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宸眷薬師の異世界調剤事件簿 ~ワーホリ後宮薬師は変人皇帝に溺愛されたくない~   作者: kiyoaki
第二部 広がる世界、複雑化する事件

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第189話 五石散三重奏殺人事件<五>

 凜華は三つの遺体の前に立ち、謎解きのタクトを振るうように手を広げた。

「これは現時点での仮説だからね」

 と前置きした上で、自説を披露する。

「まずは温侍郎。彼の死因は凍死で間違いない。どうして彼が自ら服を脱ぎ捨てて氷室の中で死んでいたのか……その詳しい理由は、あとで現場に行ってから解説するね」


 凜華は次に、厳海全の遺体を指差した。

「次に厳総管。彼はおそらく、五石散のルールである『冷服』や『行散』を知らなかったか、あるいは寒さに耐えきれずに自室の暖かい寝台に潜り込んで寝てしまった。逃げ場を失った薬の異常発熱で体温が致死ラインを突破したのに加え、薬に含まれる雄黄(ヒ素)の強烈な腐食作用によって、胃や食道の粘膜と血管がズタズタに破壊されたの。その結果、激しい消化管出血を起こしておびただしい血を吐いて絶命した。典型的な急性中毒死よ」


 そして、庭園で刺殺された鄧飛虎だが……。

「武官である鄧副統領。彼は五石散の作用を知っていた可能性がある。なので、熱を逃がすために真冬の深夜の庭園で、薄着のままひたすら歩き回る『行散』を行っていた。しかし、薬による幻覚と疲労で意識は朦朧としていたはず。犯人は、鄧副統領が熱を冷ますために一人で歩き回ることを予期し、暗闇の中で待ち伏せていた。そして、抵抗できない状態の彼を刃物で刺し殺した」


 凜華の説明が終わると、安置所は水を打ったように静まり返った。

 三つの異なる死因。三つの異なる場所。

 三人ともに五石散を盛ったなら、犯行は一人でも可能である。

 宴の席で三人に五石散を摂取させ、あとは「真冬の寒さ」という環境と「薬の作用」に委ねればいい。

 被害者の行動を、薬物動態学と環境要因でコントロールした悪魔のような自動誘導殺人システムである。


「……なるほどな」

 沈黙を破ったのは、景雲の低く感心したような声だった。

「剣を振るわず、毒を盛る手間すら最小限にして、人間の生理的な欲求そのものを殺しの刃にすり替えたか。実に見事な手口だ。恐るべき知恵の使い道と言わざるを得ない」

「感心している場合じゃないよ、陛下。医学の知識をこんな悪趣味な殺人に使うなんて。薬師への冒涜だわ」

 凜華はムスッとして言った。


「つまり、犯人は五石散の恐るべき効能と致死の条件を熟知しており、なおかつ三人の被害者の性格や行動パターンを把握していた人物ということになるね」

「誰なのだ」

「まだわからない」凜華はゆるゆると首を振った。

「とにかく、密室になっている第一現場の氷室へ行こう」

 凜華の一言に景雲は立ち上がった。

 一行は、外廷の厨房裏にある氷室へ向かった。


 宮中の裏手、鬱蒼とした木々に囲まれた北側の斜面に、その現場である第一の密室「氷室」はあった。

 分厚い樫の木で作られた重厚な扉の前には、すでに兵士たちや、移動してきた高官たちが寒さに震えながら立っている。


「気味の悪い光景だな」

 景雲は、氷室の中を覗き込みながら言った。

 分厚い扉の奥、ひんやりとした冷気が渦巻く薄暗い空間の中で、温世傑はうずたかく積まれた氷のブロックに抱きつくような姿勢で凍死していた。

 彼の遺体は一糸まとわぬ全裸であり、周囲の氷にはもがき苦しんだような手の跡がいくつも残されている。


「安置所では詳しく言わなかったけど、これは温侍郎が自らの意志でここへ入り、服を脱ぎ捨てた結果だよ」

 凜華は、温世傑の衣服が氷室の入り口付近に乱雑に散らばっているのを指差した。

「あの毒――五石散を致死量すれすれまで摂取させられた温侍郎は、宴の途中で全身の血液が沸騰するような異常な熱感に襲われた。彼は猛烈な熱から逃れるため、宮中で最も冷たい場所であるこの氷室へ駆け込んだの」

「だが、いくら暑いとはいえ真冬の氷室で全裸になるものか?」

「低体温症の末期症状とは違う。彼の身体は、薬のせいで物理的に内側から焼け焦げるほど熱かったのよ。皮膚の熱を少しでも冷まそうと、自ら衣服を脱ぎ捨てて氷の塊に抱きついた。そして急激な温度変化で心臓が寒冷ショックを起こし、あっという間に心停止に至った。そのまま放置されて身体が凍りついたというわけ。犯人は手を下すまでもなく、温侍郎の生理的欲求を利用して彼を死の冷凍庫へ誘導したの」


 凜華の解説に、周囲の高官たちは悲鳴を上げた。

 体内から焼き尽くされるような苦しみの中、一時の涼を求めて自ら氷にすがりつき、そのまま絶命する。なんと残酷で、怜悧な方法なのか。


「温侍郎がここへ来て全裸になった理由はわかった。だが、凜華よ。密室はどうやって作った」

 景雲は、氷室の扉を顎でしゃくった。

「この氷室の扉には、内側からしか掛けられない頑丈な木の閂(かんぬき)がついている。そして彼が発見された時、その閂はしっかりと下りていた。温世傑が自分で鍵をかけたというのか」


 この事件が単なる中毒死ではなく、巧妙な暗殺事件として扱われている最大の理由が密室である。

 扉の構造上、外側から物理的に閂を掛けることは不可能だ。温世傑を残して、犯人はどうやって外へ出たのか。


「簡単だよ。氷室の場合、密室は簡単に作れる」

 凜華は薬箱の中から龍牙筒を取り出すと、氷室の扉に張り付いた。

 わずかな隙間に龍牙筒の極細針を差し込み、ピストンを引いてシュポシュポと内部の残留物を吸引し始めた。

 官僚たちは、奇妙な器具を操る凜華を、気味の悪い呪術でも見るように遠巻きに眺めている。


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