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ワーホリ後宮薬師は変人皇帝に溺愛されたくない   作者: kiyoaki
第一部 後宮医案・宸眷薬師の誕生

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第90話 太医たちとの勝負がてらドラゲンドルフ試薬を作っちゃおう<七>

「遥よ、些末なことは気にするな。初めて薬師房へ来たのだ。小娘に花を持たせてやるのも一興ではないか」

「花を持たせた……?」

「そうだ。あの女が使ったドラゲンドルフ試薬とやらも、ヒスタミン・ショックという奇妙な理屈も、正直なところよくわからん。だが、蟹による食中毒をより詳しく説明したものなのだろう。但娘の報告にあった通り、敏腕なのは確かだ」

 周但娘は周関の姪である。何かの役に立つかと、但娘を後宮に送り込んでおいたのは正解だった。但娘は凜華が持つ知識についても正確な情報を伝えてくる。息子たちよりも優秀なくらいだ。

「確かに博識なのは認めますが……」

「個々の見解は問題ではない。結果として『曹大人は毒殺ではなく事故死である』と陛下が納得された。それが重要なのだ」

「ですが、我が家の調合所までお入れになるとは。もし処方箋を見られて、盗まれたらどうするのですか」

「あの女は異国の生まれで、この国の文字の読み書きは不得手だ。見られたところで理解はできない。習熟したとしても、うちの文字の解読は不可能だ」

 周家では本家の直系にしか受け継がれない秘密の暗号文字を作成し、代々調合書を執筆していた。どの医家もそうした地道な努力を重ね、秘技・秘伝を守っている。


 周関は、窓の外に見える清心殿の金色の屋根を、ぼんやりと眺めた。

「女薬師は恐るるに足らずだが、皇帝はそうはいかない。皇帝の機嫌を取るためなら、女の腰巾着だろうとなんでもせねばな」

「父上は甘いです。父上が本気を出せば、顧医長を失脚させることだって……。医長の座を奪い返すこともできるのに」

 尚も不満そうな息子に対し、周関の眼光が鋭くなった。

「この馬鹿者。滅多なことを言うな。いいか、真実は見てもいい。聞いてもいい。だが……口に出せば災いを呼ぶ。お前は祖父のことを忘れたのか」


 父の叱責に、周遥はうっと息を詰まらせた。

 周関の父、すなわち周遥の祖父にあたる周易(しゅうい)は、十二年前まで太医長を務めていた。薬師として何十年も研鑽を積み、帝室の信頼も厚く、人々の尊敬を集めていた。

 しかし、周易は先帝が崩御したあたりで何の前触れもなく急死した。

 周遥は震える声で言った。

「お祖父さまは忠義の臣でした。先帝陛下がお隠れになった際、あちらでもお仕えすべく後を追われたと……」

「そういうことになっているだけだ」

 周関は吐き捨てるように言った。当時のことを思い出すだけでも、眩暈がするような屈辱と悲憤を覚える。

「私は知っている。父の机には、書きかけの手紙が広げられたままだった。作りかけの薬も放置されていた。数日後には地方から来る親戚と会う予定があり、弟子たちとの勉強会も控えていた。遺書も見つからなかった。健康不安もなかった。死ぬ理由のない人間が、自死などするものか」


 父は先帝に殉じたと聞かされた周関は、そんなはずはないと直感した。自死ではない、おそらくは殺されたのだと考えた。

 なんとかして真相を知りたいと思った彼は毎日宮城内を回り、父の遺体の引き渡しを求めた。父の遺体は一体どこにあるのか、死んだのはいつなのか、先帝の崩御の前なのか後なのか、それすらもわからなかった。

 朝廷は周関の求めに「清めの儀式がある」「手続きが済んでいない」と言い逃れを繰り返した。周関は各所をたらい回しにされたが、諦めずに方々に掛け合った。


 遺体がようやく戻ってきたのは、先帝の崩御から二ヶ月以上経過した後だった。

「当然、遺体は腐り落ち、ウジがわいてほぼ白骨と化していた。首を吊ったのか、毒を飲まされたのか、刺し殺されたのか。検死のしようもなかった。私は己の無力を呪いながら、亡骸を埋葬するしかなかった」

 周関の持つ茶碗に力が籠もり、ピキリと嫌な音を立てた。

「父は愚直なところがあった。私はそういうところも好きだったが、正直にものを言いすぎるきらいがあった。それが仇になったのだろう。おそらく父は『知ってはいけないこと』を知り『言ってはいけないこと』を言ってしまったのだ。何十年もお仕えし、皇帝の主治医として粉骨砕身してきたのに……先帝陛下は父をお許しにならなかった」


 周関は揺れる水面、茶に映る顔をじっと見つめた。

 太医は世襲だが、太医長は世襲ではない。薬師房の長は皇帝が任命する。

 周易亡きあと、医長に任命されたのは顧成だった。

 たまたま顧家の本家に生まれ、おべっかだけでのし上がった顧成がどうして医長になれたのか……。

 周関は、自分が医長になれなかった理由を知っている。

 顧成を医長に任命したのは、景雲の叔父であり摂政となった太原皇叔(たいげんこうしゅく)だった。皇叔は幼い皇帝に代わって(まつりごと)を行い、皇帝の名で勅令を出した。彼の命令で、外廷も内廷も大幅に人員が入れ替わったと聞く。

 皇叔は、父の死の真相を探ろうとする自分を疎んじた。だから医長にせず、権力を持たせなかった。


 周関は息子にというよりかは、自分に言い聞かせるように言った。

「皇叔は父の死の真相を知っておられただろうが、一切を明かされないまま卒された。父は自らの意志で殉死した。お前も気をつけよ。ここはそういうところだ。真実など、上の都合一つでいかようにも捻じ曲がる」

「はい……」周遥は、先ほどまでの強気が嘘のようにしゅんとした。

「小娘の知識は確かに大したものだが、いずれ己の『正しさ』によって首が絞まることにならねばよいがな」

「……」

 周遥はもはや何も言えず、項垂れるばかりである。

 その姿はまるで過去の自分を見るようで、周関はいたたまれない気分になった。


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