Achtzehn
土を蹴る蹄と二人の足音が、梢の打ち合う音に混じって、静かな森の中に響く。
この自然のなかでは、人の呼吸のほうが異質に感じられてしまう。
「そういえば」
と、青年が唐突に喋り出して、エーリカは思わず肩を震わせた。「そんなに驚かなくても取って食べやしないよ」と青年は言うが、エーリカには愛想笑いを浮かべる余裕もなかった。そうした処世術のようなものとは無縁だったのだ。
「な、何か言おうとしてましたか?」
彼女は彼の話を遮ってしまったことを慌てて取り繕った。
「そうだった。君、名前は?」
「え、エーリカ……」
自分の名前を口に出すのは久しぶりだった。それこそ、忘れていたかと不安になるほどに。
「エーリカ、か。綺麗な名前だ」
「あ、ありがとう……」
笑う青年と照れる少女。二人が過ごした時間は、つい先日まで動乱の渦中にいたエーリカにとって、ほんの一瞬、あるいは遥かな永遠にも感じられただろう。それ以上の会話はなくとも満ち足りた時間が、二人に時を忘れさせているように見えた。
「ほら、あそこが森の出口だ」
馬を連れた青年が指差した先には、獣道に沿って密集した木々の隙間から草原が見て取れた。彼は自然と歩調が速くなっていくが、エーリカはそうではなかった。むしろ、今までその向こうであったことを思い出しそうになり、色々なものが込み上げていた。やがて、エーリカは足を止めてしまった。
そばを歩いていたはずの少女がいないことに気付いた青年が振り返ってエーリカを見た。
「どうした、エーリカ。もう少しで森を抜ける。もしかして足が痛むのかい?」
そう言って差し出された青年の手を払い除け、エーリカは森の奥に向かって走りだした。
※次回は、10月5日に公開予定です。




