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宸眷薬師の異世界調剤事件簿 ~ワーホリ後宮薬師は変人皇帝に溺愛されたくない~   作者: kiyoaki
第二部 広がる世界、複雑化する事件

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第187話 五石散三重奏殺人事件<三>

「おわかりでしょうか、陛下」

 高官の一人が、身振り手振りを交えて進み出た。

「皓妃さまにも、宋薬師にも、裴尚書にも、薛侍郎にも、阿星にも、韓女官にも、単独で三人を殺害することは不可能です。しかし、裏を返せばこれだけ多くの人間が彼らを恨んでいたという証左。つまり、これは単独犯の仕業ではありません」

「そうだ。これは宮中内部に巣食う、大規模な反乱組織による組織的共謀に違いない」

「宋薬師が毒を用意し、韓女官がそれを盛り、裴尚書が氷室の鍵を開け、薛侍郎が警備の目を盗んで鄧将軍を刺し殺したのだ。あるいは、外部の暗殺者集団を手引きしたのかもしれん」


 そこで裴元徽が、それまでの冷静さをかなぐり捨て、顔を真っ赤にして怒鳴った。

「ふざけるな。私を巻き込む気か! 大体、温世傑が死んで最も得をするのは、次期戸部侍郎の座を狙っているお前たち派閥ではないか。いつも彼と税収の配分で揉めていたのを忘れたとは言わせんぞ。暗殺組織を雇って彼を消したのは貴様たちの方だろう」

「失礼な。根も葉もない言いがかりだ。陛下、裴尚書は自らの罪を糊塗(こと)するために私を陥れようとしております」

「陥れるだと? 厳総管が死んで内務府の利権が浮いた途端、後釜に身内をねじ込もうとそわそわし始めているのはどこのどいつだ」


 今度は兵部侍郎の薛凌宇が太鼓腹を揺らし、額に青筋を立てて吠えた。

「わかっているぞ。鄧が死んだのをいいことに、宮城守備隊の指揮権を兵部から奪い取ろうと画策しているのだろう。私を犯人に仕立て上げ、軍の要職から引きずり下ろす算段だろう!」

「ええい、見苦しいぞ。貴様らこそ徒党を組み、三人同時に暗殺するという暴挙で朝廷を牛耳ろうとしているのではないか」

「貴様こそ、この機に乗じて我が派閥を潰そうという腹よ」

「黙りおれ。陛下の御前であるぞ」


 大広間は、たちまち責任の押し付け合い、もとい壮大な複数犯説をがなり立てる場と化した。

 死んだ三人の高官の席は、権力と富の源泉である。

 重要なポストが、突然三つも空いたのだ。

 官僚たちの腹の中は、同僚の死を悼むどころか、「誰を共犯者に仕立て上げて失脚させ、自分たちの息のかかった者を後釜に据えるか」という欲望で煮えたぎっていた。


 一人で三人殺すのは不可能だ。

 だから、あいつもこいつも共犯に違いない。そうすれば辻褄が合う。いや、辻褄を合わせるために、巨大な反乱組織の存在をでっち上げてしまえ。そうすれば、個人の責任は有耶無耶になり、粛清という名目で政敵を一網打尽にできる。

 互いにいがみ合いながらも、彼らは「複数犯による計画的暗殺」という落としどころに向かって、結託し始めている。


 玉座の景雲は、この醜悪な心理戦を、出来の悪い喜劇を観るかのように苦い顔で眺めていた。

 壁際に立つ凜華の頭の中は、彼らとはまったく別の方向に回転していた。

 凜華は、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を繰り広げる高官たちを冷めた目で見つめた。

 科学と医療のロジックに生きる彼女からすると、この「複数犯による組織的暗殺説」は、矛盾を抱えすぎているように思えた。

 エンターテイメント性を追求する愉快犯の仕業ならいざ知らず、政治的な暗殺としては非効率で無駄が多すぎる。


 中でも凜華が引っかかっているのは、第一の被害者である温世傑の「全裸での凍死」だった。

 裴尚書は「誰かが死体を転がした」と言っていたが、凜華が李元に事前に聞いた限りでは、温世傑の遺体には他人と争った形跡や、引きずられたような外傷はなかったという。

 つまり、温世傑は「自らの意志で氷室に向かい、自ら服を脱いだ」可能性が高い。

 しかし、温世傑が宴の席から抜け出して氷室に向かったのは、まだ彼が凍える前のはずである。

 暖かい宴会場から、わざわざ極寒の氷室へ向かい、自ら服を脱ぎ冷水をかぶった。

 それは彼が氷室に入る前から、すでに「身体が熱くてたまらない」状態にあったことを意味している。


 内務府総管の厳海全は、血を吐いて即死。

 これも何らかの薬理作用で内臓の毛細血管が限界を超えて膨張し、一気に破裂したとすれば辻褄が合う。

 そして、刺殺された鄧飛虎。彼だけは物理的な外傷で死んだように見える。だが、本当に刺し傷が死因だったのか。


「……陛下」

 喧騒の中、凜華の声が広間に響いた。

 言い争っていた高官たちが、一斉に口を閉ざして彼女を振り返った。

 突然出てきた薬師に顔をしかめ、露骨に舌打ちする者もいる。

 皇帝に呼ばれ、のこのこと外廷にやってきた後宮住まいの侍妾兼薬師。

 現代に例えるなら、社長が重要な会議に愛人を連れ込んでイチャつくような常識外れの事態である。

 官僚たちからすれば、ふざけんな大会の優勝事案であったが、表立って皇帝を非難するわけにもいかず、忌々し気に凜華を睨むばかりだった。


 景雲は凜華を見やり、あごをしゃくってみせた。

「申してみよ、凜華。ここにいる者たちは、自分たちの作り上げた陰謀の物語にすっかり酔いしれているようだ。お前の理屈っぽい頭と目には、違うものが見えているのではないか」

「ええ、たぶん身も蓋もない真実がありそうです」

 凜華は外套を翻し、六人の重要参考人と高官たちの前へ歩み出た。

「皆さんの想像力は大変豊かですが、暗殺者というのは効率を重要視するんじゃないかな。この事件は、もっと物理的で、薬理学的で……そうだなあ、言うなれば『薬の飲み方を間違えた』種類の自滅の連鎖な気がします」

「な、なんだと。自滅だと?」

 高官の一人が目を剥いた。

「私に遺体を直接検分させてください。特に、皮膚の状態と衣類の残留物を。そうすれば、彼らが昨夜の宴で何を口にし、なぜ氷室で服を脱ぎ、なぜ血を吐いたのかわかるかもしれません」

 凜華の瞳には、未知の症例に挑むような医療者特有の鋭い光が宿っていた。


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