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そして、彼女の時は紡がれた / rerouting for your wish



 少しだけ時間を戻した。

 リンボルへ乗り込む前にどうしてもやっておきたいことがあったのだ。

 それは02に俺が辿ってきた『未来の過去』を伝えるためだった。



 五万年後の地球を救うためになにをするべきなのかを考えた結果、最も優先するべきことは地球人の純血を守り抜くことだと思った。クリーツという純血を受けつけない記憶転送技術、そして巨大隕石の衝突、これらは星の意思がもたらしたものではないだろうかと感じたからだった。

 クリーツを止めたところで結末は変わらない。逆にクリーツを野放しにすれば地球の人類はほとんどいなくなる。

 この未来を回避するには地球人を純血で満たす。それしかないと思った。

 ではなぜ今から三万二千年後の文明崩壊後からその後の一万八千年の間に星の意思が介入してこなかったのか。

 調べてみたが全く分からなかった。俺の知らないなにかが起きたのかもしれない。あの時代についてはポチの発言以外の情報がないので02とは慎重に話す必要があった。

 生き残るためになにを伝えればいいのか。答えは簡単だ。備えればよいのだ。

 宇宙からの脅威に鈍感にならず、技術を退化させないこと。世界を壊すのではなく、守り、共生することを恐れなければきっとどんな脅威だろうと対応は出来るはず。

 あとは02が生み出したこの『知恵塗り』の力をどうするかだ。五万年後を見据えれば俺が持っているほうが安全だろうが、そうしてしまうと今度はアシュリを守れなくなる。彼女を生かさなければ三万二千年後に影響が出る可能性が高い。これは究極の選択だった。

 この時代に戻ってきてしまった以上、五万年後の未来変化は覚悟しなければならなかった。イルカと再会できるのか、そもそもイルカが存在しているかどうかも分からないのだから……。


「……と、いうわけなんだ。どうしたらいいのか迷ってしまってね、君の意見を聞かせてくれ」

「返答に困りますね。博士が考える方法が仮に未来を修正できたとしても、博士が守りたかった人達がいなければその意味は半減する。アシュリさんを手放してまですることなのかどうか、私には理解しかねます」

「分かるよ。でも俺は知ってしまったんだ。たとえ遠い未来であったとしても悲劇を野放しにしてまで自分の幸福にすがりたいとは思わない。そんなもの、本当の幸せなんかじゃないよ」

「博士らしい考えです。ですが、幸福の格差は常であるとも思います。時代を超えた全ての者の幸福を待っていたら、博士の幸せはいつまでたってもやってこないのではないでしょうか?」


 チェヌリを生んだ代償なのかもしれないと思った。実際に彼女、イルカの意志が伴わなければ自分はここに存在すらしていない。

 そう思うとなおさら責任を感じる。


「それでも俺は諦めたわけじゃない。自分の未来も地球の未来も」

「あなたなら出来ますよ。そのために私がいるんですから」

「君がこの力のことを教えてくれた時のことを今でも憶えているよ。全てはそこからはじまった。今ならはっきりと言える。君には心から感謝しているよ」

「生まれたばかりの未熟者ですから親に知らないことを聞くのは当然です。ただそれだけのことをしたまでです」

「ところで一つ確認したいんだが、君はどこまでの未来を知っているんだい?」

「博士がリンボルに乗り込み、私が直後に殺されかけます。それを回避したのち次にアシュリさんが殺されてしまい、彼女の命を救う方法を考え実行したところまでです。そこで博士にこのことを報告しチェヌリを渡しました」

「やはり、あいつがやったのか?」

「おそらく。ただし毒殺でしたので断言はできません」

「深入りは禁物、ということか」

「はい。その件を無理に掘り下げると行動範囲が狭まると思ったので犯人探しをあえてしませんでした。狙いはきっと博士のクローンがリンボルに搭乗した事実を隠すためなのだと思います。アシュリさんには毒を飲んだふりだけをしてもらい、仮死状態の彼女の身体を別のものとすり替え、二人でここを抜け出しました」

