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ワーホリ後宮薬師は変人皇帝に溺愛されたくない   作者: kiyoaki


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第94話 キラキラの蛍光白衣から宝石泥棒捕獲作戦だよ<四>

 ウミホタルの粉がもたらした騒動は、凜華の白衣を怪しく発光させただけでは終わらなかった。

 その青白い希少な光は、後宮の外で起きていた事件にも深く関係していたのである。


 ことの起こりは、後宮の東側に位置する殿舎「彩煥殿(さいかんでん)」からの急な呼び出しであった。

麗妃(れいひ)さまが急病で倒れられた。一刻も早く、宸眷の薬師殿に往診を頼みたい」

 これは薬師房を通さない直接の指名である。

 彩煥殿から来た女官の要請に、凜華は早速にも愛用の白衣を翻し……て出向きたいところだったが、白衣で外を歩くともれなく痴女認定されてしまう。運が悪ければ衛兵に御用となる。景雲からも、壺天閣の敷地内でのみ着るよう厳命されていた。

 泣く泣く白衣を脱いだ凜華は、薬箱を抱えて彩煥殿へと急いだ。


 通された彩煥殿は一風変わった御殿だった。廊下という廊下、部屋のあちこちの飾り棚に季節の花や陶器の壺、銅像などは一切置かれていない。

 あるのは、ひたすらに「石」であった。翡翠の原石から、瑪瑙(めのう)の結晶、紫水晶アメジストのドーム、果ては孔雀石マラカイトや、その辺の道端に転がっていそうな奇妙な模様の石に至るまで、大小様々な鉱石が飾られている。どこもかしこも石だらけである。

 それは妃の住まいというよりは、熱狂的なマニアが作り上げた「地質学博物館」の様相を呈していた。


 奥の間に通されると、そこに病人らしき姿はなかった。

「あらあら、薬師殿。急に呼び立ててごめんなさいね。さあ、お茶をどうぞ」

 色とりどりの石に囲まれた高座に、大変ふくよかで血色の良い美女が座り、のんびりと香草茶をすすっていた。彼女の膝の上には特大の水晶球が置かれている。

 彼女がこの宮の主の麗妃だった。本名は呉桟児(ごさんじ)という。

 麗妃の実家である呉家は、家柄こそ中の下といったところだが、高利貸しや先物取引で財を成した大富豪である。

 貴族の多くが呉家から金を借りているため、家格が低くとも呉家に対して強くは出られない。そんなことをすれば、あっという間に借金の取り立てが来る。呉家の立ち位置は後宮での力関係にも影響しており、名門出身であっても麗妃に正面切って喧嘩を売る妃はいなかった。

 麗妃は後宮内の茶会などには顔を出すが、妃たちの権力闘争やマウンティングにはあまり興味がないようだった。

 おっとりとした性格の彼女は、後宮でも随一の「きれいな石マニア」であり、皇帝の寵愛よりも珍しい鉱石の収集に情熱を燃やすという筋金入りの「石愛(いしめ)ずる姫君」であった。


「凜華さん、まずは私の愛しい子供たちを見てちょうだい」

 麗妃は傍にあるコレクションを手に取ると、興奮した声で説明を始めた。

「この瑪瑙の縞模様を見て。これはね、大地が刻んだ途方もない年輪なのよ。花は枯れるけれど石は永遠。ここに地中の記憶が眠っていると思うと、もう胸が熱くなってしまって……。翡翠はね、触るとトロリとしていて赤ちゃんの肌みたいでしょ。この青い奇石は、雨の日にだけ妖艶な色香を放つのよ」

 麗妃は瑪瑙の表面を頬ずりせんばかりに撫で回し、次にいびつな形の黒石を愛おしげに掲げた。

「河原の石だって、この形になるまでに激流に揉まれた歴史があるの。石の(こころ)を聞くのが、私の一番愉しみなの。凜華さん、あなたもこの黒曜石の鋭利な断面に宇宙の真理を感じない?」

「はあ……」

 おっとりとした口調ながら、その熱量は凄まじい。凜華は、合間合間に適当な相槌を打つしかなかった。


 麗妃の石語りがひと段落するのを待って、やっと本題を切り出す。

「あの、麗妃さま。急病で倒れたというのは?」

「うふふ、ごめんなさいね。そうでも言わないと、陛下お気に入りのあなたは呼び出せないかと思って。実はね、病ではなくて困ったことが起きているのよ」

 麗妃は、今度は瑠璃ラピスラズリの原石を撫でながらぽってりとした眉尻を下げた。

 聞けば、ここ最近、彩煥殿の奥にある宝物庫から、貴重な宝石ばかりが相次いで盗まれているという。

 すでに被害は三回に及んでいる。巡回する警備の目を盗んで侵入し鍵をこじ開ける手口から、内部の人間か、後宮に出入りできる者の犯行が疑われていた。


「私、宝石も大好きで集めているの。でも……もう三回も泥棒に入られて。大切な子たちが連れ去られてしまって辛くて悲しくて夜も眠れないの」

「眠れないのは身体によくないですけどね……」

「それに盗難が起きているのは後宮だけじゃないのよ」

「他でも起きてるんですか?」

「外廷の大学にも侵入されて、貴重な標本のたぐいが盗まれたと聞いたわ」

「大学……」

 大学自体は宮城の外にあるが、分室が外廷に存在し、学者たちが日々研究に勤しんでいる。この国の学究機関でも盗難が起きたというのは気になる。

「時期は違うけど、刑部の話だとどうも盗みの手口が同じらしいの。なんとかして犯人を捕まえられないかしら? あなた、西の笑い死にさせる悪霊を退治して廃墟を浄化したそうだし、壺天閣では『光る幽霊』と同居している肝の太い人なんでしょう?」

「……」

 悪霊退治も浄化もしてないし、壺天閣の「光る幽霊」とは凜華自身のことなのだが……またもや噂が独り歩きしている。

 どうやら凜華は、本人の与り知らぬところで、後宮内のゴーストバスターか「難事件を解決する探偵」のような扱いを受け始めているらしい。


「私はただの薬師なんで。霊媒師でも呪術師でもないんで。泥棒を捕まえるのは刑部の仕事で……」

「もちろん今も刑部に張り込ませているわ。でも今度こそ確実に犯人を捕まえたいのよ」

「とはいっても、捕物帳はさすがに」

 適当に理由をつけて断ろうとした凜華だったが、ふと科学的な妙案が脳裏に閃いた。

「……光る幽霊。そうだ。麗妃さま、これを使えばいけるかも」

「えっ? 幽霊を使って泥棒を呪い殺すの?」

「違いますよ。『ウミホタルの粉』を使って、泥棒に科学的なマーキングを施せばいいんです」


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