第127話 皇帝に献じるゴージャスな磁気薬用安眠枕<下>
その日の夜。
長楽殿に呼ばれた凜華は、いつになくうやうやしい態度で、しかし隠しきれないドヤ顔をしながら、美しくラッピングされた包みを差し出した。
「陛下。随分と遅くなってしまったけど、私からの誕生日プレゼントです。贈り物を受け取ってください」
「ほう。お前が私に……? 明日は槍でも降るのか」
景雲は皮肉めいた笑みを浮かべつつも、満更でもない様子で包みを受け取った。
いつもなら請求書しか渡してこない色気ゼロの女が、わざわざ贈り物を用意したのだ。艶めいた雰囲気にはなりそうにないが、自分のことは大事に思っている……と信じたい。
包みを受け取った瞬間、彼は怪訝そうな顔をした。
「重いな。異様にずっしりとしている。なんだこれは」
「開けてみて」
景雲が不審げに布を剥ぐと、中から登場したのは、見事な雲錦のカバーに包まれた長方形の物体であった。中央がなだらかに窪んでおり、人間の頭部を収納するための形状をしている。
「枕……? 随分と大きいな」
「うん。『凜華式・磁気薬用安眠枕 最高級ゴージャス版』だよ。中には緑豆と蕎麦殻、それから……磁鉄鉱を細かく砕いたものを仕込んである。陛下の頭と首のツボを磁力でガンガン刺激して、血行を良くする仕組み。首までしっかりホールドできるように大きめに作ったの」
磁鉄鉱という不穏極まる単語を耳にした瞬間、景雲の顔から血の気が引いた。バサリと音を立てて、枕を取り落とした。
「お前……私を殺す気なのか?」
「は? なんで?」
本気で命の危機を感じてジリジリと後ずさる景雲に、凜華は間の抜けた声を発した。
「頭の下に磁石の塊など敷いて寝てみろ。血の巡りがどうこうの前に、吐き気と眩暈でどうにかなってしまうではないか」
どうやら景雲の脳内では、先日の事件――強烈な磁力と電流によって失神してしまったトラウマが、鮮やかにフラッシュバックしているらしい。自分の頭が、寝ている間にもぎ取られるビジョンでも見てしまったのか。
凜華は「やれやれ」と大仰な身振りでため息をついた。
「ならないよ。第一、殺すつもりならわざわざ枕なんて作らないし。そんな面倒なことはしない。無味無臭かつ即効性の毒を盛ってビシッとキメるよ」
「キメるな!」
「大丈夫だってば。ローレンツ力で倒れた人に、いきなり強力な磁鉄鉱を使ったりはしないって。枕に入っているのは微弱な磁石。人体に害はないし、なんなら私が試作品を使って安全性は確認済みだから」
「……自分で試しただと?」
「うん。ほら、これ。平民用ノーマル版。大きさと布素材は違うけど、中身のスペックは全く同じ」
そう言うと、凜華は持参した荷物からマイ枕を取り出して景雲に見せた。プレゼントしたものより小さく、カバーも無地の綿でできている。
「思いのほかいい出来だったから、私もこれを使おうと思って。つまり陛下とお揃い。ふふっ、ペアルックだね。枕だけど」
「ぺあるっく……? お揃い……」
ペアルックという未知の異国語の響きと、「凜華とお揃いの枕で寝る」というそこはかとない甘美さが、景雲の心を刺激した。
「……お前と同じ枕か。なら、まあいいか」
先程までの「殺される!」という危機感はどこへやら、景雲はチョロすぎる謎の納得を見せ、コホンと一つ咳払いをして皇帝としての威厳を取り繕った。
寝所に入ると、寝台の上に貰ったばかりの枕をセットし、そそくさと這い上がった。
「そこまで言うなら、試しに横になってやらんでもない」
景雲は、恐る恐る自らの頭を磁気枕の上へ乗せた。
頭が窪みに程よく沈み込み、内部の緑豆と蕎麦殻がザクッと心地よい音を立てた。
「どう?」
「……悪くはないな」
「磁気があなたの高ぶった神経を鎮めてくれるはずだよ」
「そうか。眠れるのはいいが……同時に怖くもある」
「なんで?」
景雲は目だけ動かして凜華を見、ひどく憂鬱そうに呟いた。
「寝ている間に、またおかしなことを口走りそうでな」
皇帝としての重圧や過去の悪夢にうなされて、変な寝言を叫ぶかもしれない。凜華の前でこれ以上情けない姿を晒したくなかった。
「そんなの今更でしょ」
