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完全なる後悔の懐古 / dreaming under the real



 ……。

 ……。

 ……。



 ……まだ、寝てる?



 ……ちょっと寂しくてね、彼と明日別れるわけだけどなんだか会いづらくてさ、それで、君の顔を見に来たわけ。



 ……やっぱり、まだ寝てるよね。でもいいよ。こうやって話しているだけでも構わないから、少しの間だけ付き合ってくれる?



 ……返事がないね。もしかして起きてたりする? そんなことはないか。だって本格始動は明日なんだもんね。え? 話したければ勝手にどうぞって? やった、君って結構いいとこあるじゃん。それじゃ、ちょっと待ってて。なにか飲み物持ってくるから。戻ってきたら君のも補充しておくね。



 ……ただいま。やっぱり起きないね。ま、こんなことが出来るのも今夜だけだし、お互い楽しもうよ。ほら、おいしい? 分からないのかな? あとで感想聞くからね。



 ……じゃあ、はじめるね。まずは今の私の気持ちについてね。正直に言うと、彼の搭乗には反対。開発責任があるからってわざわざオリジナルを加入させる意味が理解できないの。だって、他の四人はクローンなんでしょ? 最初の試験はもっと慎重にするべきだと思う。これで事故が起きて彼がいなくなってしまったら、この計画にもひびが入るだろうし。



 ……でも私、聞いちゃったんだ。彼が自分から希望したことだっていうこと。万が一の際の回収にはオリジナルの対応が必要だってね。通信手段がないところに行くわけだからクローンと自動計算の信憑性を信じるには危険が大き過ぎるという結論だったらしいの。あれの開発に人材も時間も相当使っちゃったらしいしね。もちろん、開発員の中にも反対は出たそうだよ。でも彼は押し切った。実験は必ず成功する。必ず帰還するってね。



 ……彼の目に後悔の色は見えなかった。前進することに躊躇しない彼を見て、私はもう止めることをやめたの。でも、それと引き換えに私は一つだけお願いをした。



 ……あなたを、作ってって。



 ……他の四人にもいるんだから、あなたにだって一人くらいいてもおかしくないでしょって、適当に言いくるめてさ。



 ……ごめんね、もしかしたら聞きたくなかったかもね。あなたが彼のかわりだなんて、そんなこと、嫌だよね。分かってる。だからあなたには彼とは違う名前をつけてあげる。そうだな、君は彼と全く同じだけど少し違うものをもって生まれたから、彼の名前『預羽』から羽を取ってしまおうか。アズ? なんか変だね。



 ……そうだ。君は羽根のない天使、天使でありながら天使として認められなかった存在という意味で『エル・ノー』っていうのはどう? 結構いけてるんじゃない? あれ? もしかしてかなり気に入ってる? じゃあ、君は今日からエル・ノーで決まり。



 ……あーあ。とうとう明日なんだね。明日の今頃にはもう彼はいなくなっている。寂しいよね。君だってそうでしょ? だって、彼は君なんだから。



 ……でもね、実を言うとさ、少しだけうれしいこともあるんだ。今日君に会いに来た理由がそれを報告することだったんだよね。へへへ。なんだろう、ちょっと緊張するな。いいかい? 言うよ? 言っちゃうよ。



 ……いるんだ。いるんだよ。このお腹の中にさ、彼と私の子供がさ。どうだ、驚いただろう。え? そうでもないって? なんだよ、もっと驚いてよ。私にとっては一大事件なんだから。



 ……当然、彼にも報告したさ。でもね、なんか微妙な顔をしていた。今の君と同じくらいにね。もちろん、喜んでくれたよ。そりゃあ、なんたって私との子なんだから。



 ……彼の気持ちがさ、伝わってきちゃって、私その時泣いちゃったんだ。全然辛くないから、大丈夫だからって。でも彼はそうじゃないって言って、悔しそうな顔をしてすぐに帰ってくるからって何度も言ってくれた。



 ……宇宙の果てに行こうだなんて不思議なことを考える人もいるもんだ。この空間が無限に存在しないことがあらゆる観点から証明されただけで焦っちゃってさ。もうちょっと落ち着いてからでもいいと思うんだよね。君もそうは感じないかい?



