56.クラフト家の男杖職人
ここは、マデューカス帝国にある、帝国立魔法学園。その学園長である、ガンダールヴルの部屋。
重厚な絨毯が敷かれた室内には、古紙とインクの知的な香りが漂っている。
刃の賢者ラーズスヴィズは、ソファに深く腰を下ろして、開催国の座長であるガンダールヴルに報告を終えた。
「ヴィル・クラフトの孫娘、たしかに見事な職人じゃった。あの娘の矜持、公式杖職人として申し分ない」
「ふふん。さすがは余の自慢の弟子であろう」
自慢げにふんぞり返るのは、牙の賢者ファフニールだ。
ラーズスヴィズは呆れたように片眉を上げる。
「まだ帝都におったのか。普段の選定会議には一度も顔を出さんくせに」
「弟子の晴れ姿を見届けるのは、師として当然の務めである」
「何か一つでも教えたことでもあるのかい」
「真の師匠とは、細かく教えたりなどしないものだ。余の存在そのものが彼女を育てたのだ」
堂々と言い切る古竜に、ラーズスヴィズは深くため息をついた。
言うまでもなく、ソフィアはファフニールから何一つとして教えてもらっていない。
勝手にファフニールがソフィアを弟子と呼んでいるのだ。哀れ、真の弟子であるガンダールヴルが目の前にいるというのにである。
ラーズスヴィズもそのことはガンダールヴルから報告を受けており、知っている。
呆れたようにため息をついたあと、彼女はふと真面目な顔つきになる。
「あの子は、魔法協会副会長にして議長であるワシの元に身を置くのが一番良い。いずれは協会に身を置くべき傑物じゃからな」
ラーズスヴィズは仕込み杖の一件で、ソフィアをいっとう気に入ったのだ。それこそ、側近として置こうとするくらいには。
気難しいことで有名な魔女を、短期間で籠絡してしまった。
(やはりソフィア嬢は、どんな魔法使いよりも、魔法使いじゃのう。すごい娘じゃ)
ガンダールヴルは深く感心する。
しかしこの老魔女の発言に、異を唱える者が一人いた。
牙の賢者ファフニールである。
「待て。何を馬鹿なことを言う。ソフィアは余の弟子として、余のそばにいるべきだ」
二人の間に、火花が散るような凄まじい魔力の圧が膨れ上がる。
人間を辞めているレベルの最強魔法剣士と、強大な古竜。
同席していた光の賢者ガンダールヴルは、慌てて懐からハンカチを取り出し、額の冷や汗を拭った。
「お、落ち着いてくださいじゃ、お二人とも」
二人が暴走しないように、止めるつもりだった。
しかしぎろりと、二人から睨まれてしまう。
「聞くところによると、貴様が一番ソフィアの店に入り浸っておるそうじゃな」
「独占するつもりかい。許すわけにいかないね。あの子は魔法界の宝だよ」
恐ろしい二人の老婆から詰め寄られ、ガンダールヴルはガックリと項垂れて平謝りするしかなかった。
気を取り直し、ラーズスヴィズが本題を切り出す。
「今年の試験は二カ国同時開催で規模が大きい。公式職人がソフィア一人では手に余るじゃろう。もう一人、腕の立つ補佐が必要じゃ」
「ならば、あのカス国にいるヴィルの血縁を呼べばいい」
ファフニールが腕を組み、鼻を鳴らす。
「偉大なる余の孫弟子ヴィルを追放した、あの愚かなカス国にな」
「ああ。ヴィルの弟、セッチン・クラフトの孫じゃな」
と、ラーズスヴィズは心当たりがあるようで、なるほどと頷く。
一方、ガンダールヴルは初耳だったらしく、師に問いかける。
「そのような者がおられるのですか」
ガンダールヴルが驚いて身を乗り出すと、ファフニールは自慢げに頷いた。
「ああ。あのカス国ゲータ・ニイガにはもったいないくらいの、優秀な職人だ」
(大師匠が褒めるとは、珍しい)
それほどまでの職人ならば、超次元杖職人であるソフィアの補助が可能だろう。
ガンダールヴルも、その人物をぜひソフィアにつけさせたいと思った。
「では、さっそく打診してみますじゃ」
「待て。余がそいつを見出してやったのだと、ソフィアにちゃんと伝えておけよ。師に感謝するのだぞ、とな。ふふふ」
