第95話 キラキラの蛍光白衣から宝石泥棒捕獲作戦だよ<五>
凜華はすぐさま洗滌局へ使いをやり、例の「白龍紛」を一袋持ってこさせた。
そして、麗妃の案内で宝物庫へ入ると靴を脱いで裸足になり、巧妙なトラップの構築に取り掛かったのである。
まず、宝物庫に保管されている最高級の紅玉や藍宝石を取り出すと、専用の豪華な小箱はそのままに、中身だけよく似た石にすり替えた。
本物の宝石は、麗妃が纏う帯の裏側にポケットを幾つも作って入れ、肌身離さず持たせることにした。
その上で、偽物の宝石が入った小箱を包む絹布に白龍紛を擦りこみ、周囲の床一面にもたっぷりと撒き散らしたのである。乾燥状態では微細な白粉でしかないので、暗い宝物庫の中では全く目立たない。さらに、宝物庫の鍵である蝶番の油を丹念に拭き取った。
「これで準備は完了。あとは、泥棒がやってくるのを待つだけ」
果たして、その夜の内に事態は動いた。
昼間はからりと晴れて空気は乾燥していたが、夜になると小雨が降りだした。
泥棒にとっては音が雨音にかき消され、警備の者たちも雨具の煩わしさによって隙が生まれるという絶好の犯行日和である。
彩煥殿の寝所では、凜華と麗妃が待機していた。
「ねえ、凜華さん。泥棒さん、本当に来るかしら」
緊迫した空気などどこ吹く風で、麗妃はのんびりと胡麻団子をかじっている。凜華も相伴に預かり、用意された夜食や菓子をつまんでいた。
「来ますとも。三回も盗みに成功した甘い汁の味は、そう簡単に忘れられるものではないわ。行動心理学的にも、必ずや同じ手口で戻ってきます」
凜華は床にごろ寝しながら、自らが仕掛けたトラップが発動する瞬間を今か今かと待ちわびた。
丑三つ時を少し回った頃合いであろうか。宝物庫の蝶番が、かすかに「ギイ」と軋む音がした。
あらかじめ蝶番の油を拭き取っておいた凜華の工作が功を奏した。怪しい人影が宝物庫へ忍び込み、包みを持って雨の闇夜へ散った直後――物陰で雨に打たれながら張り込んでいた刑部の役人たちが、怒号とともに一斉に飛び出したのである。
「であえ! 曲者だ、逃すな!」
役人たちが松明を掲げながら影を追いかける。
雨夜の攻防、横になっていた凜華も外の物音を聞きつけると「来た?」と飛び起きた。
捕物の末、彩煥殿の中庭へ数名の怪しい人影が引き立てられてきた。
厄介なことに、捕縛されたのは四人の女であった。いずれも洗滌局や厨房、その他の殿舎に出入りを許されている外部の納入業者である。彩煥殿でも顔なじみで、頻繁に御用伺いに来ていた。
四人共に、盗まれたはずの宝石の包みは持っていなかった。
女たちは後宮へ出入りできる特別な許可証を、伝家の宝刀のように掲げて叫んだ。
「お、お役人方、誤解でございます。あたしはご注文の品の納品に来たところで」
「明日使う予定の食材の確認に来ました。決して怪しい者では!」
「厠を探して迷子になっていただけでして……」
四人の容疑者は口々に言い訳を並べ立て、土下座をしながら無実を訴える。
この中の一人が犯人なのか、四人ともグルなのか、盗みとは全く無関係なのか一向に判然としない。
「ええい、やかましい! 貴様らのような怪しい輩の妄言を誰が信じるか」
苛立つ刑部の役人が、腰の刀の柄に手をかけた。
「これでは誰が犯人かわからんな。よかろう、全員まとめて連行しろ。拷問にかけて、指の骨を一本ずつ砕いてやれば嫌でも真実を吐くであろうよ」
「ヒイイイイッ! 違います。断じて違います!」
役人が物騒な前時代的捜査手法を口走り、女たちが悲鳴をあげたその時である。
「ちょいとお待ちを。そんなことをしなくてもわかるよ」
待ってましたとばかりに、奥から凜華がしゃしゃり出てきた。中庭に座らされた女たちを眺める。
「あらあら、ご苦労さまね~」と背後から麗妃も顔を出す。
本来、妃が下々の者の前に姿を見せることはないのだが、滅多に見られない捕物帳である。興味津々でちゃっかりついてきたのだった。
凜華は一堂に向かって言い放った。
「犯人なら自分から光って教えてくれるから。はーい、全員を押さえて」
凜華は役人たちに女たちが動けないよう押さえさせると、竹筒で作られた簡易の水鉄砲を取り出した。
女たちの背後に回ると足元――泥にまみれた靴底に向かって、プシュップシュッと勢いよく水を吹きかけたのである。
水で泥が取れると、二人の女の靴底が鮮やかな青白い蛍光色を放って輝き始めた。
「ひいっ! 何これ」
女たちは驚愕し、役人たちも目を見張る。
「な、なんだこれは。足が、靴底が燃えている……? いや、光ってる!」
己の足元から発せられる怪光に驚き、尻餅をつく二人の女。
凜華は「はい、この二人が犯人ね」とあっさり宣告した。
「宝物庫の床に白龍紛を撒いておいたから。ウミホタルの粉を踏むと靴底に粉がつく。水が触れた瞬間、ルシフェリンとルシフェラーゼの酵素反応が起きて発光するってわけ」
「は、白龍紛? なんでそんなものが?」
女の一人が素っ頓狂な声をあげる。
さらに凜華の指示で、役人たちが雨の中、宝物庫から点々と続くかすかな発光を辿って茂みを探すと、同じように発光する絹の包みが見つかった。偽の宝石を包んでいた布だった。
もはや言い逃れができなくなった二人の女は、青白く光る足を抱え、泣きながらすべてを白状した。
彼女たちは後宮に出入りする納入業者であり、都を荒らしている大規模な窃盗団のメンバーでもあった。
後宮の内部事情と警備の巡回経路を熟知しており、裕福な麗妃が宝石を沢山持っていることを知って盗みを企んだ。
宝石が盗まれるたびに宝物庫の鍵は取り替えられたが、納品を装った下見を繰り返してこっそり型を取り、合鍵を作製していた。盗んだ宝石はすぐに持ち出さず、いったん邸内に隠し、後日仲間が取りに来て運び出していた。
今夜も二人同時に宝物庫へ入り、捜査をかく乱するためにそれぞれ反対の方向へ逃げたのだが、刑部の厳重な張り込みで御用になったというわけだった。
そして、景雲が気にしていた「なぜ洗滌局の漂白剤にウミホタルの粉が混入されていたのか」という謎も、彼女たちの口からあっけなく解明された。
白龍紛もこの泥棒女たちが納品していたのである。




