第13話 初対面の婚約者
王都にある騎士団の詰所は、朝から慌ただしかった。
人の出入りが絶えず、廊下には指示を飛ばす声が響き、あちこちで討伐へ向けた準備が進められている。
そんな中、私はお兄様の隣を歩いていた。
もちろん、オリビア・ルメインとしてではない。
黒いかつらを被り、顔立ちが少しでも男性らしく見えるように化粧を施し、騎士見習い風の服に袖を通す。仕上げに、いつもの底上げされた靴を履けば完成だ。
鏡の中にいるのは、もうすっかり見慣れたオリバーだった。
「……ヴィクトルさん」
「何だ?」
「本当に、僕まで来る必要があったんですか?」
「あるから連れてきたんだろ」
隣を歩く兄――ヴィクトル・ルメインは、何を今さらと言わんばかりの顔で答えた。
先日、お兄様から頼まれた「少し手伝ってほしいこと」というのが、今日のこれである。
王都近郊では、ここしばらく魔物の目撃が相次いでいた。
騎士団ではそれぞれの隊が担当区域を持っているものの、目撃場所が広範囲に及んでいるため、各隊から人員を割いて対応に当たっているらしい。そのせいで普段よりも手が足りず、今日出発する討伐の準備にも人手が必要なのだという。
そこで、お兄様が補助として私に声をかけた――ということらしい。
詰所へ入ってしばらくすると、お兄様は準備に追われていた隊員たちを呼び止めた。
「ちょっと聞け。今回、補助に入るオリバーだ。俺の親戚で、騎士団の人間ではない。物資や書類まわりを手伝ってもらう」
何人もの視線が一斉にこちらへ向く。
私はわずかに背筋を伸ばし、できるだけ自然に頭を下げた。
「オリバーと申します。本日はよろしくお願いします」
「こいつに前線の仕事は振るなよ。あくまで補助だ」
「了解です、隊長」
返事をした騎士たちは、それぞれの持ち場へ戻っていった。
とはいえ、私は正式な騎士ではないし、本当の騎士見習いですらない。
幼い頃から父や兄に混ざって剣を教わってきたので、それなりに扱うことはできるけれど、だからといって当然のように討伐隊へ加わるわけにはいかなかった。
今回私に任されるのは、物資の確認や運搬、書類の整理、それから必要があれば伝令を務める程度だ。
そのくらいなら、特に問題はない。
むしろ身体を動かすことは嫌いではないし、ただ屋敷で過ごすよりは性に合っているくらいだった。
問題があるとすれば――
(……どうして、こんなに見られているのかしら)
先ほどから、妙に視線を感じることだった。
騎士団の詰所へ入ったときから、すれ違う騎士たちがちらちらとこちらを見ている。
中には、一度通り過ぎてからわざわざ振り返った人までいた。
(見慣れない人間だからかしら)
そう考えながら、お兄様に言われた通り倉庫へ物資を運んでいると、一人の若い騎士がこちらへ近づいてきた。
「それ、こっちでいいぞ」
「ありがとうございます。この箱は全部、同じ場所へ運べばいいですか?」
「ああ。右奥の棚に――」
そこまで言ったところで、なぜか騎士の言葉が止まった。
不思議に思って顔を上げると、相手は何か言いたげな顔のまま、こちらをじっと見ている。
「……どうかしましたか?」
「いや! 何でもない!」
妙に勢いよく首を振られた。
「そうですか?」
「あ、ああ」
「では、右奥ですね。ありがとうございます」
笑って礼を言うと、今度はなぜか相手の頬がうっすらと赤くなった。
(……暑いのかしら)
今日は、そこまで気温が高いわけでもないのだけれど。
首を傾げながら箱を抱え直し、その場を離れる。
すると、背後から小さな声が聞こえてきた。
「……あいつ、誰だ?」
「知らないのか? 隊長の親戚らしいぞ」
「ああ、さっきから噂になってるやつ?」
「そう。今日は補助で来てるだけだって」
「へえ……顔、綺麗だな」
「でも、あいつ男だろ?」
「分かってる」
「じゃあ、何で赤くなってるんだよ」
「うるさい」
私は聞こえてきた会話に、思わず足を止めそうになった。
(……もしかして、男に見えていない?)
