絶望の引き金 / the downfall of chains
地上に残った者達はイルカとエルノウの様子を窺うため空を見上げていた。
これからなにかが起きようとしている。
皆は直感的にそう感じていた。
ポチもその中にいた。
それはイルカの『選択』だった。
全てはうまくいく。そう思ったからこその判断だった。
……しかし、運命はまた彼女に試練を与えたのである。
核を搭載した弾頭は四発、飛んできた。
イルカの説明通りに各二発つづ、脇に抱えるようにして受け止める。
強烈なヴォイドアイテルが放射されていたが、二人が装着したアイテル補助器のおかげで身体への侵食はなかった。
しばらくして遠くの空から不気味な音が鳴り響く。
音が大きくなるにつれ、二人の注意はその方向へと向けられる。
そして、予定にはないものが飛んできた。
「あれは、なんだ?」
「おい、マジかよ……」
「どうした? まずいことでも起きたのか?」
「五発目だ!! クソ!! またなのかよ!!」
「なんだって!? もう抱えきれないぞ!!」
高速で飛ぶ最後の弾頭が二人の間をすり抜けていく。
そのまま速度を緩めることなく、地上の者達のほうへと降下していった。
「……これは、確定している未来だったわけか……」
「どういうことなんだ!! あれが落ちたらみんな死んでしまうぞ!!」
動き出したのはガラームだった。
イルカとエルノウが受け止めているのを見て自分も止めようとしたのだ。
弾頭に触れると、強烈なヴォイドアイテルが彼の全身を突き刺した。
「くっ、くそったれがあああああ!!」
自分が手を離せば下の者が死ぬ。気持ちとの勝負だった。
無慈悲に蝕まれていく彼の身体は、それでもなんとか食い止めようと弾頭から離れなかった。
二人目は太郎だった。
ガラームがそこにいる。他に理由はなかった。
死ぬのであれば彼ではなく自分、そう考えていたのかもしれない。
「た、太郎、ちゃん!!」
「まだ、終わらせない!!」
五発目は特別だった。
他の四発の数倍はあろう核燃料が搭載されていたのだ。
しかも弾頭のヴォイドアイテルは彼らを一瞬で死に至らしめる量を放出していた。
動きを止めることは出来ても、二人の力では時間の問題だった。
三人目が飛んできた。オーマだった。
地上三メートルの位置で三人の男達が絶望の塊を支える。
ドラゴンも来た。
その間にガラームが力尽きて落下する。
勢いは一向に治まる気配がない。
それでも男達は諦めなかった。
絶対に止めてみせる。止められる。疑わなかった。
彼らは頑なに信じていたのだ。
……そう。リネンが、死ぬまでは……。
地上で放心していたリネンはガラームの落下とともに我に返ったが、上空で起きていることを知り自分達の死の可能性を感じたのだ。
……ゆえに、彼女は自ら首を切った。
終わらせるのは自分の手で。そう思ったのかもしれない。
もしくは、罪の重さに耐え切れなかったのかもしれない。
大量の血を撒き散らし、絶望と混乱で四肢を振り回しながら倒れると、それに気づいたオーマが先に叫び声を上げ、続いて太郎も吼えた。
ドラゴンは自分に全ての負荷がかけられていることに焦りを感じ二人を叱咤する。
だが、もう聞こえてはいないようだった。
ついに二人の手は、弾頭から離れた……。
ドラゴンは一人でなんとか支えようと粘る、が……。
着弾は避けられなかった。
その中でポチだけが自分の死に安堵していた。
唯一の存在理由だったリネンの後を追えることに、彼は幸福すら感じていたのだ。
「……我の人生は、これにて終了とする。さらばだ、皆の者……」
……光が放たれる。
強大な負の爆発が島と周辺を包み込んだ。
それは、最後の望みを背負った者達の魂が邪悪な光に引き寄せられて蒸発した瞬間でもあった。
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上空で受け止めていたイルカとエルノウの弾頭は航行燃料が切れたのか、進行を止めた。
全力のアイテルで中和を終えた彼らはどこまでも続く地平線に向かって投げ飛ばす。四発の重金属は音もなく大海の中へと吸い込まれていった。