凜華は思わず吹き出してしまった。
同衾ではないにしろ、これまで夜勤だの看病やらで一体何回夜を共にしてきたと思っているのか。
「あなたが寝言で何を言っても気にしないよ。誰にも言わないから安心して」
「本当か?」
「今時は個人情報の取り扱いも厳しいんだから。私にだって医療従事者としての守秘義務があるんだし」
どこの世界の話をしているのやらだが、凜華は大真面目な顔で言いきった。
「ならいいが」
「硬さはどう? 枕の高さや中身も調節できる設計だから。これから少しずつ調整していけば……」
「……」
返事はなかった。
「……えっ?」
凜華は目を疑った。
景雲の胸は規則正しく上下し、スースーと安らかな寝息を立て始めているではないか。
「……はやっ! もう寝たの?」
頭を乗せてからわずか数分。これまでになかった入眠スピードである。
ツボを的確に捉えた磁力の効果なのか、蕎麦殻の程よい硬さと冷たさがクリティカルヒットしたのか、はたまた「凜華とお揃いの枕」という安堵感が効いたのか……。
「磁気おそるべし、ね」
凜華は、熟睡してしまった皇帝の無防備な寝顔を見下ろし、呆れたように呟いた。
――そして、翌朝。
「おおっ! なんということだ!」
朝の静寂は、景雲の感動に満ちた無駄に良い声によって破られた。
床に布団を敷いてダンゴムシのように丸くなって寝ていた凜華は、ビクッと跳ね起きて目をこすった。
「んん……朝からなに? うるさ……」
「見ろ、凜華! この信じられないほどの身体の軽さを!」
「見ただけで重さなんてわからないってば」
「まるで背中に羽が生えたようだ!」
寝台の上に起き上がった景雲は、両腕をぐるぐると回しながら、少年のように目を輝かせていた。
「すごいぞ、これは。慢性的な肩こりや頭の重さがきれいさっぱり消え去っている! 目覚めがこれほどまでにすっきりとして爽快なのは生まれて初めてかもしれん!」
「朝からテンション高いな〜! 血圧どうなってんの……」
「この雲錦のくるみも最高だ。肌触りがなめらかで全く不快感がない。まさに夢見心地の極上の寝具。素晴らしい発明だ!」
「うーん、不眠が治って一気に躁状態になっちゃったか……」
元々景雲には躁鬱の気があるが、ここまで振り切れたハイテンションは久々に見た。
それにしても、景雲の口から飛び出すワードやオーバーすぎるリアクションにはどこか既視感がある。
「どこかで見たような聞いたような……?」
凜華は寝ぼけた頭を巡らせ、そこでポンと手を叩いた。
「あ〜あれだ。通販番組や、広告や雑誌の裏表紙でよく見る『愛用者の喜びの声』だ。『これを使い始めてから毎日が絶好調です!(※個人の感想です)』みたいなテンプレ文をしゃべる人、初めて見た……」
凜華は、テレビショッピングの優秀なエキストラのような完璧なレビューを述べる皇帝を生温かい目で見つめた。
「凜華、お前はやはり天才だな。この安眠枕、実に素晴らしい。私は大変満足した。今夜から、いや生涯私はこの枕を愛用することにする」
「何の番組よ。大袈裟すぎだってば……」
景雲は、まるで国宝でも扱うかのように枕を愛おしそうに撫で回し、すっかりご機嫌であった。
「凜華、材料費や製作費は出してやるゆえ、これと同じものをあと二つ作れ」
「いいけど、どうするの?」
「決まっておろう。清心殿と壺天閣にも置くのだ」
「ええっ! 清心殿はともかくとして、後宮ではここで寝てよ」
「何を言うか! 皇帝たるもの、我が別荘たる壺天閣でも闘志昂然と覚醒せねばならぬのだ」
「何と戦う気なの……。ていうか、私のラボは別荘扱いなんだ……」
それはすなわち、彼が今後も壺天閣へマイ枕付きで入り浸るという堂々たる宣言に他ならなかった。
しかし、前払いの報酬よろしくマグネタイトを大量にゲットしたからにはむげに断ることもできない。
「は〜仕方ない。頑張って内職するか……。寿寿とマニュファクチュアするしかない」
「まにゅふぁくちゅあ? なんだそれは」
「家内制手工業のこと」
皇帝の長きにわたる不眠症が完治の兆しを見せた代償として、凜華自身の安眠とプライベート空間が脅かされる日々はまだまだ続きそうである。




