領主様
ご訪問ありがとうございます。よければ最後までお付き合いください。
大慌てで顔を洗って着替えをした。エレンさんにもらった普段着が夕べ洗ってしまってまだちゃんと乾いてなかったので、元の世界で着てた服を着て宿屋へ向かった。
お待たせしてすみません、と頭を下げながら馬車に乗り込む。ゆっくりと走り出した馬車から外を見るとエレンさんが行ってらっしゃい、と手を振ってくれてた。
街道をゆっくりと北へ向かい、小一時間ほど走った先にようやくイーロン伯爵邸が見えてきた。周りを草原に囲まれた大きな屋敷で、建物は奥行きのあるコの字型をしている。重厚な石造りで、建物の手前には噴水や、花壇がありとても美しい。まるでヨーロッパ観光にでも来たみたい。カメラがあれば沢山撮影したかったくらい。
馬車を下りて屋敷に向かって歩く。ドアの前に執事さんが立って待っていてくれた。執事さんに案内され応接室なのだろうか、小さめの部屋に通された。部屋の中は白に統一されて明るいがとても落ち着いた雰囲気で、柱には緑で蔦の装飾が施されている。壁には暖炉があり暖炉の上には美しい女性の肖像画が飾られている。伯爵様の奥さんだろうか。
白いソファーには薄いピンクの花柄の生地が貼ってあり、ふんわりとして座り心地がとてもいい。
ソファーに座って部屋を眺めているところに執事さんがお茶を持ってきてくれた。
「もうすぐ主人が参ります」と言って部屋を出てから数分でこの屋敷の主、イーロン伯爵様が部屋に入ってきた。
「ようこそドウジョウ・ミライさん。私はこの館の主、ロベリスタ・イーロンと申します」
「初めましてイーロン様、お招きいただきありがとうございます」
「いや、こちらこそ早くからお呼びだてしてしまって申し訳ない」
新入社員研修の時に習ったお辞儀の仕方を思い出しながら、手を前に組んで腰を折ってお辞儀をした。
こんなあいさつでいいのかしら?貴族様相手に話したことなんてもちろん無いわけで、会社で偉い人と言っても、課長や部長くらいしか話したこともなかったわよ。社長は入社式で見たくらいだし。失礼がないか不安だけど、経験がないものは仕方がない。サラリーマンマナーで押し通すしかない。
近くで見るイーロン様は、広場のスピーチで見た印象どおり優しそうだったけど、思ったより目力が強めで背が高かった。この国の人は、男性も女性もみんな背が高い。イーロン様も180センチは超えてると思う。透き通った薄緑の瞳がとても美しく、失礼だとは思ったけど、じっと見つめてしまった。
「話はクルムから聞いているよ。君は世界の穴から落ちてきたそうだね。」
クルムというのは先日伯爵様に紹介をしてくれると言った、司祭様の事だ。
「はい。信じていただけないとはおもうんですけど、休暇で散歩をしていたら突然地震が来てそのまま地面の穴に落っこち、気が付いたら路肩の排水溝に居て・・・。折れた足を触ると手が勝手に白く光って、それで足の痛みが・・・消えて・・・」
自分で言ってても信じがたい話をこの世界に来て何度説明しただろう。何も悪い事をしてるわけじゃないのに最後は尻すぼみな話し方になってしまった。
「私たちはあなたの様な人を【渡る者】と呼んでいる。100年~150年に1~2人はあなたの様な【渡る者】が現れ、渡って来た者には必ず何かしらの能力が備わっていると言われている。」
お茶を一口飲んでから、伯爵様は話を続ける。
「今回の貴女のように、マナを操作できる者であったり、物を触らずに動かす力があったり、先を見通すことができる能力があったと記録には残っている。
【渡る者】に共通しているのは、文化や技術がこの世界のどこよりも発達した場所から来ている、ということ。貴女のマナ操作はこの世界において魔法と呼ばれるもので、治療や魔の魂を浄化するための力だと推察している。」
マナというのは誰の体内にもある「気」みたいなもので、意識的に操作をすると魔法が発動するというもの。司祭様が言っていた通り、親から子へ遺伝することが多いと伯爵様も説明をしてくれた。
「治療や浄化・・・ですか」
「魔物が森や山に出る、という話は聞きましたが、私が居た世界には魔法も無ければ、魔物もいませんでした。正直なところ私自身どう受け止めていいのかわからないまま、アルバンさんや周りの方のご厚意に甘えてしまって、時間だけが過ぎてしまいました。」
休暇のこと、会社の事、いなくなってしまって大騒ぎになっているだろうこと、そういった事をなるべく考えないようにこの数週間過ごしてきた。考えると辛く悲しくなるだけだから。新しい環境を受け入れてきて行こうと思うんだけど、まだすっきり気持ちが切り替えられたわけじゃない。当然だと思う。まさか自分がこんなことになるなんて誰が思うのか。
「貴女は、アルバンの宿で働いているそうだね。」
「はい、落ちてきたときに崩れた排水溝から助けていただいて、その縁でそのままお世話になっています」
「そうか」
イーロン様は少し窓の外に目をやり、何かを思案してるように見えた。そして私に目線を戻し
「この領地はもう色々見て回ったかな。よければ明日、領内を案内しよう」
「あ、あの・・・お話は有難いのですが、お世話になっている以上は宿のお手伝いをしないといけませんので」
「構わんよ。イーロンには私から伝えておこう。手が足りぬようであれば屋敷から手伝いの者を手配しよう。」
領地内を案内してもらえるのはとても嬉しい。どれだけ広いのかも、地理も全くわからないし、お祭りや買い出しで行った街以外はどこにも行ったことがないし。家の周りは牧場や養蜂場、農地で歩いてその他の地域に行く時間もない。夜は街灯がない場所が多いので、怖くて出歩くのは躊躇われる。エレンさんの話では、たまに夜盗が出るから夜はしっかり鍵をかけてから寝るようにと言われてる。
「明日の朝アルバンの宿へ迎えをよこそう。では今日はこの辺で失礼するよ」
そういうと、イーロン様が立ち上がったので、私も立ち上がって別れのご挨拶をした。
帰りも馬車で宿屋まで送ってもらった。
魔法とか、魔物とか。地位がある人も同じことを言う。この世界では当たり前のことで、それをおかしいと思う自分がこの世界で異質なのだと思うとどうしようもなく涙が出た。
そうして翌朝、領地を案内してくれる為の馬車がお迎えに来た。
最後までお読みいただいてありがとうございました。