黒髪にして、化粧も変えて、背丈だってかなり高く見せている。それでも、こうして屈強な騎士たちに囲まれると、どうしても身体つきの違いは目立つのかもしれない。
騎士団に女性がまったくいないわけではないけれど、その数はかなり少ない。まして今日は討伐準備のために人の出入りも多く、見渡す限りほとんどが男性だ。
そんな中に突然、見慣れない人間が加われば、多少目を引くのも仕方がないのだろう。
(……もう少し、肩幅を広く見せた方がよかったかしら)
底上げした靴のおかげで背丈こそそれなりにあるものの、やはり本物の騎士たちと並ぶと華奢に見えてしまう。
「オリバー」
少し離れたところから、お兄様に呼ばれた。
「それを置いたら、こっちへ来い」
「次は何をするんです?」
「打ち合わせに出る」
「……はい? 打ち合わせ?」
「ああ」
「僕も? なぜですか?」
私は、ただの補助要員ではなかったのだろうか。
「あとで物資の振り分けも手伝ってもらうんだ。どこへ何を運ぶか、先に聞いておいた方が早いだろ」
「それは、そうですけど……」
「なら来い」
「ちょっと待ってください。僕は目立たず荷物を運んでいればいいものだとばかり思っていたんですけど」
「別に会議室の端にいればいいだろ」
「そういう問題ではありません」
そもそも、オリバーという人物は、私が気兼ねなく街へ出歩くために作った姿である。
お兄様の親戚ということにして、連絡先として騎士団の詰所を借りてはいるけれど、だからといって騎士団内で堂々と顔を売りたいわけではない。
「今さらだろ。もう十分目立ってるぞ」
「……誰のせいだと思っているんですか」
「俺のせいではない。お前の顔のせいだ」
「ヴィクトルさんまで何を言っているんですか」
「事実だろ」
「もう……」
何を言っても無駄らしい。
お兄様は私がこんな格好をしていること自体にすっかり慣れているせいか、まったく気にしていない。
それどころか、男装しているなら普通に男として扱えばいいだろう、くらいに思っていそうだった。
私は諦めて、お兄様のあとをついていった。
◇
会議室へ足を踏み入れた瞬間、私は危うくその場で立ち止まりかけた。
(……エリック様!?)
長い机の向こう側では、数人の騎士や文官たちに囲まれ、一人の青年が資料を確認していた。
落ち着いた灰褐色の髪に、紫水晶のような瞳。十年間ずっと見つめ続けてきた人を、見間違えるはずがない。
そこにいたのは、私の婚約者――エリック・ウィルモア様、その人だった。
(どうしてここに!?)
そう思った直後、自分でもすぐに答えへ辿り着く。
考えてみれば、何も不思議ではない。
ウィルモア公爵家は、代々宰相を務めてきた家門だ。騎士団との調整に関わることがあっても、何らおかしくはない。
問題なのは、私がそんなことをまったく聞かされていなかったことだ。
「お兄様」
できるだけ口元を動かさないように、小声で呼ぶ。
「ん?」
「エリック様がいらっしゃるなんて、聞いてません」
「ああ。言ってなかったか?」
「聞いてません!」
思わず声が大きくなりそうになり、慌てて抑える。
お兄様は何でもないことのように肩をすくめた。
「まあ、今のお前なら分からんだろ」
「そういう問題ではないんですけど……!」
私は思わず、自分の姿を見下ろした。
黒い髪に、男性らしく整えた顔。底上げされた靴のおかげで視線の高さも普段とは違い、身につけているのは騎士見習い風の服装だ。
確かに、今の私を見てオリビアだと気づく人は、まずいないと思う。
それは分かっている。
分かっているけれど。
(エリック様の前で、オリバーとして振る舞うことになるなんて……)
心の準備というものがあるではないか。
しかも、エリック様にとってオリバーは今日初めて会う人間だ。
当然、私もそう振る舞わなければならない。
(……普通に。普通にすればいいのよ)
そう自分に言い聞かせながら、お兄様の少し後ろへ控える。
ちょうどそのとき、エリック様が顔を上げた。
「ヴィクトル殿」
「遅れて悪い」
「いえ。こちらも、ちょうど始めるところです」
エリック様の視線がお兄様へ向き、それからそのすぐ後ろにいた私へ移った。
「…………」
ほんの一瞬、紫色の瞳がわずかに見開かれたように見えた。
(……え?)
