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宸眷薬師の異世界調剤事件簿 ~ワーホリ後宮薬師は変人皇帝に溺愛されたくない~   作者: kiyoaki
第二部 広がる世界、複雑化する事件

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第149話 薬用炭の炉作りと墨マニアの狐憑きの女<一>

 さて、古代エジプトの医学書たるパピルスには、悪臭を放つ傷口の治療に炭を用いたという記録がある。医学の父ヒポクラテスも様々な病に炭の処方を推奨していたように、炭を使った治療の歴史は古い。

 しかし、その万能の黒スポンジをこの世に生み出す工程は、灼熱地獄に相対する厳しい肉体労働でしかない。

 炭をさらに高温で焼き上げ、目に見えない無数の穴を開けた「薬用炭(活性炭)」を作るとなれば、それはもう単なる炭焼きの延長ではなく、業火を操る大がかりな土木工事になる。

 薬師というよりは、鍛冶屋か陶芸家の領域に足を踏み入れることになるのである。


 事の始まりは、皇帝・景雲が壺天閣の裏庭において、凜華が熱望していた「かまど建設」の許可と予算がついに(おそらくは「お前が妃になれば……」という未練がましい思惑と共に)下りたことであった。

 許可と金が出るのなら、凜華の行動は早い。

 さっそく宮廷の人足を集め、裏庭の木々を男たちに切り倒させた。十分な日照と風通し、大がかりな窯を築くためのスペースを確保した。


 しかし、いざ整地が終わってみると、凜華は自らのスキルの限界に直面した。

 彼女が作りたいのは、通常の炭を焼くための窯ではない。

 木材を炭化させ、さらに賦活(ふかつ)処理を行うためには、内部の温度を最低でも摂氏八〇〇度から一〇〇〇度という高温にまで引き上げ、かつ長時間維持できる特殊な耐火構造が必要なのである。素人が泥遊びで作ったかまどなど、八〇〇度に達する前にひび割れて崩壊してしまう。


「……というわけで絃楠さん。誰か、火と土の扱いに長けた超一流の窯作りの職人を知らない?」

 凜華は、いつものように神出鬼没に現れた絃楠を捕まえ、藁にもすがる思いで相談を持ちかけた。

 すると絃楠は、涼やかな顔で「心当たりならありますよ」と言い、翌日には小柄ながらも身体つきのがっしりした老人を壺天閣に連れてきた。


「ご紹介します。陶磁器を焼かせれば後宮に並ぶ者なしと言われる範(はん)殿です」

 現れたのは、深いシワの刻まれた顔に鋭い眼光を宿したいかにも気難しそうな爺さんだった。

 彼は数々の見事な白磁や青磁を焼き上げ、皇帝に献上してきた人間国宝クラスの超一流の陶芸家である。長楽殿には、範が焼いたこの世に二つとない美しく精緻な皿や器が飾られている。

 ちなみに範は宦官で、尚方監ではなく皇帝の身の回りの調度品、美術品、宝飾品、最高級の磁器などの製造・調達・管理を行う「御用監(ぎょようかん)」の所属である。


 そんな凄腕の職人が、なぜ一介の薬師の庭のかまど作りにノコノコとやってきたのか。

「……おい、お前さんはここで『極上の炭』を焼くそうだな」

 範は枯れ枝のような指で凜華を指差し、しわがれた声で言った。

「陶芸において火は命。絃楠の顔を立ててやったが、炭ごときを焼くのにワシを呼び出すとはいい度胸じゃないか」

 どこか不満げな範に対し、凜華はニヤリと笑った。

「ただの炭焼き窯と思ったら大間違いよ。私が作ろうとしているのは、八〇〇度以上の超高温を叩き出す『未来仕様の窯』だから。範さん、この窯の構造はあなたの陶芸にも応用が効く。……と言ったら手伝ってくれる?」

 その言葉に、気難しい老職人の目の色が変わった。

 未知のかまどに対する「職人の好奇心と欲」に火がついたのだ。


「……よかろう。未知の技には興味があるでな。出来上がった炭を寄こすなら手伝ってやろう」

「それは全然オッケー。薬用炭の第一号は陛下に献上しなくちゃいけないし。交渉成立ね! 範さん、よろしくお願いします!」

 凜華は満面の笑みで老人の手を取ると、さっそく裏庭に出た。

 地面にさらさらと図面を引いて熱弁をふるう。

「範さん。この窯は二層構造にします。下で薪をガンガン燃やす『燃焼室』と、炭の材料を閉じ込める『炭化・賦活室』を分けるんです」

「ほう? 直接火に当てんのか」

「炭に直接空気が触れると、激しく燃えて灰になっちゃうので。八〇〇度から一〇〇〇度の超高温を出すために、まずは熱を絶対に外へ逃がさない『断熱構造』にします。内側には耐火性の高い煉瓦を隙間なく積み上げて、その外側を分厚い粘土の層で何重にも覆ってください」

「ふむ。熱を逃がさぬ分厚い土の壁だな。造作もない」

「それから、ここが一番重要です。窯の奥には、細く長い『煙突』を垂直に立ててください。温められた空気が急激に上昇する『煙突効果(ドラフト効果)』を利用して、燃焼室の中に強烈な上昇気流を生み出します」

「下から上へ抜ける風の通り道か」

「さらに、気流だけじゃ酸素が足りません。燃焼室の入り口には、手動で空気を強制的に送り込むための巨大な『ふいご(手動送風機)』を設置して強制鼓風(きょうせいこふう)を行います。これで燃焼室の薪を一気に燃やし、凄まじい熱を隣の密閉された部屋に送り込んで、中の木材を極限まで『蒸し焼き』にするんです」


 凜華の早口な説明に対し、範は嫌な顔一つせず、むしろその目をギラギラと輝かせた。

 長年窯の火と向き合ってきた職人として、凜華の設計図が理にかなっていることを理解したのである。

「……面白い。その煙突の仕掛けと、熱を閉じ込める壁。ワシの長年の経験が、業火を生むと直感しておるわ。よし、その窯の図面はワシの次の陶芸窯にも使わせてもらうぞ」

「どうぞどうぞ! 設計図はフリー素材なんで」

 範はカッカッカと笑うと、すぐさま屈強な弟子たちを呼び寄せ、凜華の指示通りに、むしろ凜華の設計を職人の技で補強しながら、凄まじいスピードで特製炉を築き上げていったのである。


 数日後。

 壺天閣の裏庭には、煉瓦と分厚い粘土でガチガチに固められ、天に向かって細長い煙突を突き出した異形の巨大なかまどが完成した。

「さあ、火入れだよ。みんな、燃焼室のふいごを全力で引いて!」

 凜華の号令と共に、かまどの燃焼室に火が放たれる。

 男たちが筋肉を隆起させながら、巨大なふいごをリズミカルに押し引きし始めた。


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