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ワーホリ後宮薬師は変人皇帝に溺愛されたくない   作者: kiyoaki


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第43話 百年前から時を止めた妃の謎を解くぞ<三>

 凜華を加えた皇帝の一行は、清玲閣へとやってきた。

 地下室の前には、厳重な注連縄(しめなわ)が張られ、武装した宦官が腰を引かせながら警備していた。

「陛下、危険ですので近づいてはなりません。ここは命を吸い取る魔気で満ちております!」

 まさかの皇帝直々の視察に驚き、必死に止めようとする。


 その横からひょいと顔を出したのは、口を布のマスクで覆い、長い竹竿を持った凜華だった。

「魔気でも妖気でもなくて、おそらく『空気の澱み』だよ。今から調べるから道を開けて」

 凜華は地下室へ続く階段に足を踏み入れた。

 辺りを入念に嗅いだが、匂いはない。報告の通り、室内は無味無臭である。

 空気、酸素より重い気体なら、候補はいくつかある。

 二酸化炭素、希ガス、亜硫酸ガス、硫化水素、二酸化窒素、塩素。

「まず、刺激臭のある亜硫酸ガスや二酸化窒素、塩素は除外。あんな鼻を突く匂いがあれば誰でも気づくもの。硫化水素も腐卵臭があるし、銀細工が真っ黒に変色するはず。でも、妃の髪飾りはピカピカだった……」

 消去法ですぐに二択に絞られる。

 二酸化炭素か、あるいは希ガスか。


 凜華は、竹竿の先に火を灯した蝋燭を括り付け、ゆっくりと階段の下へ降ろしていった。火は消えない。凜華は階段を数段降りて、さらに竹竿を下げてゆく。

 ある一定のところまで下りた瞬間――。

 プツンと指で摘んだかのように火が消えた。

 凜華は竹竿を引き上げ、蝋燭に再び火を点けた。もう一度、竹竿を下げる。また同じところで火が消えた。

「床上、四十センチというところね」


 凜華は手燭に切り替えると、階段をすたすたと降りて行った。

 入口付近に立ったままの景雲に振り向くと呼びかけた。

「降りて来ても大丈夫だよ。火を持ってきて」

 景雲や役人たちが、灯りを持ってぞろぞろと降りて来た。

 室内がパッと明るくなる。どこを見ても、何の変哲もない石造りの部屋だった。ここに百年死体が置かれていたとは思えない。

「……何もないではないか」景雲が室内を見回しながら言う。

「だからこそよ。見えないから怖いの。座っても大丈夫だけど、寝っ転がったり膝より下の位置に頭を近づけたりはしないで」

「膝下に毒の気が溜まっているのだな」

「そう。逆に火が消える位置がわかっていれば、どうってことない」

 凜華は床に幾つも走るひび割れに気がついた。膝をつき、ひび割れを丹念に調べ始めた。

「ひびの近くの石を削って。上を向いたままでやってね」

 と指示すると、役人たちが(のみ)と金槌を持ってきて床の石を削った。削った石の欠片を幾つか拾って回収すると、凜華たちは地下室を出た。


 安全な一階に戻ると、凜華は現場の状況を冷静に分析し始めた。

「按ずるに……うん、真実まであと少し」

 凜華は頷くと、景雲に向き直った。

「陛下、これからここでちょっとした実験をしたいんだけど。陛下が使っている瑠璃圷、青いグラスを貸して欲しい。あと火鉢と、燃えにくい陶器の欠片も」

「瑠璃圷を? それは構わんが」

 景雲は李元に、瑠璃圷と陶器の欠片を持ってくるよう命じた。炭火の入った火鉢も持ってこさせた。


 古びた楼閣の一室、炭火が赤々と爆ぜる音だけが響いている。

 凜華は卓の前に座り、地下室の床から採取した桃色の混じった岩石――長石を、乳鉢で丹念に砕いた。細かな粉末にすると、硫酸を数滴垂らした。

 ツンとした刺激臭に、傍らで見守っていた景雲が鼻を押さえる。

「凜華、この石が地下室の毒気の正体を暴くのか?」

「うん。鉱石は沈黙の塊じゃないよ。数万年、数億年という時をかけて、目に見えない気を吐き出しているの。……陛下、瑠璃圷を持って」

 凜華は、景雲に瑠璃圷を持たせた。

 硫酸で湿らせてペースト状にしたものを陶器の欠片の端に乗せた。陶器の欠片を箸でつまみ、炭火の最も熱い青白い炎の中に差し入れた。


 瞬間、炎は強烈な黄金色に染まる。

「ただの黄色い火ではないか」

 景雲が拍子抜けしたように呟く。凜華は落ち着いた声で返した。

「石にはナトリウムという『雑音』が混じっているのよ。これはナトリウムが出す色。だから――」

 凜華は、青色のグラスを持った景雲の背後に回り込んだ。彼の肩越しに手を伸ばして、グラスの位置を確認する。

 凜華の体温と、薬草の香りが景雲の鼻腔をくすぐった。彼の耳元に凜華は囁く。

「動かないで。……さあ、この瑠璃越しに火を見て」

 凜華が景雲の手の上に自分の手を重ね、グラスを固定する。柔らかな指の接触に、景雲の心臓は不規則な音を立てた。


 彼がグラス、コバルトブルーのフィルターを通して見た世界は劇的に変化していた。

 強烈な黄色は完全に消え去り、そこには見たこともないほど儚く、気高い淡紫色(たんししょく)の炎がゆらめいていた。

「……紫か」

「うん。これでわかった。地下室は(こう)を含んだ石でできている」

「鉀?」

加里(かり)。カリウムのこと。これはカリウムの炎色反応。菫色(すみれいろ)はカリウムだけが持つ色。青いものを通して見ると、ナトリウムが持つ黄色を消してくれるの」

 景雲は、炎と背中に感じる凜華の温もりのどちらに当てられたのかわからないまま喉を鳴らした。

「……お前の語る(ことわり)はよくわからんが」

 目の前の炎は美しい、と思った。

 


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