第99話 陛下、水辺の暗殺者(?)に狙われる<下>
「は……? 食べるのか、これを?」
景雲は驚愕した。太陽熱と衝撃波を出す恐るべき生き物である。食べるという考え自体が一体どこからくるのか。まるで理解しがたい。
凜華を人外でも見るように凝視しながら、彼は言った。
「お前……今更の今更だが頭は大丈夫か?」
「全然至ってすこぶる正気だよ!」
凜華は獲ったエビを、大事そうに木桶に入れた。
「テッポウエビはすっごく美味しいんだよ。新鮮なエビなんて滅多に食べられないし」
木桶を胸に抱きしめると、うっとりとした顔で天を仰いだ。
「衣をつけて新鮮な油でカラッと揚げる。衣はサクサク、中の身はプリップリ。アツアツの天ぷらに上質な岩塩と山椒をパラッと振って……ああ、かじった瞬間に広がるエビの甘みと旨味。酒がなくても最高のおつまみだよ。もう最高!」
あまりにも具体的で熱量にあふれたエビ料理のプレゼンテーションに、景雲は絶句するしかない。
月明かりの下、玻璃の舟に花を浮かべ、雰囲気たっぷりに愛を囁こうとしたロマンチック戦術。
それは、水中のスナイパーが放つ物理的衝撃波によって打ち砕かれ、最終的には「アツアツの揚げ物」になろうとしている。
色気より食い気か……。
彼は人知れず肩を落とした。朝なのに、どっと疲れた気分になった。
「……好きにしろ」
「やった~! 寿寿に揚げてもらおうっと。今日は天ぷら!」
凜華は、竹のトングで池の底を勢いよく掻きまわした。
「そぉれっ! 砲兵隊、覚悟ぉ!」
トングで円錐形の巣を次々と壊してゆく。驚いて飛び出してきたテッポウエビたちを、網で片っ端から捕獲していく。
あっという間に木桶をエビでいっぱいにした凜華は、大膳房に立ち寄って油壺と小麦粉を貰い、肩に担いで意気揚々と壺天閣へ帰っていった。その逞しい背中は早朝の漁を終えて、家路を辿る漁師のようであった。
昼になると、壺天閣からは香ばしいごま油の匂いが漂い、エビ天を楽しむ女たちの声が聞こえてきたという。
さて、後日。
事の顛末を知った宝石砂の納入業者が、真っ青な顔をして宮城へ駆けこんできた。
南方の漁師たちの間では「鳴雷蝦」と呼ばれているエビが砂の中に紛れ込んでおり、粗相を働いたという。
怪我人は出なかったとはいえ、皇帝の御前で高価な玻璃の皿を粉砕したのだ。これは重罪である。
これから一体どうなってしまうのだろう。厳しいお咎めが来るのは間違いないが、自分のみならず一族郎党まで累が及び、処刑されてしまうのか。国外追放で済むなら御の字だ……と震えながら、石畳に額をこすりつけて土下座した。
対応に出た李元は、どこか遠い目をしながら告げた。
「面を上げよ。陛下は寛大な御方ゆえ、今回は特別に玻璃の平皿の弁償だけでよいと仰られている」
男は顔を上げると、はらはらと涙をこぼした。
「ほ、本当でございますか。なんというご慈悲……! しかし、現在も鳴雷蝦はご迷惑をおかけしているはず。せめて私めの手で、エビを一匹残らず駆除いたします」
懇願する業者に対し、李元は静かに首を振った。
「いや、その必要はない」
「と申しますと?」
「エビならば、陛下の寵姫が獲って食べてしまわれた」
「へ?」
業者の男は唖然とした。
「……た、食べた?」
「うむ」
「皿をぶち割る雷を放つエビを……?」
「うむ」
「あの……一応、鳴雷蝦は南方では海神の眷属、雷神の使いと言われておりまして。神霊の扱いであり、荒くれ男たちにも恐れられているのですが……それを食べた?」
「なんでも小麦粉の衣をつけて油で揚げて、塩や山椒をつけて食うと美味いということであった。寵姫の好物であられたようだ。研究用に数匹残っていたが、それも大学に運ばれたゆえ、今は一匹もいない」
李元の淡々とした説明に業者は、心の中で強烈にツッコミを入れた。
……いやいや、どんなヤバい寵姫だよ?
だが、口に出すわけにもいかず、引きつった笑みを浮かべて「はは~」と平伏するしかなかった。
かくして、後宮を震撼させた水辺の暗殺者騒動は、薬師がエビの天ぷらをうまうまと食すという結末で、ドタバタと幕を下ろすのだった。
【第一部・完】
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