情熱にして譲渡 / rebirth of the creed and seeds
エルノウとイルカが施設の外に出ると、地上はあらゆる生物を瞬く間に死滅させてしまいそうなほどのヴォイドアイテル流で満たされていた。空は一面、紫と茶の色で染められており、生きている者を現実から引き剥がすのに十分な不気味さを放っている。
最後に生き残ったエルノウとイルカは横に並んで静かに空を眺めていた。
二人が立っている場所はイルカがかつてその目で見た巨大隕石の落下地点。あとはその時を待つのみだった。
「まさか、俺達だけで受け止めるわけじゃないよね?」
「冗談でしょ。そんなことが出来たらはじめからこんな未来選択なんかしていないわ」
「じゃあこれが、最後というわけか」
「そういうこと。結局リネンを生かさなければ新しい可能性は出てこない。あと少しだったけど、もう無理。何度やっても駄目」
「君は過去に行けるんだったね。あれから試してみたのか?」
「そう。何回もね。でもあそこが限界。あいつはあれ以上生き残れない」
「確定的な、未来か」
「終わるのをただ待つだけなんて、本当に悔しいわ」
「君はこのあとにまた戻るのか?」
「今までその質問に即答していたけれど、どうだろう。迷っている、かな」
「戻るべきだよ。君にはまだ可能性が残されている。絶対に行くべきだ」
「後押しされるなんて思ってもみなかったわ。でもね、そろそろ限界かもしれない」
「そんなこと言っちゃ駄目だ」
「分かってるよ。でももう分からなくなってきているんだ。私が出来ることを考えても、出てこないんだよ」
「これ以上、傷つきたくないというわけか」
「そうよ。あんたに見透かされて、こんな時なのに悔しいけれど」
「いつになく弱気じゃないか。どうした? 気分でも悪いのか?」
「予定日なのよ」
「返す言葉もございません」
「ところでエルノウ」
「なに」
イルカは前にした時よりもより大胆にエルノウを抱きしめた。その力強い抱擁に言葉で表せない感情を悟ったエルノウは、イルカの背中を優しく包み返した。
「このまま、もう少し」
「ああ」
エルノウはイルカに人を感じていた。彼女はもともとどこにでもいる女性として生まれてきたのに、ある日を境に現実と切り離されてしまい、変わってしまった。
いきなりではなかったと思う。途方もない歳月を経て少しずつ変化していったのだろう。ゆるやかな時間の流れが彼女を孤高の戦士に作り上げていく。それは成長だっただろうか。彼はイルカの抱きしめる力に、束縛の辛さを感じていた。
力が弱まった。身体は勢いよく剥がされる。
「強がっちゃって、もういいの?」
「いい。それよりも見てほしいものがある」
「今度はなに? もっと興奮しちゃうやつかな」
「そうかもな」
イルカはおもむろに上着を両手の力で裂いた。開かれた胸元を見たエルノウはそれを見て目を丸くした。
その『一点』は確かに、一緒だったのだ。
「なんで……君に、それがあるんだ?」
「この『刻印』は先祖代々至宝を受け継いだ者が彫らなければならないもの。私の過去に行く能力は受け継がれたものなのよ」
「先祖、代々……」
「あなた、私の『先祖』なんでしょ?」
イルカは相手の動揺の隙をついて、優しく組み伏せた。
そしてエルノウの胸元も開く。
彼にもイルカと全く同じ形の『三日月型』と呼ばれる模様が刻印されていた。
「つまり、どういうこと?」
「ミントアカでポチと話していたでしょう。五万年生きているって。アシュリ女王が守っていた至宝のこと、それで気がついたんだ。だから、さっきあんたと、したんだ……」
「え? したって、え? なにを?」
「あんたの知らない過去にね。すごくいい顔してたわ」
「いやいや待て待て。いくら五万年離れていたとしても、それはやばいんでないかい!?」
「こんな時にそんな細かいこと気にしてどうするのよ。それにもう過去のことなんだし」
「だって、さっき予定日って……」
「だから過去にしたのよ。言わせないでよ」
「すいません。でもそれで見ちゃったんだね、この印を」
「ついに、見えたのかもしれない」
「なにが?」
「この力の意味と新しい未来よ」
急に気恥ずかしくなったのか、イルカは胸元を隠して立ち上がった。
エルノウも相手に合わせて恥ずかしそうに立ち上がる。
