Neunzehn
青年の呼び止める声に振り向きもせず、エーリカはひたすら走った。
今の生活を捨てて外に出たとして、より良い未来が待っているとは、どうしても思えなかったのだろう。
気が付くとエーリカは、自分が寝泊まりしている小屋のそばまで戻ってきていた。ちょうど、あの青年と会った池の畔だった。
身を知る雨に降られて、エーリカは震える身体を抱きしめた。今まで経験したこともないような熱いものが、体中を巡っていることに、恐ろしささえ感じていたに違いない。
重い足取りで小屋に戻ったエーリカに、他に何かをする余力は残っていなかった。質素な、とはいえ彼女の人生の中では最高の、ベッドに倒れ込むとすぐに眠りに落ちていった。
明くる日、いつもならば心地よい小鳥のさえずりが、やけにうるさく聞こえて目が覚めた。
まとわりつく肌着が気持ち悪く感じて、そういえば水を浴び損ねたことを思い出した。芋づる式にあの青年のはにかんだ笑顔を思い出す。
気怠さを伴った眠気とともに、邪魔な記憶を振り払うように頭を振る。勢いをつけすぎて少し眩暈がした。そのくらいが今のエーリカにとってはちょうど良かったのかもしれない。
今日こそはという確かな決意をもって、エーリカは小屋のそばにある池に向かった。一抹の不安を抱えたままで。
エーリカが畔に着きそうなころ、昨日の馬を連れた青年の足は一人、鬱蒼と茂る森の方へ向いていた。昨日の少女がまだ森の中を彷徨っているかもしれない。そもそも何故、彼女が森を出ることを拒んだのか。彼の表情はいつしか険しくなっていた。
※次回は、10月12日に公開予定です。