どれだけ弟子に褒められたいのか。
相変わらずソフィアに何も教えていない古竜の言葉に、二人の賢者は呆れ返るのだった。
◇
その頃、帝都の一角にあるフクロウ亭。
店内には、カカオと砂糖が溶け合う極上に甘い香りが漂っていた。
「はい、あーんしてください。ギルさん」
「あーん」
ソフィアが手作りのチョコレートを差し出し、ギルバートがそれをつまみ食いする。
口いっぱいに広がる濃厚な甘さと、愛する恋人の笑顔。
ギルバートは頬を緩ませ、至福の吐息を漏らした。
幻の尻尾がパタパタと揺れるような、穏やかな時間が流れていく。
(俺たちの恋愛を阻むものは、もう何もない。完全に上がりだ)
最大の障壁であった賢者たちにも認められ、平和な日々が約束されている。
ギルバートはすっかり油断しきり、満ち足りた平和ボケの海に沈んでいた。
その時だ。店の魔導電話が鳴ったのである。
ソフィアはそれに出て、少し会話をして、頷いた。
「お得意様から、杖の緊急メンテナンスの依頼です。すぐに行ってきますね」
ソフィアは慌ててコートを羽織る。
「店じまいはしてるので、飛び込みで仕事は来ないとは思いますが。いい子にお留守番していてくださいねっ」
いたずらっぽくウインクをして、ソフィアは店を飛び出していった。
パタパタと足音を立てて走っていくその小さな背中は、ただひたすらに可愛らしかった。
誰もいなくなった店内で、ギルバートは一人残される。
今日はヨランダもリサも不在であり、店番は彼一人だ。
(まあいい。ソフィアの残り香だけでも堪能するとしよう)
彼が優雅に紅茶を啜ろうとしたその時、カランと扉のベルが鳴った。
間の悪いことに、新規の客が来店してしまったのである。
「すみません、杖の調子が悪くて。診てもらえませんか」
困り顔の客に杖を差し出され、ギルバートは盛大に冷や汗を噴き出した。
杖の専門知識など、一介の軍人である彼にあるはずがない。
「ええと、その。店主が戻るまで待ってもらうしか……」
「お困りのようだね」
透き通るような、爽やかな声が店内に響いた。
入り口に立っていたのは、見知らぬ銀髪の美青年であった。
彼は流れるような足取りで客に近づくと、ひったくるように杖を手に取る。
そして、ギルバートが止める間もなく、指先から繊細な魔力を放った。
カチリ、と心地よい音が鳴り、杖の歪みが一瞬にして補正される。
「これで大丈夫。魔力回路の詰まりを流しておいたよ」
「おおっ。ありがとうございます」
客は満面の笑みを浮かべ、意気揚々と店を後にしていく。
鮮やかな手腕にギルバートが呆気にとられていると、ちょうどそこへソフィアが帰宅した。
「ただいま戻りまし――えっ」
ソフィアが目を丸くする。
美青年は彼女を見るなり、パァッと顔を輝かせた。
「フィア。会いたかったよ、僕のマドモワゼル」
青年は芝居がかった動作で歩み寄り、ソフィアの白い手を取る。
そのまま恭しく膝をつき、彼女の手の甲にチュッと挨拶の口づけを落とした。
「ふぁっ」
ギルバートの口から、情けない声が漏れる。
平和ボケの海に沈んでいた彼の頭が、怒りと驚愕で真っ白に染まった。
ギルバートは青年の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄る。
周囲の空気が凍りつくほどの殺気を放ち、低くドスを効かせた。
「ど、どちらさまですか」
青年は悪びれる様子もなく、爽やかな笑顔で名乗った。
「ジュリアン・クラフトさ」
「ジュリアン、クラフト……クラフト?」
ギルバートは、その聞き覚えのある姓を呆然と反芻する。
「初めまして。僕の可愛い妹が、いつもお世話になってる」
全く予想外の親戚の登場により、彼の平和な日常は再び音を立てて崩れ去ったのであった。
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