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ワーホリ後宮薬師は変人皇帝に溺愛されたくない   作者: kiyoaki
第一部 後宮医案・宸眷薬師の誕生

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第89話 太医たちとの勝負がてらドラゲンドルフ試薬を作っちゃおう<六>

 凜華は神妙な顔で言った。

「この食中毒を防ぐ手立ては……正直難しいと言わざるを得ない。何百人といる客全員の体質、体力の有無や食べ合わせ、食べる量をコントロールすることは不可能だしね。食中毒は、子供や老人が真っ先に犠牲になる。できることがあるとすれば、海産物は生きたまま宮城に運んで調理の直前にシメることくらいかな。輸送や管理が大変だと思うけど」

 ふむ、と話を聞いていた景雲も考える。

 輸送と管理でかかる費用が跳ね上がるくらいなら、宴の献立から海産物を外した方がいいのか。

 が、今後どうするにせよ、献立を決めるのは凜華ではないし太医たちでもない。

「そこまでお前が気にする必要はない。考えるのは官僚の仕事ゆえな」

 景雲は、じろりと顧成を睨みつけた。

「ということらしいぞ、医長。毒殺ではなく事故という話だが、何か言いたいことがあるなら申せ」

「くそっ、詭弁だ。ヒスタミン? タンニン? アレルゲン? そのような目に見えぬもののせいなどと誰が信じられるか」

 顧成は己の敗北を認めたくない一心で、顔を真っ赤にして負け惜しみを吐き捨てた。反論できない以上、その声は虚しく響くだけだった。


 少しして、顧成とは真逆の落ち着き払った声がした。

「いや、見事なものだ。この周関、凜華殿にはほとほと感服いたしました。蟹に柿に……ナスまでもがダメ押しになるとは知らなかった。己の浅識を恥じるばかりです」

 周関は深く頭を下げると、景雲に向かってにやりとどこか腹黒さを感じさせる笑みを浮かべた。

「さすがは陛下。これほどの賢い女人を傍に置かれるとは……実に人を見る目がおありになる。凜華殿は宸眷の薬師にふさわしい名医であられます。我ら太医一同、凜華殿を同じ医学の道を歩む『同僚』として、謹んで歓迎いたしましょう」

「ほう。次長がそこまで言うか」

 景雲は、顧成の無様な姿と周関の見事な手のひら返しに、愉快そうに口角を上げた。

 凜華が評価されることは、己への賞賛に等しい。世辞とわかっていても、まんざらでもない気分だった。


「よくやったな、凜華。次席がこう言っておるのだ。お前の勝ちだ」

「うん、勝ち負けはどうでもいいけど。薬師と認めてもらえてよかったよ」凜華も無邪気に笑う。これだけ見れば年相応のあどけない娘だ。

 喜ぶ凜華を見た皇帝の表情がやわらぐのを、周関は見逃さなかった。気難しく神経質な皇帝がこんな顔を見せるだけで、とんでもない奇跡を目撃したような気分になる。聞きしにまさる溺愛ぶりである。凜華をもてなせば、皇帝の心象はさらによくなるだろう。


 周関は、彼にしては珍しい満面の笑みを浮かべた。

「折角いらしたのです。凜華殿もここを見ていかれるといい。私が一階を案内しましょう。周家の調合所や倉庫もお見せしますよ。秘伝の開示はできませんが、ここにはありとあらゆる生薬や素材が集まっています。それなりに面白いものがあるかと」

「本当に? 見る見る見ます、見学します。うわ~来てよかった」

 凜華は飛び上がって喜び、早速にも卓上の片づけを始めた。

 先頭に立った周関の案内で、皇帝と凜華が引き上げてゆく。後を周家の一門がぞろぞろとついてゆく。

 残された顧成と顧家の者たちは、彼らの意気揚々とした背中を見送りながら複雑な溜息をつくしかなかった。



 一刻後。

 凜華は一階の帳場や調合所を見て回り、さらに倉庫で注文しようと思っていた生薬や資材を受け取って上機嫌で帰っていった。

 愛妾の笑顔に気をよくした皇帝からも、金一封の褒美が下されることになった。皇帝一行を見送ると、周家の薬師たちはホッと胸を撫でおろし、口々に褒美を喜んだ。

 案内を終えた周関は、弟子たちと共に二階に戻って来た。

 顧成とその一門はすっかり消沈し、顧家の詰め所に引き籠ったようである。


 そして周関の研究室。

 人払いがされるや否や、薬師の周遥(しゅうよう)はひどく不満そうな顔で父親に詰め寄った

「……父上。父上の言っておられたことが正しかったではありませんか」

 周関は、最初から曹大人の死は「食材の食い合わせによる中毒死」であると主張していた。

 だが、顧成に否定され、さらには同じ見立てである凜華に手柄を奪われてしまった。周遥はそのことが悔しくてたまらない。父の手前、黙ってつき従ったものの、一階を案内している最中も憤懣やるかたなく、顔は終始強張ったままだった。

 弟子たちに「若さま、そんな顔をされてはいけません」とたしなめられたくらいである。


「最初に蟹と柿の食い合わせを指摘したのは父上です。あの女は、父上の見解をなぞっただけです。なのに父上に勝ったなど……笑止千万。周家はけして敗北してはおりません。なぜそのことをもっと陛下に主張されなかったのです」

 若者の抗議に対し、周関は香草となつめを煮出した茶をゆっくりと啜った。

 そして、それまで浮かべていた温厚な表情を消し、老練な凄みのある笑みを浮かべた。


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