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55.空を裂く一閃



 フクロウ亭での納品を終えた直後。

 外はにわかに掻き曇り、突如として激しい雷雨に見舞われた。

 大粒の雨が石畳を打ちつけ、灰色の空に稲妻が走る。


「ラーズスヴィズ様、ひどい雨です。傘をお貸しします」


 ソフィアが店の奥から傘を持ち出そうとするが、ラーズスヴィズはそれを手で制した。


「不要じゃ」


 彼女は傘をさすこともなく、雨が激しく打ちつける外へと歩み出る。

 車椅子を傀儡に任せ、歩行杖を突いて自らの足で立ち上がった。


 濡れることなど気にも留めず、手にした歩行杖、亡き夫が遺した仕込み刀を愛おしそうに撫でる。

 雨に打たれながら、ラーズスヴィズは仕込み杖の封印術式の真意に思いを馳せた。


 あれは、ただの安全装置ではない。

 あのひどく不器用な男は、自分が打った刀が凄まじすぎるゆえに、こう考えたのだ。


 愛する妻が死にかけるほどの窮地に陥り、火事場の馬鹿力を発揮する極限状態でなければ、到底扱いきれない代物であると。


「舐めんじゃないよ」


 ラーズスヴィズは雨空を見上げ、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。


「ワシの力不足を案じたか、不器用な男め。ワシは、あんたの作る最高の刀と並び立つ、最強の魔法剣士になったんじゃ」


 彼女は、抜刀すらせず、鞘である木杖に収まったままの杖を天に向けて構えた。

 刃の賢者、その圧倒的な覇気が雨粒を弾き飛ばす。


 そして、ラーズスヴィズは杖を天に向けて軽く一閃した。


 凄まじい風圧が遅れて響く。

 その瞬間、帝都の上空を厚く覆っていた分厚い雷雲が、音もなく真っ二つに両断された。


 激しい雷雨が嘘のように止む。

 天を割る雲の裂け目から、一気に眩い太陽の光が差し込み、薄暗かった帝都がパッと明るく晴れ渡った。


「ら、雷雲を、スパッと切ってしまうなんてっ。すごいです、ラーズスヴィズ様」


 刃を抜いていない、ただの鞘の状態で放たれた規格外の斬撃。

 ラーズスヴィズは自身の手に残る確かな感触に、小さく武者震いする。


「刃を出さずとも、ここまでの斬撃が放てるとはな。いざ刃を抜けばどうなるか」


 晩年になってなお、己の剣術がさらに凄まじい高みへと至っていることを実感する。

 彼女は振り返り、ソフィアに向かって満足げに告げた。


「ふっ。ソフィア、礼を言うよ。お前がいなければ、一生この刃に気づけず終わるところだった」


「い、いえ。お役に立ててよかったです」


 空を真っ二つに割るという神業を目の当たりにし、ソフィアは目を丸くして驚愕している。


「帰るとするよ。また追って連絡する」


「は、はいっ。またお待ちしております、ラーズスヴィズ様」


「ラーズでいいよ。お前は特別に、そう呼ぶことを許可しよう」


「あ、愛称で……。よろしいのですか?」


「ああ。なんだい、嫌なのかい?」


「滅相もございませんっ、ラーズ様」


 フルフルと何度も首を横に振るのが精一杯のソフィアをよそに、ラーズスヴィズは手にした杖を撫でた。


「この刃であれば、何でも切れる。まだ切り足りんな。どれ、帝都の周りの魔物でも間引いてやるか」


 豪快な笑い声を残し、最強の老魔法剣士は空の彼方へと飛び去っていった。


    ◇


 その後しばらくの間、帝都周辺から魔物がパッタリと姿を消した。

 テンションの上がりきった刃の賢者によって、周辺の脅威が片っ端から両断されたためである。


 結果的に、帝都防衛を担うギルバートの仕事が激減することとなったのだった。


次回、坊ちゃんのライバル現る。がんばれ坊ちゃん!


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― 新着の感想 ―
若かりし日の旦那さんとの思い出話も聞いてみたいもんですね。当時から最強だったんでしょうかラーズさんは。年老いてなお凄まじいまでの剣戟をみせるらーずさんはさやから抜いた刃を振るったらこの世界が真っ二つに…
>結果的に、帝都防衛を担うギルバートの仕事が激減することとなったのだった。 その分ソフィアとデート時間もしくは回数が増えたんですね判ります
ギルちゃん。笑
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