けれど、次の瞬間にはもう、いつもの落ち着いた表情へ戻っている。
あまりにも一瞬の変化だったため、見間違いだったのではないかと思うほどだった。
「そちらは?」
穏やかな声で尋ねられる。
その声音にも、先ほどのわずかな動揺など少しも残っていない。
「ああ。こいつはオリバー。俺の親戚だ」
お兄様が簡単に紹介した。
「今日は人手が足りないから、補助に連れてきた」
「オリバーと申します」
胸の鼓動を必死で無視しながら、私はできるだけ自然に頭を下げる。
「本日はよろしくお願いいたします」
「エリック・ウィルモアです。こちらこそ、よろしくお願いします」
(……存じています! 十年前から)
もちろん、そんなことを口に出せるはずもない。
だから私は、何も知らない相手のように頭を下げるしかなかった。
誰が見ても、私たちは完全な初対面同士だったはずだ。
(さすがエリック様……)
私はこんなにも緊張しているというのに、エリック様はもう何事もなかったように資料へ視線を戻している。
もっとも、エリック様にとっては本当に初めて会う男なのだから、当然なのだけれど。
それでも、なぜだかほんの少しだけ悔しいと思ってしまった。
(……何を考えているの、私)
エリック様が私を見て動揺する理由なんてないではないか。
私は小さく息を吐き、邪魔にならないよう会議室の端へ移動した。
◇
会議が始まると、私は今度はまったく別の意味でエリック様から目が離せなくなった。
「東側の補給人員ですが、一名増やした方がいいと思います」
机上に広げられた地図へ視線を落としながら、エリック様が言う。
「東側ですか? ですが、そちらは森に近い。補給人員を増やすとかえって危険では?」
「ですから、護衛も一名増やします」
反論した騎士に対しても、その声は落ち着いたままだった。
「討伐隊が想定より奥まで入った場合、東側への補給が遅れる方が危険です。一方、南側は街道に近く、物資の移動距離も短い。こちらから二名回せば、全体の人数を増やす必要もありません」
そう説明しながら、別の場所を指先で示す。
「それから、負傷者が出た場合の退避路は、討伐隊の進行経路と分けた方がいいでしょう。人の流れが重なれば、いざというときに混乱します」
「なるほど……」
「ただ、現場として別の案があるなら聞かせてください。机上で決めるより、実際に動く方の意見を優先したい」
そう言って、今度は騎士たちの話に耳を傾ける。
ただ自分の考えを押し通しているわけではない。
必要な情報を確認し、現場を知る者の意見を聞いたうえで、問題のある部分だけを調整していく。
誰かが別案を出せば、いったんきちんと受け止め、資料と照らし合わせてから答える。
「その配置なら問題ありません。ただし、物資の到着は半刻早めてください」
「分かりました」
「医療班には、こちらから連絡しておきます」
話が次々とまとまっていく。
(……エリック様、こんなふうにお仕事をされるのね)
月に一度の茶会で会うエリック様は、いつも穏やかで落ち着いている。
何があっても動じないように見えて、昔から私はそんな姿を格好いいと思っていた。
けれど、今目の前にいるエリック様はそれとは少し違って見えた。
必要なときには迷わず意見を言い、相手が年上の騎士でも臆することなく確認を取る。それでいて相手の立場を無視することはなく、意見が出ればきちんと耳を傾けていた。
落ち着いているのに、決して消極的ではない。
堂々としているのに、独りよがりでもない。
(……格好いい)
気づけば、素直にそんな言葉が浮かんでいた。
いや、エリック様が格好いいことなんて、とっくに知っていたはずなのに。
(ずるいわ……)
こんな一面まで見せられたら、ますます好きになってしまうではないか。
そんなことを考えていると、不意にエリック様が顔を上げた。
紫色の瞳が、真っ直ぐこちらへ向く。
「…………」
(……っ)
思わず背筋を伸ばした。
けれど、エリック様は何も言わず、そのまま何事もなかったように資料へ視線を戻してしまう。
(今、こっちを見ていた……?)
