第84話 太医たちとの勝負がてらドラゲンドルフ試薬を作っちゃおう<一>
さて、ナス科の植物といえば、茄子やトマト、ジャガイモといった我々の食卓を彩る美味なる野菜の宝庫であると同時に、ベラドンナやマンドレイクといった致死性の猛毒植物を多数輩出する実に業の深い一族である。
権力者は食事に毒を盛られることを恐れ、銀の箸だの毒見役だのと涙ぐましい防衛策を講じてきたわけだが、実はそれが何の意味もなさないケースもある。
複数の無害な食材や個人の体質が「胃袋」という見えない密室において、悪魔的な化学反応を起こすことがあるからである。
その夜、宮中の広間においては、近隣国からの使節団を慰労するための特別な宴が開かれていた。
天井からは真紅と金の燈籠が吊るされ、昼間のように明るい広間には、楽士たちが奏でる胡弓や琵琶の華やかな調べが響き渡っている。
皇帝・景雲が上座から見下ろす中、居並ぶ高官たちの前には、宮廷の料理人たちが腕によりをかけた山海珍味の数々が次から次へと運ばれてくる。
子羊の蜜焼き、鱶鰭と卵の極上のスープ、遠方から氷漬けで運ばれてきた魚の姿蒸し。色とりどりの珍しい果物の盛り合わせ。高官たちは酒を酌み交わし、大いに笑い、そして食った。
その中に老齢の官僚がいた。名を曹大人という。
彼は大変な美食家であり、とりわけ秋から冬にかけての身の締まった「蟹」をこよなく愛していた。この日の宴でも、彼は大皿に盛られた見事な蒸し蟹を前に関節をポキポキと鳴らし、濃厚でねっとりとした黄金色の「蟹味噌」をチュウチュウと啜っては至福の吐息を漏らしていた。
「やはりこの季節の蟹味噌は格別ですな。酒が進んで困るわい」
上機嫌の曹大人は、箸休めにと置かれた美しい朱色の「柿」をいくつも平らげた。よく熟した柿の甘みが、蟹の濃厚な旨味の後はさっぱりとして心地よかったのである。
宴もたけなわとなり、豪華すぎる料理に少しばかり胃がもたれ始めた頃合いを見計らって、厨房からとある一品が運ばれてきた。これまでの絢爛豪華な料理とは打って変わった素朴な一皿であった。
「ナスなどの野菜を良質な植物油と塩、西方の希少な黒胡椒でサッと炒めただけの野菜炒め」である。
強火で手早く炒められたナスは、油をたっぷりと吸って艶やかに光り、胡椒のスパイシーな香りが満腹に近い高官たちの食欲を再び刺激した。
「ほう。このような簡素な品を挟んでくるとは、大膳の料理長も粋なことよ。よほど素材がいいに違いない」
曹大人は嬉しそうに頷き、箸を伸ばして熱々のナスを一切れ、また一切れと口に運んだ。
「うむ、美味い。油のコクと塩気、胡椒の香りが茄子の甘みを引き立てておる。やはり、最後はこういう淡白なものが一番……」
曹大人がそう言いながら、酒を飲もうとした次の瞬間である。
「は、がぁっ……!」
突如として曹大人は叫び、両手で喉を押さえた。
「曹大人、いかがなさいました」
隣りに座っていた官僚が声をかけたが答えない。
彼の顔はみるみるうちに青ざめ、全身の筋肉が激しく痙攣し始めた。口からは蟹の泡のごとくぶくぶくと唾液を吹き出し、椅子ごと背後にひっくり返った。そのまま床の上で激しくのたうち回ったのである。
「な、なんだ。どうしたのだ」
「太医を! 早く薬師を呼べ!」
優雅な宴の空気は一瞬にして吹き飛び、広間は大騒ぎとなった。
太医たちが薬箱を抱えて駆けつけた時には、すべてが終わっていた。曹大人は床に突っ伏したまま、完全に事切れていた。
「暗殺だ。毒が盛られたに違いない」
衛兵たちが一斉に剣を抜き、広間の出入り口を封鎖する。皇帝の周囲も瞬く間に兵士で固められた。
だが、奇妙なことが一つあった。この広間には使節団を始めとして百人以上の高官がおり、皆が鍋や大皿から取りわけた料理を食べていた。景雲も毒見を経てから同じものを食べている。彼は毒見役共々なんともなかった。
口から泡を吹いて倒れ、死に至ったのはただ一人、曹大人だけだったのだ。




