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ワーホリ後宮薬師は変人皇帝に溺愛されたくない   作者: kiyoaki


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第96話 キラキラの蛍光白衣から宝石泥棒捕獲作戦だよ<六>

 女たちは、仲間と外廷にある大学の分室にも盗みに入ったことを白状した。

「白龍紛は……私たちが、大学の倉庫から盗み出した粉を混ぜたものです」

「大学から? なんでウミホタルの粉を?」

 凜華が問う。凜華の背後には刀を抜き、ペチペチと腕を叩く役人たちが立っている。女は震えあがった。ここで嘘を言えば斬られると思った。

「大学へ御用聞きに行った際、学者のじいさんたちが『これは南の海神の秘薬だ』と大事そうに瓶詰めしているのを見まして。なんだかよくわからなかったのですが、価値のあるものだろうと思って盗んだのです。ですが、粉の用途はさっぱりわからず……」


 要するにこういうことだ。大学の学者たちが研究用に南方から取り寄せ、乾燥させて厳重に保管していたウミホタルの粉末を、泥棒たちが「高価なもの」と勘違いして盗み出した。だが、何に使う粉なのかわからない。希少なものなので、持っていればいずれは足がつく。そこで、ウミホタルの粉は洗滌局に納める漂白剤に混ぜて処分することにした。本来白龍紛に入れるはずだった高価な硼砂は横領し、転売していた。

 その結果、洗滌局で洗われた凜華の白衣が雨の夜に輝くことになり、凜華が「防犯トラップ」として宝物庫に撒き、泥棒たちは「自分たちが盗んでカサ増しに使った粉」を踏み抜いて御用となったのだ。

 セコい不正が回り回って己の首を絞めるという、見事な因果応報の自滅っぷりである。


「あーあ。馬鹿ね……」

 凜華は、縄を打たれて連行されていく女たちの、情けなく光る足跡を見ながら、呆れたようにため息をついた。

「でも案外盲点なのかもしれないわねえ」と麗妃は頬に手を当て、感心したように言った。

「後宮に入れる人間は限られているわ。少なくとも大学の人たちは入ってこれないもの。案外盗品を隠すにはもってこいなのかもしれなくてよ」

「ここがですか? ……確かに灯台下暗しかも」

「業者が泥棒だったなんて。しばらくは騒がしくなりそう」麗妃は残念そうに眉をひそめた。

「業者もだけど、警備の巡回経路も時間も一から変えた方がいいですよ。外の悪党どもに把握されてるだろうし」

 凜華のアドバイスに、麗妃は神妙に頷いた。

「何にせよ、一件落着ね。凜華さん、お手柄よ。陛下専用の漂白剤を使って犯人を特定するなんて」

「ウミホタル作戦は一度しか使えないですけどね。犯人に粉のついた布や靴を処分されたら意味ないので」

「それでもたいしたものよ。濡れると光る海神の加護があったのだわ」

 麗妃は、腹に撒いた重い帯を優しく撫でた。大事な宝石が盗まれずに済んだことに心から安堵していた。


 翌日。

 凜華は本物の宝石を身に着けたままの麗妃と改めて向き合っていた。

「凜華さん、昨日は本当にありがとう。あなたのおかげで私のかわいい石たちは無事だった。これは心ばかりのお礼よ。私が蒐集したものの中でも、とっておきの石を差し上げるわね」

 そう言って麗妃が差し出したのは、深海の闇をそのまま写し取ったような深い青色の鉱石であった。

「宇宙の神秘と大地の涙が結晶したような美しい子でしょう?」とロマンチックに語る。

 凜華も青い石を覗き込んだ。

「わあ……。きれい。これはなんですか?」

藍銅鉱(らんどうこう)ちゃんよ。この子をおうちに飾ってくれると嬉しいわ」

「藍銅鉱……。えっ、もしかしてアズライト?」

 途端、凜華の目はギラギラとした物騒な光を帯びた。

「あなたの国ではそういう名なの? そうよ、とても珍しいものなの」

「うわーうわー、アズライトか。すごい!」

 凜華は興奮し、アズライトを掲げ持つとしげしげと眺めた。

「これは立派な塩基性炭酸銅の結晶。乳鉢で砕いて不純物を取り除けば最高級の青色顔料になるし、硫酸に溶かせば硫酸銅を精製するための立派な材料になる。うわーこれは触媒実験の役に立つかも!」


 石が大好きで子供のように愛する妃を前にして「粉々に砕く」だの「硫酸に溶かす」だの「触媒の材料」だのと、常人には理解し難い物騒な単語を連呼する。

 麗妃は一瞬ポカンと口を開けたが、すぐに「うふふ、まあいいわ。あなたの好きなようになさいな」と聖母のように微笑んだ。


 それから、思いきったように身を乗り出し、凜華の手をぎゅっと握った。

「凜華さん、私はね、あなたとお(かみ)を取り合う気はないの。陛下はああいうご気性で、恐ろしくて。どうにも近づきがたいし……」

 景雲は飛び抜けた美貌の持ち主だが、美しさをより引き立てる愛嬌や親密さというものは皆無である。

 滅多に笑わず、誰に対しても厳しい態度を取る。口調も辛辣。後宮の女たちにとって皇帝は、憧れよりも畏怖が勝るものらしい。

「はあ……」

 怯えたような目をする麗妃に、凜華は間の抜けた声を発した。そもそも景雲を巡って争ってないし、争う気もない。

「そうですかね……?」

「あなたは陛下が怖くないの?」

「怖くはないかなあ……。怒られたりもするけど、そういう人なんだと思えば……そんなもんかなと」

「きっとあなたの前だと心をお開きになるのね」


 麗妃は真剣な面持ちで凜華を見つめた。

「入宮して以来、ずっとお友達が欲しいと思っていた……。後宮(ここ)は華麗だけど殺伐としていて、息が詰まってしまうんだもの。私は大の石好き、あなたは薬が好き。石から作る薬もあるようだし、きっと気が合うと思うの」

「うーん、別に石が好きなわけじゃ……」

 凜華が好きなのは鉱石そのものではなく、薬や実験に使える中身、成分なのだが……。

 麗妃は畳みかけるように迫る。

「あなたも陛下がいらっしゃらない時は暇を持て余しているのでしょ? 梅妃さまのところばかりじゃなく、こちらにも遊びに来てちょうだい。遠慮はしないで。ね?」

「あ、はい……」

 景雲がおらずとも暇ではないし、むしろ鬼の居ぬ間に洗濯し放題なのだが、凜華は麗妃の迫力に押されて思わず頷いてしまった。

 この妃、のんびりとして一見親しみやすそうだが、けして気安くはなれない威厳のようなものがある。


 かくして、壺天閣の光る幽霊はともかく、連続窃盗事件は凜華の機転によって無事に解決を見た。

 アズライトの原石を抱え、壺天閣へ帰路につく凜華の背中には「後宮の名探偵」の風格すら漂っていたが、本人の頭の中は「さあて、この石を何に使おうか」という科学者らしい計画でいっぱいであった。






 


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