いや、会議室の端に人が立っていれば、視界に入ることくらいある。
変に意識しているのは私の方だ。
「オリバー」
「はい!」
突然お兄様に呼ばれ、思ったより大きな返事が出てしまった。
「この一覧を確認してくれ」
「分かりました」
「補給班ごとに分けて、不足があれば印をつけろ」
「はい」
資料を受け取り、私はようやく本来の仕事へ意識を戻した。
危うく、ここが何をしに来た場所なのか忘れるところだった。今日は、エリック様を眺めるために来たわけではない。
数字を確認しながら書類を分けていると、近くにいた若い騎士がこちらへ寄ってきた。
「それ、こっちの分も見るのか?」
「はい。このあと班ごとに分けるそうです」
「じゃあ、俺も手伝うよ」
「ありがとうございます。助かります」
笑って礼を言うと、相手は一瞬言葉を止めた。何か言いかけたように口を開いたものの、結局そのまま顔を逸らす。
「……何か?」
「いや。何でもない」
そのまま二人で資料を分け始めると、今度は反対側にいた別の騎士まで近寄ってきた。
「俺もやる」
「ありがとうございます」
「オリバーって言ったよな? いくつ?」
「はい。十六です」
「へえ……」
「?」
何を納得したのだろう。
よく分からないまま作業を続けていると、その騎士がまたちらりとこちらを見る。
それだけではなく、少し離れたところにいる騎士まで、何となくこちらを気にしているようだった。
(……やっぱり、見慣れないからかしら)
私としては、なるべく存在感を消しているつもりなのだけれど。
そんなとき、お兄様の低い声が飛んできた。
「お前ら、手が止まってるぞ」
「止まってません!」
「なら、さっさと終わらせろ。もう出る」
「はい!」
騎士たちが慌てて作業へ戻る。
私も反射的に続きを始めかけ――その言葉の意味に気づいて、お兄様を見た。
「……もう出るんですか?」
「ああ」
「今日?」
「今日に決まってるだろ」
「……それも聞いてません」
「……言ってなかったか?」
「おに――ヴィクトルさん!」
「冗談だ」
「絶対に今のは本気でしたよね?」
お兄様は笑いながら、私の持っていた書類を一枚抜き取った。
「会議が終わり次第、そのまま出発する予定だったんだ。現地まではそれほど遠くない」
「僕はてっきり、今日は準備だけかと……」
「準備に一日かけるほど大掛かりな討伐じゃない。物資が揃えば出る」
「そういう大事なことは、先に教えてください」
「悪かった悪かった」
ため息を吐きながら残りの資料を整えていると、ふと誰かの視線を感じた。
顔を上げると、少し離れた場所にいるエリック様と、また目が合った。
「…………」
「…………」
今度は、先ほどより少しだけ長かった気がする。
けれど、やはりエリック様は何事もなかったように視線を逸らした。
(……どうしたのかしら)
初対面の補助要員が、そんなに気になるのだろうか。
もしかして、何か怪しまれている?