 ……今となってはもう、遅いんだけどね。彼は行ってしまうし、私はここに残る。現実を受け止めるしか、ないよね。



 ……すっきりしたよ。君には感謝だ。明日は明日の風が吹くだね。いよいよ君も本格始動することだし、お互いこのへんでお開きにしますか。ちなみに明日の起動は私がすることになっているから、よろしくね。



 ……それじゃあ、戻るね。おやすみなさい。エル・ノー。



 ……。

 ……。

 ……。



 暗く、そして眩し過ぎる瞼の奥でアシュリが頬に口づけをする。その感触が、空気に触れて跡形もなくなると部屋の明かりが消された。



 ……記憶が時間をさかのぼり、この身体と意識に欠落した過去が復元される。

 今、はっきりと蘇った。俺の本当の名は、アズハ。弦間流預羽だ。



 彼女の声がとても懐かしかった。

 五万年ぶりに聞いた声。

 感情よりも先に胸が震えて止まらなかった。

 あの頃の温もりやあの頃の匂いが彼女の声に詰まっている。

 こんなにも愛していた、あの若き日の時分。



 ……俺は、この時から彼女を裏切っていた。



 彼女、アシュリが俺のことをクローンとして接してきたのには理由があった。そして彼女は今はまだその理由を知らない。だからこの俺をクローンと勘違いしていた。

 俺のクローンの始動はこの時点で既に開始されていた。本物とすり替わっていたのだ。

 リンボル搭乗者の中に一人、裏切り者のオリジナルがいた。名は『アレフ』。そいつは明日の出航の際に俺とクローンを入れ替えようとして、事実そうしたのだ。

 アレフの陰謀を知った俺はその計画が失敗するように先手を打った。

 そしてそれは明日成功する。



 俺が未来を巡ってここに戻る前、つまり最初の『知恵塗り』はクローンの中にあった。のちにそれを『02』と呼ぶことになるが、その神懸かった力はクローン生成時に偶然生まれたものだった。

 見方を変えれば生成に失敗したとも言えるだろう。02とは彼の登録番号のことで、俺は彼を番号で呼んでいた。

 俺と02はこの力を神の奇跡とし、『チェヌリ』と言い合う。これは暗号のようなものだった。二人だけの秘密だった。

 02はチェヌリを発見し正直に報告するとその力を俺に渡してきた。自分には過ぎたものだと言った。のちに俺はこの力の怖さを知って02が手放した本当の理由に気づいた。

 破棄する方法が分からなかった。まるで寄生生物のように宿主を介さぬ限り離れることはなかったのだ。俺は気が狂いそうになった。これは世界を破滅に導くものだと確信した。

 リンボルに搭乗することを決めたのはこれを閉じ込めるためでもあった。俺が乗り、この力を外部に悪用されないようにするためには最適の環境だと思ったからだ。

 そう。うまくいっていれば、それで全てが解決するはずだった。



 ……明日、アシュリが殺されるなんて誰が想像できるんだよ。



 02と相談し俺はこの力をアシュリに与えることにした。当初の予定ではクローン役の俺が強制搭乗される日の朝、正確に言うと明日の朝に力をもらう予定だった。今日までは身体の精密検査が行われるので安易な持ち運びを避けるためだった。

 02が突然青ざめた顔をして未来のことを告白してきた時、俺はこの力の意思みたいなものを感じた。リンボルには行かないという強い意思を感じたのだ。



 俺は『明日』アレフの計画を阻止するためにクローンの身体を纏いリンボルへと乗り込む。オリジナルである俺が乗ったことは02しか知らない。アシュリはどうだっただろうか。02のことだから、あとで言ってしまったに違いない。