「……誤った知識は人と文明を滅ぼす。貪欲と自分勝手に盲目だったがためにあんな馬鹿げたものを生み出してしまうんだ。ほんのわずかな幸せだって人は笑い合えるというのに、知っているだろうに、それでも人は殺し合いをやめない。なんでだ!! どうしてだ!! なぜ落とした!! なぜ殺した!! 同じ人なんだぞ!! 同じ心なんだぞ!! それなのに、どうして……」
「エルノウ……」
「これが、君の正解だったのか!!」
「そんなわけがないだろ!! リネンが死んでしまったらもうどうにもならないんだ!! ……そのために、活路があると信じてここまでやってきたのに……このざまだ」
エルノウは眉間に深い皺を寄せた。
「……彼女が? 未来の打開と関係があったのか?」
「あいつはこの世界の運命を変えられる存在だったのかもしれないんだ……」
「……知ってるよ。君と同じ波長の者だからね」
「だから接触したのか」
「目的は違うけれどね。でもこれで終わった。……そうだよね、ごめん。ちょっと取り乱したかも。それで、やり直すの?」
「そうしたいところだが、きっと無駄だろう」
「例の五発目が来たからか?」
「もうお手上げだよ。なにをしてもあいつは結局死んでしまう。ここまで頑張って生かしてきたのに。これほどの圧力がかかるなんて信じられない」
「相当手を尽くしてきたんだね」
「ああ、今挙げられるだけでもさっきのを含めて十五種類の死に方を経験した。回数は憶えていない。ほんと、常識どころか異常を超えている」
「教えてくれるか?」
「どうして死んでしまうのかを? 知ってどうする」
「こんな時だからこそ事実を聞いておきたいんだ。いいから、教えてくれ」
イルカは唇を噛み締めながら考えあぐねていた。
エルノウはそんな彼女の返答を静かに待つ。
「負けたよ。言うよ。……まずはじめは、ファスークス研究所所員に強姦された後に精神が崩壊して投身自殺。次はファスークス襲撃の時に間違って殺される。スチートに移動中乗客から集団暴行を受けて死亡。スチート宿泊施設の非常階段から落ちて死亡。ナヴィガトリアのアイテル試験に失敗して毒殺される。ビルダン協議の戦闘でオーマの一撃の当たりが悪くて死亡。太郎が私のところに来るまでに体力が尽きて死亡。私の治療が失敗して死亡。復帰直後の私との戦闘で誤って殺してしまう。リギーケントゥーロに行ってしまいジェイサンと共にクリーツ移行。オーチャナーで私と鉢合わせになって反射的に手を出してしまい死亡。ミントアカで異星人達に追われて大型の裁断機に落ちる。トラファグαの攻撃が当たり死亡。マイヤーズの返り討ちに合う。そしてさっき、これでいいか」
「……確かに普通じゃないね。まるで悪魔にでも取り憑かれているみたいだ。でもね、これはほぼ断言してもいいけど、それは星の意思が介入しているからだよ」
「つまり、私の判断の間違いを星が修正しているということか?」
「どうだろうね。俺には知る由もないってところだ。君は君の価値観で星を守ろうとしていたからね。リネンちゃんも君と同じ特異体だった。君のことだからもう知っていると思うけど、だったらなおさら死なないはずなんだよ。星の意思が強く作用しているのが特異体の特徴だからね。要するに、未来のためにするべきことは彼女を生かすことなんかじゃなくて、もっと全然違うことだったんじゃないのかな」
「例えば?」
「今こうして話していることがそうなのかもしれない。引き金はどんな些細なことでもなりうるものだと思う。俺達が心を持つように、形のない光明は無限の場所に存在するのかもしれない」
イルカは頭を掻きむしりながら記憶を辿っていた。どこに間違いがあったのか、どこを見落としていたのか、なにに気づいていないのか、なにを忘れているのか。
疑問は全て潰したはずなのに過去に刻まれた古い記憶は無表情のまま通り過ぎていく。
なにが不足していたのか。イルカは黙考するが、答えは導き出せない。
「あまり時間がないんだ。話の続きは次の目的地に行ってからでもいいか?」
「確定的な未来だったね。いいよ、こっちもその間に考えとくから。それで、次はどこに行くんだ?」
「第三のクリーツ、リギーケントゥーロよ」
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……世界は誰のために生まれ、そして死んでいくのか。
……世界が考える本物の正義を知りたい。
世界から生まれた私達が、どうして正義を知らないのか。
正義という言葉は、正義ではないのか?
