↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宸眷薬師の異世界調剤事件簿 ~ワーホリ後宮薬師は変人皇帝に溺愛されたくない~   作者: kiyoaki
第二部 広がる世界、複雑化する事件

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
130/207

第130話 紺青の入れ墨遺言殺人事件<三>

 二人は控室の一つに足を踏み入れた。

 室内は二間続きになっており、奥にもう一つ部屋がある。

 黒床の上には荒布が敷かれ、運び込まれた郭宗の遺体が安置されていた。

「早速、検死を始めるか?」

 隆壬の問いかけに、凜華は頷いた。

「うん。でもその前に、宿老が謁見の間に向かうまでの足取りと状況を教えて」

「おうよ」と隆壬はおもむろに腕を組み、仁王立ちで郭宗を見下ろした。


「郭の旦那は、朝からこの控室に入って出番を待っていた。職人にとっちゃ、皇帝陛下への献品は一世一代の晴れ舞台だからな。正装して並々ならぬ気合いを入れて来たんだろう。待機している間にも、尚方監から使いが来たり、弟子たちが出入りしたりと人の往来はあった。途中で厨房から食事を取り寄せ、飲み物や総菜、点心などを口にしたそうだ」

 隆壬は顎で部屋の隅にある卓の上をしゃくった。そこには、食べかけの料理が残った皿や、茶壺(急須)、口をつけた形跡のある茶碗などが乱雑に置かれている。

「陽が落ちてから、ようやく出番が回ってきた。その少し前に係官が廊下を通った時、この部屋の方から人が言い争うような声を聞いたそうだ」

「争う……声ね」

「といっても、ここは元々人の出入りが激しい。刑部もそうだが、男だらけで四六時中やかましいのが常だ。係官も特に気に留めなかったらしい。郭の旦那を呼びに行き、扉越しに迎えに来た旨を伝えると、旦那はすぐに青翡翠の香炉を抱えて出てきた。そのまま謁見の間に案内され、陛下に香炉を納品しようとして……ドサリだ」

「ありがとう。状況は把握したわ」


 凜華は床に横たえられた郭宗の遺体へ歩み寄り、床に膝をついた。宿老の遺体は、清心殿で崩れ落ちた時のまま、苦悶に顔を歪めて硬直している。両目は閉じられていた。

 凜華は顔に手をかけると、親指で両のまぶたをぐいと押し上げた。

「……うん」凜華の怜悧な瞳が細められた。

「瞳孔が、異常なまでに散大(ひら)いているね。黒目が縁まで広がっている」

 続いて、顎に手をかけて強引に口を開かせ、口腔内と喉の奥を覗き込む。

「先ほど陛下は『血を吐いて倒れた』と言った。でも、胃や食道などの消化器官からの出血じゃないわ。強烈な痙攣の発作を起こした際に、自らの歯で舌を噛んだのね。それに口腔内の粘膜が唾液を失い、異常なほど乾燥しきっている」


 さらに頸部の皮膚や、全身の筋肉の弛緩、硬直の具合を丹念に診ていく。

「極度の口渇、呼吸筋の麻痺による窒息死か……。急病じゃない。これは、外部から致死量の毒物を摂取したことによる急性中毒の所見よ」

「毒か。そんな即効性のある毒が……」

「アルカロイド系の植物毒――曼陀羅華(まんだらげ)か、それに類するナス科の猛毒植物かな。その中に含まれる『アトロピン』や『スコポラミン』といった副交感神経を遮断する猛毒成分を過剰摂取させられた……? としたら、これだけの劇症を引き起こすには相当な濃度に精製されたもののはず」

「死体を見ただけで、そこまでわかるのか」

 凜華の淀みない「検視講釈」を聞いた隆壬は、無精髭を撫でながら感心したように目をみはった。

「大したもんだ。死体から事実を引き出す目が尋常じゃない。だがお嬢ちゃん、病死の線は消えたとしてこれは事故なのか殺人なのか。仮に毒殺だとして、一体どこに毒が仕込まれたんだ。俺たちも一通り調べたが、怪しい薬包の類は何も出てきちゃいないぞ」

「一番疑わしいのは経口摂取ね。とりあえず飲食物を調べるわ」


 凜華は立ち上がると、卓上に残されていた茶碗や茶杯、食べかけの胡麻点心などが乗った皿を順番に見た。

 薬箱を開け、中から「ドラゲンドルフ試薬」が入った小瓶を取り出す。

 凜華は筆に試薬をたっぷりと浸すと、郭宗が口をつけた茶杯の残りにポタリと滴下し、さらに点心や野菜料理の表面にも薄く塗り広げた。

 もし、これらの飲食物にアルカロイド系の植物毒が微量でも含まれていれば、試薬と反応して一瞬にして鮮やかな「橙赤色」の沈殿、あるいは変色反応が起こるはずであった。


 しかし、数十秒が経過しても、飲料も料理も何一つ色を変えなかった。試薬本来のうっすらとした黄色が、対象の表面を濡らしているだけである。

「……出ないわね」

 隆壬も凜華の後ろから身体を屈めて覗き込む。

「メシや茶に毒が盛られたわけじゃないってことか」

「飲み物にも、食べ物にもアルカロイド反応が出ない。ということは、別の経路と方法で毒を摂取してしまったか……盛られたということになる」


 凜華が腕を組み、深い思索の海に沈もうとしたその時だった。

 奥の部屋に続く扉が乱暴に開き、困り顔の役人が出てきた。

「捕頭、ちょっと奥に来てくれませんかね」

「どうした」

「重要参考人として留め置いている弟子たちが、中で揉めてまして」

「なんだそりゃ。死んじまったとはいえ、本人がすぐ傍にいるんだぞ。静かにしてろよ」

 隆壬はぼやきつつも、奥の部屋へと入っていった。凜華もいったん検死の手を止め、その後を追う。


 二人が奥の部屋に入った途端、耳をつんざくような怒号が響き渡った。

「おのれ由宇(ゆう)。白々しい嘘をつくな! お前が叔父上の遺言状を盗んだんだろうが」

 そこでは、二人の若い男が、数人の刑部の役人に取り囲まれた状態で、今にも掴みかからんばかりに激しく言い争っていた。

 一人はいかにも育ちが良く身なりも整っているが、神経質そうな線の細い男――亡き郭宗の甥で養子の郭誠(かくせい)である。

 そしてもう一人は、粗末な職人着を身にまとい、頑固そうな面構えをした工匠――郭宗が最も目をかけ、その神業とも呼べる技術を直々に教え込んだと言われる愛弟子の由宇であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。