第126話 皇帝に献じるゴージャスな磁気薬用安眠枕<上>
さて、絶世の美女とうたわれた古代エジプトのクレオパトラは若さと美貌を保つために天然の磁石を額に乗せて眠ったという伝説がある。現代の老若男女が首や肩の凝り解消のために磁気ネックレスを用いるように、目に見えない磁力と人体の血行促進の歴史は思いのほか古い。
とはいえ、寝具に磁石を仕込み、絶対権力者の安眠につなげようという発想は、異世界の常識からすれば狂気の沙汰である。一歩間違えれば「呪殺」や「暗殺」の嫌疑で首が飛びかねない、命がけのスリリングな開発なのだった。
後宮の片隅に構えた壺天閣。
専用ラボで日々研究に明け暮れる凜華の目下の課題は、景雲への遅ればせながらの誕生日プレゼント作りだった。
相手はこの国の最高権力者である。金銀財宝の類はうなるほど持っているし、欲しいものはなんでも手に入る。美味しいものも毎日食べている。そんな彼に一体何を贈れば喜ばれるのか。
凜華が導き出した答えは、極めて実用的かつ彼のお悩み解決に役立つもの――すなわち安眠グッズであった。
景雲は長年不眠に悩まされ、かつては深夜徘徊を繰り返していた。最近は凜華の施策でだいぶ調子がよくなってきたが、ストレスや負荷がかかるとぶり返すし、肩こりや頭痛といった不定愁訴も抱えている。マグネタイトという新たな材料を手に入れたことで、安眠用の寝具を開発し、使ってもらおうと考えたのだった。
「というわけで寿寿。今日は薬の調合じゃなくて、裁縫をお願いね」
「お裁縫ですか? はい、わかりました」
寿寿は嬉々として裁縫箱を持ってきて、針と糸を取り出した。が、凜華が研究室の机の上に広げた材料を見てポカンとした。
そこにあったのは、絹や綿の布地、綿、大量の「緑豆」と「蕎麦殻」、そして袋にぎっしりと詰まった豆粒ほどの大きさの丸くて黒い石であった。
「……あの、凜華さん。何を作るんです?」
「枕よ」
「この石はなんですか?」
「磁鉄鉱。鉄を引き寄せる天然の磁石」
凜華は、先日もらった磁鉄鉱、マグネタイトの山を外廷のあちこちに分散させて保管させた。
鉄気厳禁の旨を徹底させると一袋だけ持って尚方監へ行き、職人たちに石を砕かせた。さらに小さな破片を丸く削って研磨してもらい、均一の粒を選び抜いて持ち帰った。
「贈り物で陛下用の『磁気安眠薬枕』を作ろうと思っていて。この石を布の小袋に分けて縫い付けてほしいの」
「じ、磁石を枕に入れるんですか? そんな硬いものを頭の下に敷いて大丈夫なんですか?」
よくわからないなりに寿寿が目を丸くするのも無理はない。石を詰めた枕なんて嫌がらせか拷問用の器具としか思えない。
「大丈夫だよ。ちゃんと布で包むし、陛下は柔らかい羽毛が入ったものよりも硬めの枕が好きみたいだし。ベースは薬枕の代表格である緑豆と蕎麦殻。そして、この磁鉄鉱の粒を後頭部から首筋にかけての『経穴(ツボ)』――風池や天柱あたりにピンポイントで当たるように配置したいんだよね」
凜華は、もっともらしい顔で解説を始めた。
「磁力は目に見えないけど、人間の血液の中には鉄分、ヘモグロビンが含まれている。その鉄に磁力が働きかけて滞った血流を散らし、巡りを良くする。強すぎればただの毒だけど、計算された配置なら穏やかに眠りを誘う磁場が生まれる」
もっとも、凜華は現代日本の寝具メーカーの開発者ではないので、プラシーボ効果以上の確固たる医学的エビデンスを証明できる自信はなかった。
だが、マグネタイトを使えば理論上は「磁気誘導安眠枕」に近いものができるはずである。
凜華は子供の頃に見た、田舎の祖母が愛用していた磁気安眠枕を思い出した。
どういう作りなのか気になって、ハサミを使って解体してしまい、祖母にも母にもこっぴどく叱られたのだが、その時見た枕の構造……あれを応用すればいけるのではないか。
「こういう多層構造にしようと思ってるんだよね」
凜華は竹の皮に書いた枕の設計図を出して、寿寿に見せた。
「中に素材を重ねるんですね」寿寿も興味津々に覗き込む。
枕は「三層構造」として設計されている。
まず、一番下の「基底層」には、よく乾燥させた緑豆と蕎麦殻をぎっしりと詰める。これは「頭寒足熱」の理にかなうもので、頭部の熱を逃がしつつ寝返りを打っても程よい硬さで形状を維持し、首の頸椎をしっかり支える役割を果たす。次に、真ん中の「中間層」には、砕いた小さなマグネタイトを薄い粒の層にして仕込む。ここから発せられる微弱な磁力線が、頭皮から首筋の血行を促進し、自律神経を整えて精神を安定させるのだ。そして、直接肌に触れる「最上層」には、薄く真綿を敷いた最高級の絹を使用し、肌当たりの柔らかさと吸湿性を高めた。
枕の顔とも言える「枕カバー」にも抜かりはない。凜華は染織房に頼み込み、美しい雲のような紋様が織り込まれた最高級の絹織物「雲錦」を手に入れた。
雲錦は肌触りが恐ろしくなめらかであるだけでなく、摩擦による静電気を防ぐ効果があり、寝返りを打つ際の髪へのダメージを最小限に抑える優れものだ。
お値段も天上の雲のごとく高くついたが、それは仕方ない。なんといっても皇帝の枕である。そこらへんに転がっているような安っぽいものではプレゼントにならない。
「うん、設計上はバッチリ!」
凜華は寿寿と枕の制作を開始し、数日後には完成させた。
念のため、凜華は試作品を別に作り、自分用として数日間試用してみた。毎朝起きた後に枕をカバーから出して解体し、マグネタイトの位置をずらしたり、素材の厚みを減らしたりして改良を繰り返した。
頭痛や髪の爆発、息苦しさや圧迫感などといった副作用もなく、むしろ首の凝りが取れてすこぶる快適に眠れたため、安全性は(凜華の体感的に)証明された。
かくして、皇帝の不眠を治すべく作られたオーバースペックな「凜華式・磁気薬用安眠枕」は、丁重に布に包まれ、その出番を待つこととなったのである。