(……まさかね)
髪も服装も背丈も違うし、顔だって男性らしく見えるよう整えている。
オリバーとオリビアを結びつける理由など、何もないはずだ。
そう思っているうちに、会議は終わった。
◇
会議室を出るや否や、廊下には慌ただしい声が飛び交い始めた。
「第一班、馬の確認!」
「補給用の荷車は西門へ!」
「医療班の荷物、先に出せ!」
先ほどまで机を囲んでいた騎士たちも、一斉に持ち場へ散っていく。
どうやら、本当にほとんど間を置かず出発するらしい。
「オリバー。お前は俺と来い」
「補給の確認では?」
「それもする。まず荷車だ」
「分かりました」
また連れ回されるらしい。
仕方なくお兄様のあとを追おうとした、そのときだった。
「ヴィクトル殿」
背後から、聞き慣れた声がかかった。振り返るまでもなく、それがエリック様の声だと分かった。
(え)
お兄様も足を止める。
「どうした?」
エリック様が何かを言いかけた、そのときだった。
「隊長! 第二班の馬が一頭足りません!」
騎士が駆け寄ってくる。
「何?」
「予備を回していいですか?」
「ああ、西側の馬を使え。オリバー、お前は先に荷車を見てこい」
「はい」
話が一気に流れていく。
お兄様が騎士へ指示を出し始めたため、私は言われた通り荷車へ向かうことにした。
その背後で、エリック様の声が聞こえる。
「ヴィクトル殿。オリバーについて、少し――」
思わず、ほんの少しだけ足が緩んだ。
けれど、その先を聞くより早く、別の場所から声が飛ぶ。
「ウィルモア様! 物資の最終確認をお願いします!」
「……今行きます」
結局、エリック様が何を聞こうとしていたのかは分からないまま、私はそのまま荷車へ向かった。
◇
それからは、本当に慌ただしかった。
水や保存食、薬品に予備の武器まで、必要なものが揃っているかを確認し、班ごとに荷物を分け、足りないものがあれば倉庫へ走る。
静かに補助だけしていればいいという当初の想像は、見事に外れた。
「オリバー、それ持てるか?」
「はい」
「こっちも頼む!」
「分かりました」
「おい、隊長の親戚! その箱、西の荷車!」
「オリバーです!」
「悪い!」
気づけば、ずいぶん顔も名前も覚えられてしまった気がする。
(……目立たない予定だったのに)
けれど、忙しく動き回っているうちに、そんなことを考える余裕もなくなっていった。
やがて最後の荷物が積み込まれ、騎士たちが次々と馬へ乗り始める。
私は補給班とともに、後方の荷車へつくことになった。
「オリバー」
準備を確認していたお兄様が、こちらへ歩いてくる。
「基本は補給班から離れるな」
「分かっています」
「何かあっても、勝手に前へ出るなよ」
「……僕、そんなに信用ありません?」
「逆だ」
「え?」
「できるから言ってるんだ。お前は目の前で何かあったら、放っておけないだろ」
「…………」
お兄様は、少しだけ眉を寄せながらそう言った。
否定できなかった。
お兄様は私が剣を扱えることを知っている。
だからこそ、何もできない人間へ向ける心配とは少し違うのだろう。
「今日は正式な騎士として来てるわけじゃない。補助なら補助に徹しろ」
「分かっています」
「本当か?」
「ヴィクトルさんまでエリーみたいなことを……」
そこまで口にして、慌てて止めた。
「エリー?」
「……何でもありません」
「ああ、あの手紙の相手か」
「何でもありません!」
危うく余計なことまで口にするところだった。こんなところでエリーのことを説明できるはずがない。
お兄様は怪訝そうな顔をしたものの、今はそれどころではないと思ったのか、それ以上追及してこなかった。
「まあいい。とにかく無茶するなよ」
「はい」
私が頷くと、ようやく納得したらしい。
お兄様は一度だけ私の姿を確認するように見てから、前方の隊へ戻っていった。
ほどなくして、出発の合図が響いた。
騎士たちが一斉に動き始め、補給用の荷車もゆっくりと車輪を回し始めた。
私もそのそばを歩きながら何気なく前方へ目を向けると、少し離れたところにエリック様の姿があった。
どうやらエリック様も前線へ出て剣を振るうわけではなく、後方で状況を確認しながら、騎士団との調整を行うらしい。
(……同じところへ行くのね)
まさか今日、オリバーとしてエリック様と顔を合わせるだけでなく、そのまま同じ討伐隊についていくことになるとは思ってもいなかった。
しかも先ほど、エリック様はお兄様に私のことを尋ねようとしていた。
(何が気になったのかしら)
結局、その先を聞く前に話は途切れてしまった。初対面のはずの私について、いったい何を尋ねようとしていたのだろう。
考えても答えは出ない。私は一度首を振って前を向き、今は仕事に集中しようと気持ちを切り替えた。
補助としてついていく以上、迷惑だけはかけないようにしなければ。
そう思いながら歩いていると、前方にいたエリック様がふとこちらを振り返った。
一瞬だけ視線が重なったものの、今度も何も言わないまま、すぐに前へ向き直ってしまう。
(……やっぱり、何か気にされてる?)
少しだけ不安になりながらも、討伐隊はゆっくりと王都を離れていく。
こうして私は、オリバーとして初めての討伐任務へ同行することになった。