 さらに俺はリンボルに乗り込んですぐ自分の記憶を消そうと思っていた。おそらくはそれが原因で記憶がなかったのだと思われる。というのも、そのあとのことは文字通り記憶にないからだ。

 だがそうなのだろう。俺は自分の記憶を自分で消したのだ。理由があるとすれば、きっとアシュリのことを忘れようとしていたのだと思う。

 はじめから帰還するつもりはなかった。俺が本当にしたかったことは別にあった。それはこの実験が失敗に終わることだった。

 論理的に実現してはならない事象だと結論づけたからだった。自分達がしようとしていることは平面に描いた人の絵が現実世界の命を奪いに来ることと同義だった。

 つまり俺達は上の世界に喧嘩を売ろうとしていた。そしてそれはこの世界の消失が起こりうる危険行為でもあった。技術進歩が臨界点に達したとも表現できるだろう。

 約束では内宇宙脱出後一年で帰還することになっていた。だが俺はそれを無視して他の四人のクローンにも同様の記憶消去を施し、あらかじめ準備していた緊急用の自動計算を既存のものと交換した。記憶を失った俺達が無意味に生命活動を繰り返すだけの環境が完成したのだ。



 ……神殺しの正体を確かめる方法が一つだけある。それは簡単だ。さっきアシュリが消したこの部屋の照明を点け、自分の顔を見ればいい。ただし記憶が戻った今となっては無意味な動作のような気もする。一応、やってみることにした。

 ……間違いなかった。これは紛れもなくオリジナル、アズハの顔だ。自分にしか知りえないクローンとオリジナルの差……。『エルノウの顔』は、はっきりとクローンのそれであったことが今なら分かる。

 神殺しの肉体は『02の身体』だったのだ。



 おそらく『アシュリ』は02の身体を使いリンボルに乗り込んできた。どうやって来れたのかは謎だ。だがそうなのだと思う。

 仮にこの時代を知る者が五万年を生き続けたとしても、全身を黒焦げにするような危険は冒さない。彼女以上の動機を持つ該当者は俺の記憶の中にはいないので、ほぼ間違いないと言ってよい。

 俺に会いに来たのか、それとも俺を騙して閉じ込めたと思った他のクローンを始末しようとしたのか。それについては分からない。

 リンボル侵入時には生物としての機能のほとんどは失われていた。02がアシュリの身を案じ、自分の身体を貸したと考えれば辻褄も合う。

 要約すると、この時代に戻ってくる前の未来のリンボルにはアシュリが捕らえられていたということになる。そして彼女を襲撃させたのは、俺だったということだ。なんと不毛な結末だろう。俺と02が入れ替わらなければなにもかもうまくいったかもしれないのに……。



 ……それならいっそ、そうしてみようか。

 02がリンボルに乗る運命を辿ってみようか。



 ……いや、それでは本当の解決にはならない。

 俺があの時代に降りなければ、明日は変えられないんだ。



 ……ごめんなアシュリ。俺には、今の俺にはもう、出来そうにないんだ。



 未来に約束した人がいるんだ。

 絶望を背負ったあいつらの笑顔を取り戻すために俺は帰ってきたんだ。

 そのためにはもう一度、同じ運命を辿らなくてはならない。

 俺にしか出来ない、俺にしか作れない未来を作りに……。

 君のことは本当に、心から愛している。

 この気持ちに偽りがないからこそ、今の心に嘘はつけない。



 ……そう、君を愛していた、と。



 他の誰かに移ったわけではない。

 俺はほんの少し生き過ぎたのだと思う。

 この想いはとても複雑なんだ。

 言葉では表現できないなにかが、俺の中に根づいてしまったんだ。



 これは、星が選んだ俺の宿命なのかもしれない。

 せめて、君の未来も全力で守ってみせるよ。



 ……だから、本当にありがとう。必ず、地球を守ってみせるから。




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