第150話 薬用炭の炉作りと墨マニアの狐憑きの女<二>
燃焼室へと強制的に送り込まれた大量の空気と、煙突効果による猛烈な上昇気流が組み合わさり、窯の中の薪はすさまじい勢いで燃え上がった。
ゴオオオオオッという、地鳴りのような轟音が窯の中から聞こえてくる。
「すごい勢い。熱い、熱すぎます!」
離れて様子を見守っていた寿寿が、あまりの熱気に耐えきれずに後退りした。凜華もまた顔を煤だらけにし、滝のような汗を流しながら、窯の覗き窓から中の様子を食い入るように見つめていた。
「……来る。火の色が赤から黄色、そして『白』に変わっていく!」
炎の温度は、その色で判別できる。赤は低く、黄色から白みを帯びてくれば、それは間違いなく摂氏八〇〇度から一〇〇〇度以上の超高温に達している証拠であった。
「やった。これなら、完璧な炭化ができる!」
凜華は歓喜したが、同時に膝から崩れ落ちそうになった。
炎の放射熱は凄まじく、少し近づいただけでも皮膚が焼けそうになり、体内の水分がごっそりと奪われていく。疲労と熱気で、彼女の体力はすでに限界に達していた。
「おいおい、ひよっこ薬師。お前さんは離れて休んでな」
ふらつく凜華の背中を、ひょいと支えたのは範であった。
この老陶工は、凜華たちが熱気で息も絶え絶えになってても、平然とした顔で窯の前に立ち、腕を組んで見つめている。長年、窯の前に立ち続けてきた職人の身体は熱に対する耐性が常人とは根本的に異なっている。
「ここから先の火の加減は、ワシら職人の領域だ。お前さんの欲しがってる『極上の炭』、この範が責任を持って焼き上げてやる。安心せい」
「範さん、ありがとうございます!」
頼もしすぎる言葉に、凜華は深く頭を下げた。
ここからの長丁場、炭焼きの火の番は範とその弟子たちが交代で受け持ってくれることとなった。弟子だけでは足りず、さらに助っ人が何人も呼ばれる。
凜華も少し休んでは裏庭へ足を運び、彼らに冷たい麦茶や塩気の効いた軽食を差し入れながら、自らも汗だくになってふいごを引き、職人たちと共に炎と格闘した。
「いいか、お前さん。炭を焼くってのはな、ただ木を燃やすのとは違う。木の魂を抜き取り、火の力を黒い殻の中に閉じ込める儀式なんだ」
炎の照り返しで顔を赤く染めながら、範が語る。
「ええ、わかっています」
凜華はふいごを引きながら、力強く頷いた。
「でも、私が作るのはただの炭じゃない。ここからさらに魔法をかける」
凜華の視線の先には、窯の横に用意された大量の水と、特殊な塩などの薬品があった。
「焼き上がった炭を、さらに高温の『水蒸気』にさらすか特定の薬品を混ぜて焼き上げる。そうすることで、炭の内部まで深く水蒸気が入り込み、中の炭素がガス化して抜け落ちる。そうすると顕微鏡でしか見えないような『ナノレベルの極小の穴』が内側に無数に開くんです」
「な、なのれべる……?」
「つまり目に見えないスポンジ……海綿のようになるってことです。その無数の穴が、人間の体内に入った毒素や水の中の不純物を強力な磁石のように吸着して離さない。……それが私の求める薬用炭」
凜華の熱のこもった解説に、範は目を丸くし、やがて腹の底から愉快そうに笑った。
「カッハッハ! 毒を吸い取る海綿とは恐れ入った。土をこねて器を作るワシらとはまた違うが、お前さんも立派な職人の目をしておる」
白く輝く業火を見つめながら、凜華の胸はこれから生み出されるであろう黒き万能薬への期待で大きく膨んでいた。
皇帝のバックアップと、卓越した技術を持つ職人たち。そして、凜華の持つ知識。それらがかまどの中で一つに融合し、医療の歴史を塗り替える新たな武器が産声を上げようとしている。
すっかり陽が落ち、深い夜の闇と静寂に包まれる時刻となった。範たちから「あとは任せて休め」と言われた凜華だったが、世紀の実験からどうしても目を離すことができず結局夜になっても窯の前に残り続けていた。
壺天閣の裏庭は昼間のように明るく、煌々と赤黒い光に照らされ、異様な熱気を放っている。
地底の鬼がうめくような轟音を立てて燃え盛るかまどの前で、凜華は職人たちの交代の合間に、体重をかけるようにして巨大なふいごの取っ手を押し引きした。
送り込まれる空気に呼応して、かまどの中の火はさらに白さを増し、熱波が容赦なく吹きつける。
「凜華さん、皆さん。少し休憩にしてください。お茶と塩気の効いたおやつをお持ちしました」
そこへお盆に冷たい麦茶と、塩を強めに利かせた焼き菓子を乗せて寿寿がやってきた。彼女もまた熱気にあてられて額に大粒の汗を浮かべている。
「ふうっ……ありがとう。助かるわ」
凜華はふいごから手を離し、手ぬぐいで顔の汗を拭うと、差し出された冷たいお茶を一気に飲み干した。喉を潤す水分が疲労した体に染み渡っていく。真冬のサウナといえば聞こえがいいが、とんでもない重労働である。
「私もやります」
寿寿がふいごを引き始めると、それまでかまどの脇で黙々と火の加減を見守っていた範が、石の腰掛けにどっこいしょと腰を下ろした。
燃え盛る炎が、老宦官の深く刻まれた顔のシワと落ち窪んだ明るく照らし出す。
「気になって仕方ないのだろうが無理はするな。筋肉痛で立てなくなるぞ」
「うん、そんな気がする……」
凜華がすでにバキバキになった腕を見ながら言った。
湿布を用意して使うつもりでいる。多めに作って職人たちにも配る。
「炭焼きは冬山に籠もってする男の仕事と決まっとる。女のやることじゃない。ワシの窯は都の郊外にあるんだが、娘を連れていっても窯には近寄らせんかった」
「範さんには娘さんがいるんだ」
「……ああ。お前さんたちよりはだいぶいい歳だがな」
範の表情が和らぐ。彼はどこか嬉しそうに言った。
「彌という名の養女でな。ワシの親友の孫だったんだが、親友が死の床についた時『自分が死んだらこの子は路頭に迷ってしまう。助けてくれ』と泣きつかれてな。子供を置いては死んでも死にきれん。友への手向けとして、ワシが引き取って養女にしたのさ」