「苦労をかけたな。するとこの先、同様の条件に出くわした場合でもチェヌリなしで対応は可能というわけか?」

「そうです。ですからその力はあなたが持っているべきだと思います」

「一概にそうとは言い切れないだろう。それらしい確認をした俺も悪いが、この先の未来にどんな危険が潜んでいるのかを考えればあるに越したことはない。なにせこれから三万二千年は生き続けてもらわなくてはならないからな。それに引き換え、俺はチェヌリなしで五万年生き続けられることが確定している。安全性を考慮するのであれば過去の選択通り、彼女が持っているほうがいいと思う」

「ここを脱出したあとのアシュリさんはチェヌリを使わないでほしいと言ってきました。理由を尋ねますと、自分ほどの命は星に委ねるべき矮小な存在だから、次になにかあった時はその事実を受け止めてこの先を生きてほしいと答えられました。もちろんそうするつもりでいます。ですが、まずはあなたに相談と思い今に至ります。それと、今の私はまだ通過していない未来なので自信はありませんが、博士の話を聞く限りですとチェヌリはアシュリさんに渡りました。おそらく彼女は力を使わなかったのではないでしょうか?」

「可能性がないわけじゃないね。とにかく君がこうして情報を提供してくれたことでアシュリの未来が強固になったことは俺にとって頼もしい事実だ。でもね、それでもチェヌリは君達が持っているべきだと思うよ」

「博士がどちらを選択するにせよ、私は全力を尽くしてアシュリさんを守るつもりです。出航まではまだ、というか永遠に近い時間があるのですからゆっくり考えてください」

「そうだな。なんかまだ慣れていないせいか普通の頃の感覚で考えてしまうな。ありがとう。君は本当に賢いね。ゆっくり、とはならないと思うが、じっくり考えさせてもらうよ」

「賢いだなんて、それでは自画自賛ですよ。私の記憶情報の中枢はあなたから受け継いでいるのですから。あなたはご自身を滑稽に見せているだけです。私はあなたなのですから全てお見通しです」

「それは言いっこなしだぜ。全部を含めて魅力と表現してもらいたいね」

「善処します」


 俺は02に手を差し出すと、彼の手が硬く握られた。まるで自分の手とは思えないほど力強く、真っ直ぐな志が伝わる暖かい手だった。


「アシュリのこと、頼んだよ」

「またいつか、会える日を願っています」

「そうだな。その時は思いっきり笑おうな。きっとすっきりするぜ」

「でも博士のことだから、そのあとすぐに泣いてしまうと思います」

「おお、泣いてやるぜ。それで君達みんなも泣かせてやる」

「うれし涙ですね。受けて立ちますよ」

「じゃあな。風邪引くなよ……」

「おやすみなさい、博士も……」



 それから数時間後、アシュリの独り言を聞き直す。

 彼女の声が鼓膜に伝わり、その温もりを感じながら俺は涙をこらえていた。

 運命を切り開こうと生き続ける彼女や、リンボルでの想いを発散する彼女が瞼の奥で必死にもがいている。

 ここで声をかけたらどういう反応を示すだろうか。

 本能がそれを強く欲していた。今ならまだ、間に合うと。

 ……彼女を抱きしめて、俺はここにいると……。



 感情が涙に溶け込んで流れていった。この身体は無菌状態を維持するための格納容器に納められていたので、透明な蓋から光る乱反射によって涙を欺くことが出来た。注視していたがどうやら彼女は最後まで気づかなかったみたいだ。



 話を終えたアシュリが部屋から出ていく。

 部屋はまた、もとの暗さに戻った。



 あとは考えるだけだった。チェヌリをどうするのか。アシュリか、俺か。

 結論はもう出ていた。そんなことは分かりきっていた。02に相談したのは俺の考えに決定的な矛盾や落ち度がないかを確認するためだった。



 答えはやってみなければ分からない。それだけだった。

 問題は未来を変えられるかどうかだった。



 ……それさえ出来れば力なんて必要ないし、この命だって……。

 ……彼女を守る。まずはそこからだ。

 ……チェヌリは、手放そう。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 リンボル出航当日、俺はアシュリの胸の中にいた。