……宇宙は破壊によって滅び、破壊によって生まれる。
……そこに優しさなんてものはない。無常の圧力と暴力のみが全てだった。
私達が世界から生まれたのだとしたら、この優しさはなんなのだろうか。
どこから生まれたのか。なぜ必要としたのか。
……私には、理解できない。
この星はじきに世界の無常なる鉄槌により打ち砕かれる。
それを知った外惑星は救う手立てのない星の民の有効な活用法を提示してきた。
地球人が食用として利用される。
食べる者、食べられる者。ただそれだけの現実だった。
抵抗は許されなかった。だが民に選択させる自由があってもいいと思った。
政府を通して公表させることが地球人としての正義だとも思った。
クリーツの発想は偶然にして起こる。果たしてそうだったのか。
彼らの温情がなんらかの作用として働いていたかもしれない。
事実は公表しなかった。
混乱や無駄な内乱を避けるためだった。
全部で二十基の観測衛星を打ち上げた。そこにクリーツ移行後の情報を転送する。
完了したのちにそれらは地球を離れる予定だった。
長年夢見た宇宙の旅がはじまるのだ。
ケプにだけは事実をありのままに説明した。
首長は最終的に首を縦に振った。正しい自由への選択だと思った。
この星の知的生命体は新たな時代を踏み出そうとしている。
明日の平和は肉体を持っていても保障できるものではない。
きっと、なにも変わらないだろう。
持っても、持たなくても。
形を変えた地球人は本能の先の可能性を信じて宇宙を飛び出す。
そんな彼らの出航を、私は見守る。
ここにはもう、一人しかいない。
妻を亡くし、子も亡くし、なにもかもを失った男が一人。
あの時に全てが決まっていた。
そうだ。あの男との醜い約束が未来への道を作ったのだ。
ジェイサン・クリート。愚か者とも言う。
やつの頭の中は取り返しのつかない老体をどうにかすることだけだった。
財団の創設者であり会長でもあった。
クリーツ技術を使い身体そのものを違うものにする。
当人の要望はそれだった。断ることは即ち死を意味していた。
やるしかなかった。
問題は身体をどこから調達してくるかだった。
すると会長は私を指名してきた。この身体が欲しいと。
交換条件は一つだった。立場の逆転。
老体を手にすることと引き換えに強大な権力を手に出来ると言ってきたのだ。
最初は断った。死んでもいいと思った。
自分を失うことに未練はない。ただ家族を失うことが怖かった。
別の心を持った自分の身体が愛する者達に触れる現実を想像しただけで吐き気がした。
だから私は、ジェイサン・クリートを罠にかけることにした。
会長に交換の同意を伝えるとあれは顔をくしゃくしゃにして喜んだ。
あの笑顔は今も記憶に焼きついて離れない。
あの男は、その時すでにただの老人だったのだ。ただただ哀れだった。
事故を装い老人の心をクリーツの世界、器界へ放り込んだ。
彼が最初の一人だった。実働開始と称して老人を人柱にしたのだ。
約束通り、私は会長の身体を手にした。
理由は簡単だった。彼を引き継ぐ者がいなければならなかったからだ。
老人を牢に入れたと思った。安心していた。
ところがやつは老人の肉体を捨てた途端に別の生き物となった。
やつは器界で神の名を騙りだしたのだ。
次々と放り込まれる地球人の意識をやつは支配し管理していた。
自らをチャックと名乗りこちら側の広告塔として活躍するほどに若返っていた。
器界には物がない。時間がない。制限されるものはなにもなかった。
かつての老人は自由であり、また純粋でもあった。
こちら側との争いもなかった。
私はこの現実を大切にした。
結果的にチャックは最高に満足していた。
私が騙して閉じ込めたことを感謝したほどだった。
最終的に器界には余計な制限を追加しなかった。
やつがなんでもうまくやってくれる。それはまるで奇跡の世界だった。
……人の心から生まれる悪とはなんなのだろうか。
……いくら考えても、答えは見つかりそうにない。
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「……君達が、最後の生き残りだな。なにをしに来た」
