第47話 セレブお茶会用の高級茶を考えるよ<下>
「凜華か。息災であったか」
「はいっ。梅妃さまこそ、見違えるように肌艶がよろしいですね。まるで剥きたてのゆで卵、いえ、白玉のようですよ」
凜華の露骨なお世辞に、梅妃は満更でもないように扇で口元を隠した。実際、その肌は内側から発光するような美しさを保っていた。
「ふふ、そちの持ってきた凜雪膏のおかげもあろう。……さて、今日そちを呼んだのは他でもない」
梅妃は居住まいを正し、少しばかり声を潜めた。
「もう少ししたら陛下は生誕日を迎えられる。外廷でも盛大な催しがあるが、後宮でも祝いの宴が開かれる。後宮の妃たちが一堂に会する大宴会じゃ。その前に、陛下への『祝いの出し物』の打ち合わせのため、この先春殿で妃たちを集めた茶会を開くことになっておる」
「ほうほう、セレブ……高貴な方々のお茶会ですか」
「うむ。そこでだ。他の妃たちをあっと言わせるような、これまでにない高雅な茶を用意してほしいのじゃ。当然、茶葉を使っただけの凡庸なものは許さぬ」
凜華は内心でゲッと思った。
茶葉だけではないゴージャスなお茶。おそらく見た目が華やかで、かつ味も良くて、変なクセがない薬膳茶になるだろうが……。材料のブレンドが大変だし、何より試作に金がかかる。
「うーん、なかなか難儀なご注文ですねえ。実は私、今は新しい白粉や口紅の研究で忙しく……」
凜華が勿体をつけて渋ると、梅妃はふっと妖艶な笑みを浮かべた。
「茶の材料費はすべてこちらが持とう。依頼を受けてくれるなら、凜雪膏を追加で。あとそちが持っているその箱の中身、新しい化粧品も一式買い上げよう。さらに茶会の席で、そちの作った白粉や紅を他の妃たちにも紹介してやってもよいぞ」
「……わおっ!」
パチンと凜華の脳内で、算盤が弾かれる音が鳴り響いた。無尽蔵の材料費。高級化粧品の買い上げ。
そして、後宮で力を持つトップインフルエンサーによる妃嬪へのダイレクトマーケティング。
「バッチリです! 万事、私におまかせください」
先ほどの渋り顔はどこへやら、凜華は九十度の美しいお辞儀を決めて即答した。
――数日後。
先春殿の、庭園が見渡せる豪奢な居間に凜華はいた。
試作品を完成させ、茶壺と、白磁の茶杯、茶の素材が乗った皿を盆に載せている。
「梅妃さま。陛下の生誕を祝うにふさわしい、特別な茶の試作品を持ってきました。その名も『龍眼長楽金花茶』です」
凜華が恭しく言うと、梅妃は怪訝そうな顔をした。皿に茶葉の緑が見えないからだ。
「茶と言いながら、茶葉がないではないか。その干からびた木の実のようなものは何じゃ?」
鷹揚に扇で指し示す。
「ふふふ。まあ、ご覧ください」
凜華は茶壺に素材を入れ、高く持ち上げた銀の湯差しから湯を勢いよく注ぎ込んだ。
次の瞬間、透明だった湯はあっという間に見事な琥珀色へと染まった。
茶壺の中で、様々な素材が踊り始める。まず、底に沈んでいた黒褐色の果肉――心身を滋養し、血を補い精神を安定させる生薬である「龍眼肉」が、湯を吸ってふっくらとし真珠のように丸く戻っていく。
さらに琥珀色の湯の中心で、小さく縮こまっていた蕾がゆっくりと黄金色の花びらを広げた。
梅妃の口から「おおっ」と感嘆の声が漏れた。
「これは……もしや神仙が住まう山の、雪の中で咲くという幻の花『瑶池氷蕊』か」
「あ、こっちじゃそういう名前なんですね。金血花で注文できたから、たぶん崑崙雪菊だろうと思ったんですけど」
崑崙雪菊は、標高三千メートルを超える過酷な環境で咲く高山植物で、不老長寿の薬として珍重される高価な花茶の原料である。深紅の芯から黄金の花びらが広がる様は、まさに小さな太陽のようだった。
さらに凜華は説明を続ける。
「そこへ、肺を潤し肌に艶を与える『百合』の欠片と、胃腸を整えて気を養う『大棗』を加え、自然で上品な甘みを引き出しています。そして極めつけは……」
広間には品高く、心が洗われるような静謐な香りが漂った。
梅妃が顔を近づけ、慎重に匂いを嗅ぐ。
「……沈香? いや、香木を燃やした匂いではないな。なんだ、この清らかな香りは」
「沈香の『葉』です。香木として焚くのではなく、厳選された沈香葉をブレンドすることで、気を鎮め、五臓を調和させる最高級のものに仕上げました」
視覚で黄金の花と琥珀の湯を愛で、嗅覚で沈香葉の高雅な香りに酔い、味覚で龍眼と大棗の優しい甘みを堪能する。
漢方医学の粋を集め、五臓を整えながらリラックス効果をもたらす、まさに贅を尽くした究極の薬膳茶であった。
白磁の茶碗に注がれた茶を、梅妃が口へ運ぶ。
……体の奥底から温かな気が巡り、何かとささくれ立ちがちな神経が解きほぐされていく。
甘みはくどくなく、それでいていつまでも舌の上に幸福な余韻を残した。
「……たいしたものよ」
梅妃は息をつき、深く感嘆した。
「見た目の華やかさ、香りの高雅さ、この深い味わい。まさに陛下の生誕を祝う宴の打ち合わせにふさわしい。凜華よ、これならば茶会を主催する私の顔も大いに立つというものじゃ」
梅妃の賞賛に、凜華は「よっしゃ!」と心の中でガッツポーズを決めた。
この調子で美意識の高いセレブ客を、ゲットしてゆきたい。口コミで高級化粧品や日用品を売りまくって、研究費に当てるのだ。
金花茶の香りが漂う後宮の昼下がり。
梅妃は他の妃への牽制と自分の立場が上がることに満足し、凜華はこれから懐に転がり込むであろう、とらぬ狸のなんとやら……に夢中になっていた。
これもまた、後宮という特異な空間が生み出した一種の錬金術の成果と言えるのかもしれない。