 格納容器からそれとなく起き上がった俺に気づいた彼女は、嬉しいような、悲しいような涙を流してこの身体を優しく包み込んでいた。 



 他人には絶対見せないくしゃくしゃの笑顔を作って、こちらの目をじっと見つめている。

 クローンが誕生したことがそんなに嬉しかったのか。はじめはそう思っていた。

 最初に発した彼女の言葉が、俺達のなにもかもを否定するまでは頑なにそう信じていたのだ……。



「……あなたと、ずっと会いたかった……」



 クローンの始動直後は言語機能が備わっていない。02が言うには、それは産まれたばかりの子のような感覚なのだという。そして彼らは生まれてくる理由と性質が普通とは異なるせいか、声を出して泣くことはない。

 それゆえに、俺は彼女の言葉を黙って聞くしかなかった。



「……アズハ……」



 はっとした。やはり別れが辛いのだと思った。まさか名前を呼ばれるとは思わなかったので動揺を隠すように再度震えてみせた。



「もう、いいよ。ありがとう。この部屋には誰も入ってこないから。それに外部からの傍受についても……あなたがやってくれてたんだよね。だから、聞かせて。あなたの声を……」



 予感が当たりそうな気がした。

 慎重になっていなければもう言葉を発していたところだった。



「大丈夫。あなたとエル・ノーが入れ替わっていることはもう知っているから」



 一瞬なにを言っているのか分からなかった。俺の聞き間違いかと思った。



「……アズハ。ずっと会いたかったよ」



 ……そうか。そういうことだったのか。



「……アシュリ。君は、まさか」

「本当は使うつもりなかったんだけど、どうしても真実を確かめたくて」

「……どこまで、見てきたんだ」

「深い眠りにつくまで。……あなたが、リンボルで私を拘束するまでだよ」

「……そこまで、持っていたのか」

「これ以上は無理だと諦めてもう一度女王時代に戻って、『娘』に……あなたとの子に託したの。未来のあなたへ届くように願いを込めて」

「どうして、俺が五万年後から来たことを知っているんだ?」

「それを知ったのは今だよ。今あなたが言ったでしょ?」

「これは、奇跡なのか……」

「そうかもしれないね。やっと繋がった。ずっと待ち続けていた日が、ようやっと訪れた」


 限られた時間の中で、俺達は永遠を感じながら身体を重ねていた。昨日もいたはずなのに、今日の彼女は俺の探していた愛する人だった。

 はじまりの時に再会する。こんなに嬉しいことはなかった。


「そこまで知っているのなら、俺をリンボルに乗せない選択もあったんじゃないのか?」

「試したけど無理だった。まるで世界がそれを拒絶するかのようにあなたは死の運命から逃れられなかったの」

「一度助けても、また他の理由で死んでしまうということか?」

「うん。結局あなたが生き残るにはリンボルに乗せるしか方法がなかったんだ」


 リネンちゃんの時と同じだった。だがそれは彼女を救う方法があるということでもあった。地球の未来を救う鍵を握っているのは、やはりリネンちゃんなのかもしれない。


「君に言わなくてはならないことがある」

「なに?」

「俺がここに戻ってきた理由だ」


 ありのままを全部話した。ポチが再編させた地球人類、クリーツによる人類滅亡、地球に訪れる悲劇的な未来、星の意思について。そして、それらの関連性と救うためにやらなくてはならないこと。