「私はずっと考えていた。そしてやっと気づいた。どうしてこの力を未来に託さなければならなかったのか。なぜ女の子供にのみ継承させたのか。……それはあんたがいつかそれを受け取りに来ることを女王が知っていたからなのよ。おそらくどうにもならない現実に直面したんだと思う。遠くに行ってしまったあんたがいつか帰ってきた時に、自分の悲劇を知ってほしいと。そしてこの力を手にして戻ってきてほしかったのよ。この刻印はそれを確かめるための目印。あんたがつけていたものを私まで受け継いできた。それしかないと思う」
エルノウは考えた。自分の身体は神殺しの生体情報に一部修正を加えただけのものなので、これは彼自身の持ち物ではないということを。そしてイルカが言うには本人の記憶の時代にしか過去へ戻ることは出来ない。記憶というものは意識の中にある。エルノウの意識と先祖が求めた時代とは一致しないのである。
おかしなところもある。ポチの時代とエルノウの記憶の接点である。女王アシュリとエルノウの記憶にあるアシュリは紛れもなく同一人物か同一情報の生命体だった。女王の至宝がもし本当にイルカの持つ力と一致するのであれば、エルノウの今の身体はエルノウと関係する人物である可能性が高い。『神殺しの身体の持ち主』は『身内』ということになる。
リンボルを襲った者の姿が浮かび上がる。あの恨みに満ちた波動は間違いなく搭乗者を知っていることを匂わせる殺気だった。あの黒い影の中には……。
「エルノウ、よく聞いて。やっと答えを出せたと思っている。もう確かめに行く必要はない。あんたはまだ迷っているかもしれないけれど私は確信している。絶対にあんたで正しいよ。だって、これから私達死ぬんだよ。どうにもならないものが落ちてくる。そしてもう、私とあんたしかいない。同じ刻印。過去に戻って探し回ったってもうエルノウ以外には見つからないよ。これが、運命なんだよ……。私、信じてるから。お願い! 私達の未来を救って!!」
彼女は両手をエルノウに向けた。
二人は見つめ合いながらゆっくりと距離を縮める。
そして、両手が彼の胸の中心に当たるとイルカの願いで満たされた一子相伝の至宝が抜き出される。
両手から胸元へ。
かつて彼女の母親がそうしたように、……それは時代が巡り行く刹那。
彼らには見えていなかったが、そこの頭上の空だけが一瞬だけ白く光った。
誰かが見ていたのか。いや、そんなことはもうない。
一筋の光は、彼方の空へと突き抜けて、そして、消えた。
抱き合う彼らに言葉はいらなかった。
鼓膜が破れるほどの轟音が空から鳴り響いても、なにも語らない。
目を閉じて、互いの呼吸を確かめる。
生きている。生きていた。その証拠を心に刻むために。
ありがとう。そしてさようなら。
いつか必ず帰ってくるから、その時まで、しばしのお別れ。
みんなで絶対、笑顔になろう。
俺達だけではなく、世界の全てが笑顔になって分かち合おう、その全てを。
ありがとう。そしてごめんなさい。
君を一人残して、行ってしまうことを……。
空が灼熱の赤に変化した時、エルノウは念じた。
記憶の一番底にある、あの人との時間を。
想いを込める、行けと命じる。
体の内側にあったはずのなにかが自分と共に抜け落ちる。
そのままなにかに吸い寄せられていく感覚と、足場のない空を延々と落下しているような感覚が続く。
そこで、彼の意識は一度途絶えた。
一人の男が、五万年を越えた瞬間である。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
……巨大な石の塊がイルカの頭上に迫る。
抜け殻となった男が地に這うと、彼女は一人絶望を見上げていた。
地球が終わる時、その瞬間に立ち会うものが一人……。
塊が、地上に触れる。
……止まった。
なんと、急激な減速とともに、それは着地したのである。
大きな隕石は冷却をはじめた。
ところどころから石の外壁が剥がれ落ちる。
イルカは見ていた。未来の真実を、そして目の前の異様な物体を。
それは誰が見ても『人工的な構造物』だった。
巨大な『球体状』のそれは、明らかになにかの意志を持ってこの地に降りた。
イルカはすぐに察知した。
……その五分後、なにかが開いた。
奥から人型の動くものが出てくる。
全部で三つ出てきた。
機械の身体のものが二つ、人の形をしたものが一つ。
彼女は人の形をしたものを見て唖然とした。
「……あれは……なんてことだ……」
着衣が同じだったのだ。
……そう。彼が、エルノウがかつて身に纏っていたものと全く同じものを、その人の形は纏っていたのだ……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――




