルバートは、彼女の規格外の観察眼に内心で舌を巻いた。


 その時、ソフィアの視線が部屋の隅に立つ一人の男でピタリと止まった。


 男は薄暗い影の中で、歪な形の杖を弄んでいる。

 ソフィアの目には、その男が放つ異常な魔力のうねりと、杖から伝わる底知れぬ狂気がはっきりと視えていた。


 視線に気づき、男がゆっくりと顔を上げる。

 血の匂いを纏ったような、おぞましい笑みが浮かんだ。


「へえ。きみ、ボクの魔力が視えているんだね」


 男が、音もなくソフィアへと一歩を踏み出す。


 その瞬間、ギルバートとジュリアンが同時に動き、ソフィアを背後に庇うように立ちはだかった。

 二人の放つ凄まじい剣幕と殺気に、男は両手を上げて肩をすくめる。


「怖い怖い。何もしないよ」


 男が引き下がると、ジュリアンがソフィアに顔を寄せ、険しい声で囁いた。


「気をつけるんだ、フィア。あいつはジョーカー。関わってはいけない危険な男だ」


「ジョーカー……」


「何人もの悪い魔法使いを暗殺しているという、闇の魔法使いだ」


 ジュリアンの説明を聞いて、ギルバートが首を傾げる。


「帝国では聞かぬ名前だな」


「帝国は治安が良いからね。暗殺稼業では儲からないのだろう」


 ソフィアは小さく息を呑み、ギルバートの背中をぎゅっと握りしめた。


    ◇


 やがて、ラーズスヴィズの厳かな声が会場に響き渡った。


「よく集まった、若き才能の芽たちよ。あたしは八賢者、刃の賢者ラーズスヴィズ」


 おお、とどよめきに似た歓声が上がる。さすがは八賢者。知名度が段違いだった。

 三人も八賢者が集まっていることに、皆驚き、戸惑いながらも、どこか誇らしげな表情を浮かべていた。


 己の腕を、この伝説的な魔法使いたちに披露できるのだから。


「試験は第一から第三試験まである。徐々に人数を落としていく」


 静まり返る受験生たちを見渡し、ラーズスヴィズはさらに続ける。


「そして、お前たちには全員、この統一された規格の杖を使ってもらう」


 その宣言に、当然のように会場から大ブーイングが巻き起こった。


「意味わかんねえぞっ」


「使い慣れた自分の杖じゃないと実力が出せないだろうが」


 怒号が飛び交う中、ソフィアが手際よく統一杖を配って回る。

 炎の魔法使いフランケは、配られた杖を見てこれ見よがしに顔をしかめた。


 燃え盛るような赤い髪を逆立てた、いかにも自信過剰で血の気の多そうな男である。


「なんだぁこれはよぉ。装飾もない、ただの木の棒じゃあねえか」


 彼から発せられる、熱を帯びた炎の魔力。常人ならば、その威圧感だけで気押されるだろう。

 しかしソフィアは、見ているものが違った。彼の杖を握る手を見て、パァッと目を輝かせる。


(すごいわ。指先のタコと魔力回路の練度。この人、とてつもない炎の魔法使いだ。ギルさんのような天性の才能とはまた別。血の滲むような凄まじい修練と努力を積み重ねて、ここまで強力な炎を操れるようになったんだわ)


「とりあえず、魔力を通してみてください」


 ソフィアに促され、フランケは不承不承といった様子で杖に魔力を流し込んだ。

 その瞬間、彼の顔色が決死の形相へと変わる。


「な、なんだこれはっ。すげえ」


 ただの量産品だと思っていたそれは、普段使っている特注の杖よりも遥かに魔力伝導率が高かった。

 何より、自分の骨格や魔力の波長に恐ろしいほど完璧にフィットしている。


 フランケの様子を見て、他の受験生たちも次々と魔力を通し、絶句した。

 ざわめく会場に、ファフニールがこれ見よがしにふんぞり返って言い放つ。


「作ったのは余の一番弟子、ソフィア・クラフトである」


 その名前に、会場の空気がさらに揺れた。


「クラフトってまさか、あのヴィル・クラフトのっ」


「おおおー。そんな凄いものを、競技に使わせてもらえるなんて」


「むしろこっちの方がいい。いや、これ持って帰りたいくらいまであるぞ」


 先ほどの不満はどこへやら、会場は一転して大絶賛の嵐に包まれる。

 ギルバートの隣で、ソフィアはえへへと照れくさそうに、しかし誇らしげに微笑むのだった。


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― 新着の感想 ―
たぶん、こんな感じだわ! 第一試験 … 三人一組のパーティー戦、小鳥の奪い合い。 第二試験 … ダンジョン攻略、なんか本人の複製体がでてくる。 第三試験 … ソフィアと面談。
千刀 金殺  か?
ソフィアさんがファフニールさんの自称一番弟子と言うなら分かるけど自称ワシがソフィアの師匠じゃ⁉ ソフィアさんに一番弟子になった自覚なし(。´・ω・)? ファフニールさんによる一番弟子詐欺疑惑⁉
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