 彼女は真剣に聞いていた。あなたらしいといういつもの答えが返ってきたので、昨日も02に同じことを言われたと告げると無邪気な笑顔が返ってきた。


「チェヌリを私に託さない未来、あなたがするべき最後の選択がそれね」

「俺も今それを考えていた。だが不安な部分もある。こうして君達と情報共有をすることで未来に影響が出ないかということだ」

「そのことだったらたぶん、問題ないと思う。なんでか知らないけど、チェヌリのことを知っている者同士の情報開示は未来改変に影響しないみたいなの」

「不思議だな。絶対に漏れない秘密だからか?」

「極端に知る人が増えない限り、未来は大きく変わらないだけかもしれない。それだけ未来を変えるのも大変だということになるけど」

「本当にいいのか? 俺が持っていて」

「これでも経験豊富なんだから。それに、もし失敗してもまた戻ってくればいいんだよ」

「なんか、心強いね。少し身が軽くなったよ」


 彼女は俺の両手をしっかりと握りしめてうつむいていた。

 顔を近づけると、彼女は顎を上げてゆっくりと瞼を閉じる。

 俺はその唇を、そっと重ねた。

 ……。

 顔を離すと、彼女の瞳には光るものが流れていた。


「……あなたは一人なんかじゃないから、私達や未来の仲間達がついてるから。だから……私、待ってるから……」

「……泣くなよ。必ず会えるって。信じているんだろ?」

「……また遠くに離れてしまって、今度もあなたのことを忘れないように、絶対に、死なないから……」

「誰の涙か分からなくなった未来でも、俺は絶対に諦めないよ」

「……これは、別れじゃないよね。未来に待ってる出会いだよね?」

「ああ。星が抱える時のしがらみを外して、俺と君の物語をもう一度はじめよう」

「……うん。愛してるよ、アズハ」


 最後にもう一度抱き合った。

 彼女の柔らかな温もりを、懐かしい未来とこの意識に刻みながら。

 解き放たれる世界に二人の心が交差し、また、すれ違う。

 いつかまた一つになれる、その日まで……。



 時が来た。俺をリンボルに押し込むための裏切り者がやってくる時間だ。

 アシュリは、去った。

 彼女はこれから彼女の未来を繋げる作業に入る。

 俺にも、その出番が来る。


「……やあ、迎えに来たぜ。産まれたての赤ん坊さん」


 迎えに来たのは全ての元凶、アレフだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 『アズハ』が着る予定だったリンボル専用服に着替えさせられた俺はなにも知らないふりをしてアレフの後を歩いた。

 リンボルの搭乗口を上る直前、遠くの通路でクローン格納容器が一つ運び出される。その容器はついさっきまで俺が入っていたもので、今は違う人物が入れられていた。

 容器の隙間から親指を上に突き出した左手が出てくる。おそらく俺のために出した手なのであろう。その握られた指には力強い皺が立っていた。



 ……ありがとう、行ってくるぜ。そして任せたぜ、唯一無二の相棒よ……。



 俺はリンボルに搭乗した。これで全ての準備は整えられた。

 あとは未来の行く末を見守りながら地球再降下の機会を探るだけとなった。



 俺はまずここに入ってやらなければならないことがあった。それは『自分だけ記憶消去を行わない』ことだった。

 五万年の歳月をこの中で過ごすことになる。いくら考えることが多いと言ってもさすがに長いと思った。記憶を消した本当の理由はそこだったのではないだろうか。それほどに気の遠い未来をこれから旅することになる。

 とりあえず俺は一万年を強制睡眠に使うことにした。実際過去にも同じことをし、そのあとに記憶を消している。このくらいならアシュリを忘れることはないだろう。

 リンボルの中は窮屈を感じなかったが、機械まみれの環境に少し退屈した。絶対的な信頼の証ともとれるこの居住空間を身体に馴染ませるには、二度目と言えど時間がかかりそうだった。

 不意に自分がこれほどまで星の自然を愛していたことに気づく。これは過去になかった発想であり、また驚くほど抵抗を感じない心情だった。俺はこの変化が未来によい影響をもたらしてくれることを純粋に願った。



 リンボルでの生活は新しい世界を探すために今日から再びはじまる。

 時には孤独に打ちひしがれるかもしれない。

 でも、希望を抱いてさえすれば夢を見ることはできる。


「……行ってくるよ、アシュリ」


 俺は他の搭乗者四人を最初に眠らせてから、長い眠りの途に就いた。




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