「ここを破壊しに来た。その身体では無理だと思ってな」
今にも倒れてしまいそうな小柄な老人が巨大な管制室に一人立っていた。
エルノウとイルカが声をかけると男は弱々しい笑顔で来客を迎えた。最後のクリーツ移行施設は『ジェイサン・クリート』一人しかいなかったのである。
「君達だけということは『コーネリア』も死んでしまったということか」
「そういうことだ。最善は尽くした。でも駄目だった」
「君は、確かジェシカの双子の妹だったな。イルカといったか」
エルノウがイルカの肩に触れる。
彼女は知っているとばかりに顔を上げると肩に置いたエルノウの手を離した。
「リネンのことだよ。『コーネリア・リネン』、それがあいつの名前だ。そしてそこにいるのは『アダル・リネン』。父親だよ」
「……ジェイサン・クリートではないのか!?」
「見た目はそうだ。でも中身はそうじゃない」
イルカは簡単に説明した。この老人の過去にあったこと。そしてアダル失踪の真実について。エルノウは目を閉じて聞いていた。
リネンの顔を思い浮かべる。彼女の顔は幸せそうな笑顔だった。
「……この身体ではもう合わせる顔がないのでな。しかし後悔がないわけではない。あの子には辛い思いをさせた。せめて、器界に送ってやりたかった……」
「そう思っていたのなら、なぜやらなかった?」
「出来なかったのだ。クリーツ移行には人としての認証工程がある。あの子にはそれが受けつけなかったのだ」
「それは、もしかしたら遺伝情報と関係があるのか。例えば、同じ生体情報でも認証が弾かれたりする個体が出てきたりとか」
「遺伝か、すると君は異星の者か。……そのとおりだ。クリーツは純粋な地球人にしか適用されないようなっている。つまり、コーネリアは地球人として認識されなかったということだ」
「……リネンちゃんにも純血が混じっていたのか。そういうことだったのか」
星の意思は純血の者以外の地球人を排除しようとしていたのかもしれないとエルノウは思った。地球はポチが構築した新たな種族を滅ぼそうとしてリネンとイルカに特殊な力を与え託したのかもしれないと。
「君達は不思議だ。なんでも知っているんだな。ならばもう、この私から言うことはあるまい。壊したければ壊すがいい。もう、疲れた。すまないが少し休ませてくれ」
「一つ聞きたいことがあるんだが、いいか?」
質問をしたのはイルカだった。
「なんだ、もうみんな知っているだろうに」
「巨大隕石のことだ」
エルノウはまたか、と思ったが黙っていた。
「あれがもうすぐこの星と衝突することは知っている。それについてなにか知っていることがあるなら教えてほしい」
「……そんなもの、話し合う必要はない。地球に落ちてくる。ただそれだけだ。私も君達も、アレに飲まれて死ぬ。この星が砕け散り、過去も未来も塵と化して全てが消滅する。それで終わりだよ」
「異星人ならどうにかできたんじゃないのか?」
「手は尽くしたそうだ。でも駄目だった。あらゆる刺激を試みたが軌道を変えることは出来なかったらしい。アレはまさに、神の怒りなんだよ」
「……分かった。もういいよ。邪魔して悪かったな。エルノウ、帰るぞ」
この場を去ろうとするイルカの肩をエルノウが掴んだ。
「え? 破壊は?」
「うちらがやらなくたって、隕石が勝手にやってくれるだろう」
「……やることは、一つか。了解した。じゃあ、行くか」
二人の去っていく姿を一人の老人が見守る。
その目にはかすかに涙が滲んでいた。
「……マイヤーズ。君も孤独だったろうな。クリーツ移行をしていれば未来が開けていただろうに。最後まで意地を張ってさ。まったく……悪役がこんなに寂しいものだったとはな。想像以上だったよ。みんな、本当にすまない。こんな俺のために死んでしまって、本当にすまないことをした。……そして、心からありがとう。俺もじきにそこへ行くからな。ああ、エア、コーネリア、君達にも早く会いたいよ。この世の絶望が、待ちきれないよ……」
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